天下界の無信仰者(イレギュラー)
真実を隠した、最低の言葉だった
「ミカエル、地上に侵攻してからどれくらいになる?」
「十四日です。それだけで地上はだいぶ変わってしまいましたね。けれど天主イヤス様のことです、きっとなにかお考えがあるのでしょう。ただ、少しでも負担を減らせればいいのですが」
「そうだな」
地上の惨状を知りながらもミカエルはまだ神のことを信じている。いや、天羽とはそういうものなのだから仕方がない。
しかし、ルシフェルは知っている。
あの日、あの時、謁見の間で知ったのだ。天主イヤスの「真意」を。
そこにあるのは慈悲ではない。救済でもない。
天主イヤスは救わない。それをあの時知ったのだ。
「いや、なんでもないんだ」
「そうですか。なにかあればなんでも言ってくださいね」
陰の差すルシフェルをミカエルは励まそうとしている。地上への侵攻という望まぬ解決策に二週間以上もの軟禁生活に落ち込んでいると、そう思っている。
だが、それは事実だが真実ではない。
ルシフェルは考えていた。ミカエルは信頼できるすばらしい天羽だ。彼は誰よりもまぶしい光を放つ。
だが、計画を確実なものとするため、成功率を上げられるのならするべきだ。
「ミカエル、地上侵攻が始まって十四日が経った。きりが良い。天界の職員たちには、休暇を与えてやれ。今日だ」
「今日? それはまたずいぶん急ですね」
「やはり無理だったろうか」
「そんなことありません! 今からでも多少の人は仕事から外せるでしょう。きっとみんな驚きますよ」
ルシフェルからの提案に大声で賛同してくれる。両手を合わせるはしゃぎっぷりだ。
「はは。そうだな」
ルシフェルは、寂しく笑うだけだった。
「きっとみんなも喜びますよ。これからすぐ伝えてきます」
話す声は弾んでいる。そんなミカエルに見張りの天羽が近づいてきた。
「ミカエル様、そろそろお時間です」
「あれ、もうですか?」
ミカエルは振り向くと見張りの天羽が頷いた。それでは仕方がないとミカエルは立ち上がった。
「いやー、楽しい時間というのは過ぎるのが早いものですね」
別れを惜しみじゃっかん顔色が寂しそうになる。けれどそれもすぐになくなり声は明るさを取り戻していた。ルシフェルはミカエルに署名の紙を返す。
「それでは今日はここで。次はもっといい知らせを持ってきますね。期待しててください」
ミカエルは会釈すると扉へと向かっていった。いい知らせを持ってくると言い残して。
しかし、そんなものはない。未来をどれだけ信じている彼でも、そんな未来はないのだ。
ルシフェルは俯いた。自分の醜悪さに自分のことながら失望し、悲しんだ。胸の内側からくる痛みが自身を非難する。
自分は今、ミカエルを騙している。裏切っている。彼は今も自分を信じ、未来を信じているのに。
二人で夢を叶えようと、約束したのに。
胸が痛かった。痛くて痛くて、苦しいほどに痛かった。
これから先の彼を思うと。
「ミカエル」
ルシフェルは立ち上がった。
「はい、なんですか?」
ちょうど扉を通る前、声を掛けられミカエルは振り向いた。
そんな彼をルシフェルは見つめる。不自然に力の入った目で。涙を流すわけでもなく、自白するわけでもなく、ただ見つめた。
裏切り。自責。失意。負の感情が混濁となって蓄積していく。反逆。敵対。利用。言わなくてはいけないことがたくさんある。
だけど、だけど、だけど。
ルシフェルが口にしたのは、たったの一言だけだった。
「…………すまないな」
一言。たった一言が、精一杯だった。真実を隠した、最低の言葉だった。
「いえ、大丈夫ですよ」
ルシフェルの言葉を伝令に対する気遣いだと受け取って、ミカエルは笑って出て行った。最後までルシフェルの真意に気づかぬまま。彼は、笑顔のまま消えていった。
扉は閉められた。ルシフェルはベッドに再び座り込む。ベッドが小さく揺れた。そのまま俯く。
自責と自己嫌悪が渦を巻く。自分は今酷いことをしている。作戦のためとはいえ友を裏切ったことにルシフェルは傷心した。
だけど。
覚悟はしていたはずだ。神と戦うということは、かつての仲間とも戦うということだと。人類のために友だろうと利用する。
綺麗事は言っていられない。自分は神に仇成す反逆者、最悪の天羽だ。
もう、傷心に浸る自分はいなくなっていた。全身には気迫と戦意が宿り強固な意思が支配している。
もう、後戻りはできない。進むだけ、やるだけだ。
そしてそれから時間が経過した時、窓の外から巨大な爆発音がした。それを合図にしたかのように遠方から次々と爆発音が聞こえてくる。
ルシフェルはゆっくりと立ち上がった。
反逆が、始まった。
「十四日です。それだけで地上はだいぶ変わってしまいましたね。けれど天主イヤス様のことです、きっとなにかお考えがあるのでしょう。ただ、少しでも負担を減らせればいいのですが」
「そうだな」
地上の惨状を知りながらもミカエルはまだ神のことを信じている。いや、天羽とはそういうものなのだから仕方がない。
しかし、ルシフェルは知っている。
あの日、あの時、謁見の間で知ったのだ。天主イヤスの「真意」を。
そこにあるのは慈悲ではない。救済でもない。
天主イヤスは救わない。それをあの時知ったのだ。
「いや、なんでもないんだ」
「そうですか。なにかあればなんでも言ってくださいね」
陰の差すルシフェルをミカエルは励まそうとしている。地上への侵攻という望まぬ解決策に二週間以上もの軟禁生活に落ち込んでいると、そう思っている。
だが、それは事実だが真実ではない。
ルシフェルは考えていた。ミカエルは信頼できるすばらしい天羽だ。彼は誰よりもまぶしい光を放つ。
だが、計画を確実なものとするため、成功率を上げられるのならするべきだ。
「ミカエル、地上侵攻が始まって十四日が経った。きりが良い。天界の職員たちには、休暇を与えてやれ。今日だ」
「今日? それはまたずいぶん急ですね」
「やはり無理だったろうか」
「そんなことありません! 今からでも多少の人は仕事から外せるでしょう。きっとみんな驚きますよ」
ルシフェルからの提案に大声で賛同してくれる。両手を合わせるはしゃぎっぷりだ。
「はは。そうだな」
ルシフェルは、寂しく笑うだけだった。
「きっとみんなも喜びますよ。これからすぐ伝えてきます」
話す声は弾んでいる。そんなミカエルに見張りの天羽が近づいてきた。
「ミカエル様、そろそろお時間です」
「あれ、もうですか?」
ミカエルは振り向くと見張りの天羽が頷いた。それでは仕方がないとミカエルは立ち上がった。
「いやー、楽しい時間というのは過ぎるのが早いものですね」
別れを惜しみじゃっかん顔色が寂しそうになる。けれどそれもすぐになくなり声は明るさを取り戻していた。ルシフェルはミカエルに署名の紙を返す。
「それでは今日はここで。次はもっといい知らせを持ってきますね。期待しててください」
ミカエルは会釈すると扉へと向かっていった。いい知らせを持ってくると言い残して。
しかし、そんなものはない。未来をどれだけ信じている彼でも、そんな未来はないのだ。
ルシフェルは俯いた。自分の醜悪さに自分のことながら失望し、悲しんだ。胸の内側からくる痛みが自身を非難する。
自分は今、ミカエルを騙している。裏切っている。彼は今も自分を信じ、未来を信じているのに。
二人で夢を叶えようと、約束したのに。
胸が痛かった。痛くて痛くて、苦しいほどに痛かった。
これから先の彼を思うと。
「ミカエル」
ルシフェルは立ち上がった。
「はい、なんですか?」
ちょうど扉を通る前、声を掛けられミカエルは振り向いた。
そんな彼をルシフェルは見つめる。不自然に力の入った目で。涙を流すわけでもなく、自白するわけでもなく、ただ見つめた。
裏切り。自責。失意。負の感情が混濁となって蓄積していく。反逆。敵対。利用。言わなくてはいけないことがたくさんある。
だけど、だけど、だけど。
ルシフェルが口にしたのは、たったの一言だけだった。
「…………すまないな」
一言。たった一言が、精一杯だった。真実を隠した、最低の言葉だった。
「いえ、大丈夫ですよ」
ルシフェルの言葉を伝令に対する気遣いだと受け取って、ミカエルは笑って出て行った。最後までルシフェルの真意に気づかぬまま。彼は、笑顔のまま消えていった。
扉は閉められた。ルシフェルはベッドに再び座り込む。ベッドが小さく揺れた。そのまま俯く。
自責と自己嫌悪が渦を巻く。自分は今酷いことをしている。作戦のためとはいえ友を裏切ったことにルシフェルは傷心した。
だけど。
覚悟はしていたはずだ。神と戦うということは、かつての仲間とも戦うということだと。人類のために友だろうと利用する。
綺麗事は言っていられない。自分は神に仇成す反逆者、最悪の天羽だ。
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もう、後戻りはできない。進むだけ、やるだけだ。
そしてそれから時間が経過した時、窓の外から巨大な爆発音がした。それを合図にしたかのように遠方から次々と爆発音が聞こえてくる。
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