天下界の無信仰者(イレギュラー)
そして、今に至る
兵士に案内されルシフェルは万魔殿を歩いた。城の廊下には治療室に収まりきらないけが人が横になっている。ルシフェルは治療室へと入った。
ここには特に重傷の患者が集まっている。今も急患の天羽が担架で運ばれてくる。怪我にうめく声が部屋中で聞こえてきた。
その一番奥、白い布で遮られたスペースへと案内される。カーテンをめくり中に入ると、そこには一台のベッドを医師の天羽と兵士が囲っていた。
そして、ベッドに上に寝る者の顔には白い布で隠されていた。
みな、辛苦の面持ちで見下ろしている。
ルシフェルは白い布に手を近づける。指先は震えていた。胸の鼓動が痛いくらいに高鳴っている。
ルシフェルの手が布を取った。
そこには、アモンの顔があった。きれいな顔だ、眠っているみたいに穏やかだった。けれど首から下を覆うシーツの下までは分からない。
「…………」
ルシフェルはそっと彼の肩に手を置き揺すってみた。反応はない。力を少し加えて揺すってみても反応はなかった。
ルシフェルは両肩をつかみ揺すった。けれど目覚める気配はない。ルシフェルは激しくアモンの体を揺すっていた。ベッドが振動にガタガタと音を立てる。
だけど、起きないのだ。
揺すっても、揺すっても、どれだけ揺すっても。
彼は、死んでいた。ご丁寧に蘇生不可の術まで施され、完全に命を絶たれていた。
ルシフェルは彼の頭を抱き抱え、自分の胸に押し当てた。強く、強く、押し潰れるほどに力を入れて彼を抱きしめた。
瞳からは、静かに涙がこぼれていた。
「すみません」
医師である天羽が言った。
「何も言うな」
ルシフェルはアモンの遺体を優しくベッドに戻した。シーツを少しだけずらし、そこから見えるアモンの羽を一枚いただいた。
彼らしい大きな羽だった。ルシフェルは顔を下げると首飾りを外し、そこにアモンの羽を近づけた。首飾りには他にも白い羽が括り付けられていた。
そこにアモンの羽が加わる。ルシフェルは再び首飾りを自身に巻いていった。
これで離れることはない。仲間はずっと共にいる。加わった羽一枚分の重みが彼にはとても心強く感じられた。
首飾りを付け終わり、ルシフェルは下げていた顔を上げた。
その表情は、怒りの形相で歪んでいた。友を失った悲しみが怒りと憎しみに変わっていくののが分かる。押さえられぬ憤怒の念がルシフェルを突き動かした。
「駄目ですルシフェル様!」
カーテンを勢いよく開け出て行くルシフェルに一人が慌てて声をかけた。
「あなたを外に出すのがやつらの狙い。もしあなたに――」
「もしなどない!」
ルシフェルの大声が治療室を振るわし背後の部下を黙らせた。
「全軍を下がらせろ」
「え?」
続けざまに言われる命令に唖然とした声が返ってくる。
「完了次第、私が出る」
それだけを言い残しルシフェルは治療室から出て行った。
そして、今に至る。
王宮広場の椅子にルシファーは一人で座っていた。ここは暗闇に包まれ窓から指す赤い光が床を照らし出している。
時折、敵の砲弾によって部屋が揺れた。ルシファーは足を広げて座っており、前屈みになった体を両肘で支えている。
片手は懐かしむように首飾りの羽たちを一枚ずつ撫でていき、彼らの存在を確かめていた。
けれど、彼の心中は穏やかではない。
ルシフェルの胸中は地獄の釜だ。怒りを炎とし憎しみを煮立たせ、ふたを開ければ呪いの怨嗟が湧き出てくる。
瞳は戦意に見開かれ、優しい手つきとは反対に表情は激しい怒りに満ち満ちていた。
「ルシフェル様」
そこで扉が開かれた。一人の部下が真剣な顔で伝えてくる。
始まりの時だ。
「全軍、城への避難が完了しました」
ルシフェルは立ち上がった。階段をゆっくりと降りていく。足取りは静かだ、優雅ですらある。
ルシファーは扉を通り、部下には目もくれず出て行った。そんな彼に部下は頭を下げ見送った。
ルシファーは城のバルコニーへと出る。半円形の広々とした場所だ。見上げれば結界越しに大勢の天羽が翼を広げている。
その数、数千はいるだろうか。最初の頃の数十万という大軍を思えばかなり減っているが、それでもまだ数千。それがルシファーの相手だ。
ルシファーは翼を広げた。勢いよく現れる八枚の翼は輝くほどの純白だ、堕天羽となってもその優美さは損なわれていない。
ここには特に重傷の患者が集まっている。今も急患の天羽が担架で運ばれてくる。怪我にうめく声が部屋中で聞こえてきた。
その一番奥、白い布で遮られたスペースへと案内される。カーテンをめくり中に入ると、そこには一台のベッドを医師の天羽と兵士が囲っていた。
そして、ベッドに上に寝る者の顔には白い布で隠されていた。
みな、辛苦の面持ちで見下ろしている。
ルシフェルは白い布に手を近づける。指先は震えていた。胸の鼓動が痛いくらいに高鳴っている。
ルシフェルの手が布を取った。
そこには、アモンの顔があった。きれいな顔だ、眠っているみたいに穏やかだった。けれど首から下を覆うシーツの下までは分からない。
「…………」
ルシフェルはそっと彼の肩に手を置き揺すってみた。反応はない。力を少し加えて揺すってみても反応はなかった。
ルシフェルは両肩をつかみ揺すった。けれど目覚める気配はない。ルシフェルは激しくアモンの体を揺すっていた。ベッドが振動にガタガタと音を立てる。
だけど、起きないのだ。
揺すっても、揺すっても、どれだけ揺すっても。
彼は、死んでいた。ご丁寧に蘇生不可の術まで施され、完全に命を絶たれていた。
ルシフェルは彼の頭を抱き抱え、自分の胸に押し当てた。強く、強く、押し潰れるほどに力を入れて彼を抱きしめた。
瞳からは、静かに涙がこぼれていた。
「すみません」
医師である天羽が言った。
「何も言うな」
ルシフェルはアモンの遺体を優しくベッドに戻した。シーツを少しだけずらし、そこから見えるアモンの羽を一枚いただいた。
彼らしい大きな羽だった。ルシフェルは顔を下げると首飾りを外し、そこにアモンの羽を近づけた。首飾りには他にも白い羽が括り付けられていた。
そこにアモンの羽が加わる。ルシフェルは再び首飾りを自身に巻いていった。
これで離れることはない。仲間はずっと共にいる。加わった羽一枚分の重みが彼にはとても心強く感じられた。
首飾りを付け終わり、ルシフェルは下げていた顔を上げた。
その表情は、怒りの形相で歪んでいた。友を失った悲しみが怒りと憎しみに変わっていくののが分かる。押さえられぬ憤怒の念がルシフェルを突き動かした。
「駄目ですルシフェル様!」
カーテンを勢いよく開け出て行くルシフェルに一人が慌てて声をかけた。
「あなたを外に出すのがやつらの狙い。もしあなたに――」
「もしなどない!」
ルシフェルの大声が治療室を振るわし背後の部下を黙らせた。
「全軍を下がらせろ」
「え?」
続けざまに言われる命令に唖然とした声が返ってくる。
「完了次第、私が出る」
それだけを言い残しルシフェルは治療室から出て行った。
そして、今に至る。
王宮広場の椅子にルシファーは一人で座っていた。ここは暗闇に包まれ窓から指す赤い光が床を照らし出している。
時折、敵の砲弾によって部屋が揺れた。ルシファーは足を広げて座っており、前屈みになった体を両肘で支えている。
片手は懐かしむように首飾りの羽たちを一枚ずつ撫でていき、彼らの存在を確かめていた。
けれど、彼の心中は穏やかではない。
ルシフェルの胸中は地獄の釜だ。怒りを炎とし憎しみを煮立たせ、ふたを開ければ呪いの怨嗟が湧き出てくる。
瞳は戦意に見開かれ、優しい手つきとは反対に表情は激しい怒りに満ち満ちていた。
「ルシフェル様」
そこで扉が開かれた。一人の部下が真剣な顔で伝えてくる。
始まりの時だ。
「全軍、城への避難が完了しました」
ルシフェルは立ち上がった。階段をゆっくりと降りていく。足取りは静かだ、優雅ですらある。
ルシファーは扉を通り、部下には目もくれず出て行った。そんな彼に部下は頭を下げ見送った。
ルシファーは城のバルコニーへと出る。半円形の広々とした場所だ。見上げれば結界越しに大勢の天羽が翼を広げている。
その数、数千はいるだろうか。最初の頃の数十万という大軍を思えばかなり減っているが、それでもまだ数千。それがルシファーの相手だ。
ルシファーは翼を広げた。勢いよく現れる八枚の翼は輝くほどの純白だ、堕天羽となってもその優美さは損なわれていない。
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