天下界の無信仰者(イレギュラー)
そして、二人は激突した
今まで水底に沈めていた感情が舞い上がった。浮き上がる汚泥が水面を一瞬で染める。
「仲間を裏切り、殺したことがかっ? お前の正義で、いったい何体の天羽が傷ついたと思ってる!?」
多くの同胞がこの天界紛争で命をなくした。それもかつては仲間だった者に刺されて消えていったのだ、その無念と悔恨は言葉に言い表せない。
それほどの悪逆を、よりにもよって正義と表することに怒りを禁じ得なかった。
「ならば聞こう。お前の言う神の秩序とやらで、いったい何人の人間が苦しんだと思う!?」
しかし、ミカエルがそう言うのならルシファーにも出る言葉がある。押さえ込んでいた感情があるのはミカエルだけではない。
互いに怒りの導線を露出させたまま花火を打ち上げていたようなもの、感情のぶつかり合いは時間の問題だった。
ミカエルにとって天主に従うのは当たり前の正義だ。ミカエルだけではない、全天羽にとっての存在意義だ。分かってはいたが、それを直に否定された衝撃は大きい。
「ルシファー……、本気で言っているのか?」
「この期に及んで、冗談が出ると思うか?」
「そうだな」
予想通りの返答にこれが現実なのだと認識させられる。彼は神を信じない。従わない。当然だ、当然のことだった。だから彼は裏切り、反乱軍を結成したのだから。
「私たちに、分かり合うという余地はない」
違うのだ。すでに、決定的に。過去は過去でしかなく、今は今。
この今に、自分の道を見い出すしかない。
「お前は、すべてを裏切った」
ミカエルは腰にかけた鞘から剣を引き抜いた。鞘から目映い光が漏れ出し刀身が姿を表す。光り輝く剣を手に、ミカエルの戦意も急速に上がっていく。
戦う覚悟は出来ていた。語り合いはここで終わりだ、もうこれ以上の会話は不要。
必要なのは、行動だけだ。
答えはすでにある。
その答えを、打ち出す時だ。
「消えてくれ、あの時の約束を果たそう」
剣を構え八枚の翼が大きく広がる。威嚇し、本気の戦意をぶつけた。
変わってしまった友へ、引導を渡すため。
「お前の道を、終わらせる」
ミカエルは、戦いを告げた。
「そうだったな」
ミカエルの口にした約束という言葉にルシファーはふと得心したようにつぶやいた。
約束。もし、自分が道を誤ったときは連れ戻す。言われて思い出た。懐かしい響きだった。
アルバムを開きふと思ったページから写真を取り出すように。そこに映る想いは色あせてしまったが、確かに約束という形として今も残っている。
まるで、思い出す時がくることを、知っていたかのように。
「もしかしたら、この時のために私はお前に願いを託したのかもしれないな」
あの時の自分は突きつけられた事実に心が揺れていた。
なにを選択し、なにをするのか不安だった。
「迷い、悩み、決断した。不格好ながらも抗った」
そんな自分だったからこそ、前もってブレーキをかけておいた。
でも、それはもう必要ない。自分は道を選択し、歩き出したのだから。前に進むことをもう躊躇わない。誰にも邪魔して欲しくない。誰に止められても止まるつもりはない。
それが、自分から約束した彼であろうとも。
この道を選んだこと、そこに後悔はない。
「ミカエル。私の道は終わらない。この道を歩くこと、それに意味がある!」
自らした約束を破ることになろうとも、どれだけの痛みが襲い、失うものがあろうとも。
なくしてはならないものがある。
そのためにこの道がある。歩む者がいなくなり、諦観のもと道がなくなれば、失うものは命ではない。
なにものにも代え難い、人間性だ。
それがルシファーの矜持。だが、そんなものは当然認められない。神の加護と使命に賭けて、ミカエルは反論した。
「いい加減なことを。そのこだわりすら捨てれば、すべて済んだことだろう! なぜそれが出来ん!?」
ルシファーの主張を真っ向から否定し、ミカエルは激怒する。
ぶつけるのは、互いに信条。
「人の尊厳、自由。それは大切なことだ!」
思想。
「その考えを捨てられない傲慢さが、この事態を招いたとなぜ分からない!?」
正義。
「支配による平和に、意味などないんだ!」
言葉。
「多くの犠牲を生んでまで、理想に進むことになんの意味がある!」
想い。
自身が抱く全身全霊、あらゆるものすべてを込めて。二体は飛び出した。
「ミカエル!」
「ルシファー!」
互いに互いの名を呼んだ。同じ理想を持ちながら反対した。共に歩きながら別の道を進んだ。
そして、二人は激突した。
「仲間を裏切り、殺したことがかっ? お前の正義で、いったい何体の天羽が傷ついたと思ってる!?」
多くの同胞がこの天界紛争で命をなくした。それもかつては仲間だった者に刺されて消えていったのだ、その無念と悔恨は言葉に言い表せない。
それほどの悪逆を、よりにもよって正義と表することに怒りを禁じ得なかった。
「ならば聞こう。お前の言う神の秩序とやらで、いったい何人の人間が苦しんだと思う!?」
しかし、ミカエルがそう言うのならルシファーにも出る言葉がある。押さえ込んでいた感情があるのはミカエルだけではない。
互いに怒りの導線を露出させたまま花火を打ち上げていたようなもの、感情のぶつかり合いは時間の問題だった。
ミカエルにとって天主に従うのは当たり前の正義だ。ミカエルだけではない、全天羽にとっての存在意義だ。分かってはいたが、それを直に否定された衝撃は大きい。
「ルシファー……、本気で言っているのか?」
「この期に及んで、冗談が出ると思うか?」
「そうだな」
予想通りの返答にこれが現実なのだと認識させられる。彼は神を信じない。従わない。当然だ、当然のことだった。だから彼は裏切り、反乱軍を結成したのだから。
「私たちに、分かり合うという余地はない」
違うのだ。すでに、決定的に。過去は過去でしかなく、今は今。
この今に、自分の道を見い出すしかない。
「お前は、すべてを裏切った」
ミカエルは腰にかけた鞘から剣を引き抜いた。鞘から目映い光が漏れ出し刀身が姿を表す。光り輝く剣を手に、ミカエルの戦意も急速に上がっていく。
戦う覚悟は出来ていた。語り合いはここで終わりだ、もうこれ以上の会話は不要。
必要なのは、行動だけだ。
答えはすでにある。
その答えを、打ち出す時だ。
「消えてくれ、あの時の約束を果たそう」
剣を構え八枚の翼が大きく広がる。威嚇し、本気の戦意をぶつけた。
変わってしまった友へ、引導を渡すため。
「お前の道を、終わらせる」
ミカエルは、戦いを告げた。
「そうだったな」
ミカエルの口にした約束という言葉にルシファーはふと得心したようにつぶやいた。
約束。もし、自分が道を誤ったときは連れ戻す。言われて思い出た。懐かしい響きだった。
アルバムを開きふと思ったページから写真を取り出すように。そこに映る想いは色あせてしまったが、確かに約束という形として今も残っている。
まるで、思い出す時がくることを、知っていたかのように。
「もしかしたら、この時のために私はお前に願いを託したのかもしれないな」
あの時の自分は突きつけられた事実に心が揺れていた。
なにを選択し、なにをするのか不安だった。
「迷い、悩み、決断した。不格好ながらも抗った」
そんな自分だったからこそ、前もってブレーキをかけておいた。
でも、それはもう必要ない。自分は道を選択し、歩き出したのだから。前に進むことをもう躊躇わない。誰にも邪魔して欲しくない。誰に止められても止まるつもりはない。
それが、自分から約束した彼であろうとも。
この道を選んだこと、そこに後悔はない。
「ミカエル。私の道は終わらない。この道を歩くこと、それに意味がある!」
自らした約束を破ることになろうとも、どれだけの痛みが襲い、失うものがあろうとも。
なくしてはならないものがある。
そのためにこの道がある。歩む者がいなくなり、諦観のもと道がなくなれば、失うものは命ではない。
なにものにも代え難い、人間性だ。
それがルシファーの矜持。だが、そんなものは当然認められない。神の加護と使命に賭けて、ミカエルは反論した。
「いい加減なことを。そのこだわりすら捨てれば、すべて済んだことだろう! なぜそれが出来ん!?」
ルシファーの主張を真っ向から否定し、ミカエルは激怒する。
ぶつけるのは、互いに信条。
「人の尊厳、自由。それは大切なことだ!」
思想。
「その考えを捨てられない傲慢さが、この事態を招いたとなぜ分からない!?」
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自身が抱く全身全霊、あらゆるものすべてを込めて。二体は飛び出した。
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