天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

すべては、人類と我ら天羽の理想のために

「全天羽の諸君。私は天羽長、ルシフェルだ。我々は現在、天界の門ヘブンズ・ゲート、通信局、並びに天界の主要施設を制圧した。目的は、地上への侵攻、その即時撤回である」

「馬鹿な……」

 ミカエルは手を解いた。サリエルも手を離す。ミカエルはゆっくりと窓際に手を付き外にある映像を見つめた。

 そこには、黒のロングコートに身を包んだルシフェルが立っていた。

「…………」

 言葉を失った。頭の中が漂白されていく。思考は止まった針のように動かない。

 ただ呆然と外に浮かぶ映像を見続けていた。

「我々の要求は、すぐさに地上への武力的干渉の停止である。それが受け入れられない場合、我々は武力を以てこれを制止する」

 映像は天界の至るところに投射されていた。この事態に作業する者は手を止め、家にいた天羽は外に出た。街道には天羽が溢れ頭上に浮かぶ映像を見上げていた。

「人々に必要なのは押しつけの平和ではない。手を取り合い、対話と同意によって成り立つ平和でなければならない。我らはそれを理想とし、神の使命のもと弾圧と殺戮を行う者たちへ異を唱える者である」

 すべての天羽が、この歴史的瞬間を目撃していた。

「よって。我々は、神と、人に害なす者たちへ反逆する」

 その内の一人であるミカエルもまた驚愕の中にいた。目の前の光景が信じられない。

「嘘だ……」

 だが、事実だ。

 ルシフェルは裏切った。神を。天羽を。自分を。

 掴んでいた署名の束が手から離れ床に散らばっていく。足は崩れその場に膝を付いた。

「嘘だ、嘘だ」

 信じられなかった。あのルシフェルが、誰よりも信じていた彼が、暴動を起こすなど。

『…………すまないな』

 自分を、利用するために騙すなど。

「嘘だぁああああ!」

 ミカエルは叫んだ。透き通った青い瞳から涙をこぼし、窓の外に映る彼へと叫ぶ。

 泣いた。泣き叫んでいた。溢れる涙を拭うけれど止まらない。

 胸が引き裂かれる痛みと共に、彼の名を叫び続けていた。

「なぜだルシフェル! なぜぇええ!?」

 その慟哭どうこくは、けれど届かない。

 外に浮かぶ彼は険しい顔のまま、反逆と己の大儀を語っていた。

「すべては、人類と我ら天羽の理想のために」



 明けの明星みょうじょう、ルシフェルよ。あなたは天から落とされた。

 知恵に満ち、慈愛に溢れ、すべての者から愛されていたにもかかわらず。

 なにゆえあなたは墜ちたのか。黎明れいめいの者、光を運ぶ者、ルシフェルよ。

 それは、あなたがすべてを愛していたからか。あらゆる者を救いたいと、願うがゆえか。

 けれどルシフェル、神が愛した傑作よ。

 すべてを救いたいというその傲慢。

 そのせいで、あなたは天から落ちたのだ。

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