天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

ダンナも、そこんとこ理解してくれると助かるんだがな

 頭の中を巡るのはさきほどの疑問。

 いつ、ルシフェルは戻ってくるのか?

 それを解決するには彼を部屋から出さなくてはならない。その権限を持っているのは監査庁長官サリエルだ。彼からルシフェルの職務復帰を認めさせなくてはならない。

 しかし一筋縄ではいかないだろう。ここは同じ四大天羽であるガブリエルかラファエルの後ろ盾を得てから交渉するか、彼の復帰が必要だとするカードを揃えてからでなければ。手ぶらで勝てる相手ではない。

「うん」

 ミカエルは頷いた。そうと決まれば早い方がいい。やるべき仕事は後回しにしてミカエルは通信局から出た。すぐに天界中央局へと飛ぶ。ガブリエルならそこの指令室にいるはずだ。

 ミカエルは中央局へと到着した。まずはガブリエルにルシフェル復帰についての考えを伝えルシフェルと話し合う場を設けよう。

 本命のサリエルはその後だ。と、ミカエルは歩きながら道筋を立てている時だった。

「よう、新入り」

 正面から声を掛けられた。考え事に下がっていた視線を持ち上げる。

「サリエルさん?」

 驚いた。目の前には今まさに考え事をしていたサリエルが立っていた。中央局の真白の廊下、横にならぶ窓から差す日差しに二人は照らされていた。窓の外には青空と下方に島々が見える。

「おはようございます。サリエルさんも中央局に用とは奇遇ですね」

「ああ、ちょいと野暮用でね」

「野暮用ですか?」

 サリエルはにやついた笑みを浮かべたまま近づいてくる。不気味だ。というよりもミカエルとしては不気味でない時がない。正直に苦手な相手だった。

「分からないのか?」

 サリエルは立ち止まると両目に巻き付いた包帯を指でつつく。幾重にも巻かれ完全に両目はふさがっている。

「誤解してるやつもいるかもしれないが、俺は「眼」がいいんだ。遠くのこともよくみえる」

 サリエルの眼帯代わりの包帯は相手を直接見ないためのいわば鞘だ。そうしなければならないほどサリエルの刃は鋭い。

 直にその視線に触れれば呪われ、今も透視によって瞼や包帯の上からでもミカエルを視認している。

「なんでも最近、天主に対して不審な動きをウロチョロとしている輩が目についたもんでよ」

「そんな人聞きの悪い……」

 なんとも言えない表情になる。天主に対し交渉するつもりはあったが不審とは心外だ。

「私はただ、少しでも地上での悲しみを減らしたいとそう思っているだけですよ」

 真剣な話に表情を整える。天羽長補佐官の顔つきになりまっすぐとサリエルを見つめた。

「今回の件、事の発端は人間側です。それに対し強硬な姿勢で挑む天主イヤス様の考えは理解できます。あの状態で交渉など無理でしたでしょうから。しかし、いつまでもこの状態がいいとも思えません。だからこそこうして活動しているんです」

 ミカエルは鞄から署名の束を取り出し見せつけた。

 天羽による地上侵攻。強制的な管理体制。これらはすべて平和のためだが、そこには決定的に人類側の意思が欠けている。それをどうにかしたいとした結果、こうして賛同の意は集まっている。

「さて、そいつはどうなかねえ」

「と言いますと?」

 ミカエルは現状を問題だと言った。しかし目の前の上官は懐疑的な声で遮ってきた。

「いいか新入り。俺たちの聖なる父がなんて言ったかよおく思い出してみろ。あの方はこう言ったんだ。すべてを管理しろ、とな」

 天主イヤスから全天羽へと告げられた指令。それは単純明快にして絶対の言葉だ。

「はじめからやつら人類に自治権なんてねえよ」

「そんな!」

 すべてを管理しろ。国も民族も関係ない。人類すべてを管理する以上交渉の余地はない。

 ミカエルは反発するがサリエルは余裕の態度だ。

「お前の考えはお見通しさ。断言するが、ガブリエルも同じ意見だぜ」

 そう言われて出かかった言葉がひっかかる。ルシフェル復帰の件もサリエルには見透かされていた。サリエルの眼は相手の考えもみえるのだろうか。

 ミカエルの落胆にサリエルはやれやれと小さくため息を吐く。

「ダンナは立派な天羽だと思うがな、ちいとばかりそこら辺が甘すぎる。なんせ完璧な善性として作られたんだ、まあ当然といえば当然だわな。今はつらいと思うかもしれないが転換期なんだ。それが無事終わり、訪れた新しい時代を見ればいろいろ考えも変わるさ。お前もな」

「そう、でしょうか」

「当然。というか、それ以外にないだろ。それによって天主の望みは叶い、俺たちの望みも叶う。俺たちの望みはなんだ新入り?」

 サリエルから聞かれ、ミカエルは渋々と答える。

「天主、イヤス様の望みを叶えることです」

「よくできました」

 サリエルから嫌味っぽく誉められる。全然うれしくない。

 そう言った後サリエルは顔を逸らし、語気を下げた口調になった。

「ダンナも、そこんとこ理解してくれると助かるんだがな」

「サリエルさんもルシフェルのことを心配しているんですか?」

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