天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

天羽長ルシフェルと、補佐官ミカエルなのだと

 ミカエル最大の心残りが、ついに明るみになった。

「なぜあの時、私に話してくれなかった!? なぜ! 勝手に出て行った!? なぜぇ! 一言も話してくれなかったんだ!?」

 あの日のことを、まだ覚えてる。

「なぜぇ!」

 一緒だと信じていた。同じ夢を目指していけると思っていた。どんなに過酷な道であろうとも、隣に彼がいるから歩んでこれた。

 天羽と人類を襲う困難にでも、二体でなら遂げられると、信じて疑うことなんてなかった。

 彼と一緒なら。

 だけど、

 だけど、

 だけど。

 彼は、裏切った。

「なぜだ『ルシフェルゥ』!」

 ルシファーは反逆の道を選び、二体の道は分かたれた。その決断に至るまでの苦悩を打ち明けることもないままに。

「私は、誰よりもお前を信じていたのに。ずっと信じていたのに。お前は私を見捨てた。私だけだったのか? 絆も、友情も、信頼も、私の幻想でしかなかったのか!? 私を、ずっと欺いていたのか、答えろルシファー!?」

 絆、友情、信頼。それらは天羽長ともなる男が敵に言う言葉ではなかった。それはミカエルも分かっている。

 でも止められなかった。本音が役職という外装を破り捨て前に出る。外聞を捨てて心の底から叫ばれる、正真正銘の本心だった。

 ミカエルの言葉にルシファーは距離を離して対峙した。その表情は精悍だ。

 だが理解していたのだろう。ここで向き合っているのは天羽長ミカエルと堕天羽長ルシファーではない。

 天羽長ルシフェルと、補佐官ミカエルなのだと。

「そうだったな」

 ルシファーは剣を下ろした。戦意は抑えられている。代わりにあるのは悲壮な眼差しだった。

「ミカエル。お前には情熱がある。誰にも負けないほどの」

 ミカエルからの詰問に、昔の彼が真相を話す。

「真っすぐで、疑うことを知らず、純粋だった。どんな困難にも顔を背けず、前を向いて進める勇気があった」

 困難が立ち塞がった時、心がふさぎ込んだ時、励ましてくれたのはいつだってミカエルだった。

 諦めるという言葉を知らぬ、明るさと情熱。彼は何度だって支えてくれた。

 間違いなく、親友だった。

「私は、そんなお前が気に入っていたんだ」

「なら!」

「だから!」

 前のめりになるミカエルを制するようにルシファーは口を挟んだ。ミカエルの勇気や情熱、純粋さは認めている。だけど、否、認めているからこそ。

 次の言葉は、ミカエルを絶望の底へと叩き落とした。

「そんなお前を、そんなお前が、誰かを裏切る姿なんて見たくなかった。信頼していたお前が、裏切るところなんて見たくなかったんだッ」

「――――」

 知らされる真相に、ミカエルは言葉が出てこなかった。驚きを主張するように沈黙が続く。無言の裏側で、言葉にならない膨大な感情が渦巻いた。

「…………」

 驚愕の表情を張り付けたまま、口は開いたまま動かない。なにも言わない。なにも言えない。

 けれど、唇がわずかに動き出し、ようやく出てきたのは怒りの声だった。

「なんだ……、なんだそれはぁあああ!?」

 ミカエルは叫んだ。思いは形にすらならず暴れ出す。

 それは、あまりにも許容するにはふざけた理由だったから。

 信頼していたから裏切られた? 信頼していたから裏切られたなんて、どうしようもないじゃないか。

 こんな結末を、こんな戦場を、こんな運命を。もしかしたら変えられたかもしれない。

 自分がもっと賢く、勤勉で、才能があり、かつて以上の信頼があれば、もしかしたら話してくれたかもしれない。こんな結末を変えられたかもしれない。

 そんな、想像すら許されないのか。

 ミカエルは叫びながらルシファーに向かっていった。

 ずっと、同じ道を歩いていけると思っていた。それがどんなに困難な道でも、一緒なら進んでいけると。

 それを裏切られた悔しさと怒りが、剣撃に表れていた。

「ふざけるなぁあああ!」

 怒り狂った剣筋がルシファーを襲う。剣が折れるほどの衝撃が何度も襲う。

 ルシファーは、反撃しなかった。彼の攻撃をただ受け止める。ミカエルが放つ重い一撃を一つずつ、丁寧に。ミカエルも剣技の精彩を欠きまるで暴れる子供のような太刀筋だった。

 その、幼稚なまでの単純な攻撃を、ルシファーは一つも漏らすことなく受け止めていた。

 ミカエルの攻撃を両手で支えた刀身で受け止める。そこでミカエルの攻撃は止んだ。見れば顔は下を向き前髪に隠れて表情は見えない。

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