天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

無限。 無限。 無限!

 バルコニーの床を飛び立ち、結界を突き破り天羽軍の矢面に立った。

「ルシファー? ルシファーだ!」

 彼の姿を見つけた天羽の一体が声を上げる。堕天羽軍の首領が一人で出てきたのだ。みなが一斉に叫び、ほぼ同時に黙り込んだ。

 ルシファーは上空二百メートルをゆっくりと浮遊しながら前へと進んでいく。彼の接近に天羽たちは後ずさり、その代わり彼の背後へと回り込んでいく。

「会いたかったぞ、裏切り者」

 ルシファーの頭上から声が掛けられる。見れば天羽の部隊長が降下してきていた。ルシファーと同じ高度で立ち止まる。

「一人で出てくるとは、驕ったな、ルシファー」

「一人ではない」

「?」

 男の言葉を即座に否定する。ルシファーは首飾りを握った。大きさの違う白い羽たちを。

 それらは、全員が亡くなった者たちの羽だ。十を越える親しい者たちの死。それらが誇らしく彼の胸元を飾っている。

「仲間たちならばここにいるッ」

 ルシファーは睨みつけながら言った。

「ふん、詭弁を」

 部隊長は鼻を鳴らした。目の前にいるのは敵の親玉だ、この天界紛争を巻き起こし要らぬ犠牲をまねいた張本人。侮蔑が視線からも読み取れた。

「ルシファー。かつて天羽の長だった者よ。お前は強い。でなければ天羽長は務まらん。しかし、お前は我らが天主を侮辱し、我らを裏切った! 貴様は罰を受けねばならず、その術が我々にはある!」

 部隊長の言葉の後彼の部下が背後に集まって来た。皆が翼を広げ宙を浮いている。

「この戦いでお前を倒し、天界紛争を終わらせる!」

 彼らは不規則な隊列を組んだ。全員が上下左右に分かれ、頂点から底辺の一体の間をジグザグに並んでいく。

 それは、奇妙な木を思わせた。彼らを結ぶように白い湯気のようなオーラが溢れていく。

 それはただの隊列でも模様でもない。神聖な意味合いを持つ図形だ。全員で十体の天羽が織り成す神秘の図式。

 全体が光に覆われた。それぞれの天羽も光を発し、一つの図形が完成する。

 天羽長として長きに渡って天羽の長に就いていたルシファーを倒す手段。天羽軍の切り札にして最終兵器。

 それがこれだ。

「今日この日が! お前の最後だ!」

 部隊長が叫ぶ。

「開かれよ!」

 他の九つの天羽も叫ぶ。

「開かれよ!」

 それにより背後の上空に現れたのは巨大な扉だった。それが少しずつ開かれていく。

 それは扉。勝利を実現させる無限の光!

「「「「「「「「「天界の門ヘブンズ・ゲート!」」」」」」」」」

 天界の門の空間転移。これほどの質量、また霊的質量を有するものを空間転移とはいえ移動させるのは容易なことではない。

 しかしそれを実現させた。すべては堕天羽の長、ルシファーを倒すため。

 天羽のかけ声に長大な扉が開かれる。隙間からは天界の光が零れ出し、闇に染まった大地を照らし出す。

 そして、光の中から無限の天羽が現れた。

 無限。

 無限。

 無限! 無数の天羽が無尽蔵に出てくる。空は瞬く間に純白の翼に飽和した。ルシファーの周りを完全に包囲している。

 無限対一人。多勢に無勢などという話ではない。むちゃくちゃだ、あまりにも不公平。数の暴力という表現すら生温い。

 数とは単純に足し算だ、多ければ多いほど力が増していく。それが無限となれば無限の力を持っているに等しい。

 これが天羽軍の力。あらゆる敵を圧殺する、無限の軍勢だ。

 しかし、これだけの数の差がありながら彼らには一人たりとも余裕を露わにする者はいなかった。

「なるほど」

 そして、

「死にたいやつはこれだけか?」

 ルシファーにもまた、絶望はなかった。

 宙に立つのは一人きりの王。だが油断してはならない。見誤ってはならない。彼は孤高ではあるが、その身に宿す力は無限を越える。

 瞳に宿るのは暗い殺意、すべてを飲み込む奈落の憎悪。全身から放たれる圧倒的敵意!

 彼の睨みが一層凄みを増した時、空に浮かぶ雲が動き出した。まるで彼から逃げ出すように。

 彼の敵意には、世界すら怯える。

 果たして不公平なのはどちらなのか。この時、真の強者がその所以を発揮する。

 無限の天羽を統べる力、理想と正義をかかげ未来に突き進む。これぞ天界に君臨した光の力!

完全なる知識とは神に等しいシークレット・ザ・セフィラー・ダアト!」

 彼の力が発動される。瞬間、世界は逃げることを諦めた。

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