天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

すべては天羽長、ルシフェルを讃えて

 しかし彼の言い分にサリエルは思うところがあるらしく、その姿勢はややうんざりとしている。

「ダンナ~、天界にいったいどれだけの天羽がいると思ってるんです? そいつら一体一体説得させるのにどれだけ時間がかかるか、考えるだけで気が滅入るぜ」

 サリエルの言うとおり、天界に住む天羽は数え切れない。さらに今後も増えていくとなると気が遠くなるのも無理はない。

 そんなサリエルにルシフェルは言ってやった。

「ある天羽の言葉だ。時間をかけて説明していくしかない」

「ハッ、まるでラファエルみたいなセリフだ」

「その通りだ」

「やっぱりだ」

 予想的中にサリエルは鼻で笑う。

「お前の苦労は察する。だが重要なことだ。いいか、叱る根底に必要なのは怒りではない、慈愛だ。それが相手を成長させる。いいな?」

「うーす」

 そう言ってサリエルは消えていった。どうも納得して行ったようには見えないが、そこは自分で言った通り時間を掛けて説明していくしかない。

 ルシフェルは胸中で重い息を吐くが、気を切り替えてこの場を立ち去った。

 ルシフェルは宿舎の近くにあった花壇に立ち寄った。いくつものブロックにはそれぞれ別の花が植えられており、色とりどりの花弁が並んでいる。

 周りは木々に囲まれ、ルシフェルは一人穏やかな空気に身を委ねる。静かな時間の流れと目に優しい自然の美景。心が和み、ルシフェルも自然と表情を緩ませていた。

 ここにはルシフェル以外誰もいない。しかし、彼は孤独というわけではなかった。ルシフェルは聞こえない声へと返事を返す。

「久しぶりだな。いやなに、仕事が忙しくてね。ここに来る機会がなかっただけさ。許してくれ」

 彼が話す相手。それは花壇に生える花々だった。彼は植物と、また動物とも会話が行える。

「今日はいい天気だ。君たちは特にそう感じるだろうな。……ん?」

 日差しのよい天気に花たちは活気に満ちている。しかしルシフェルは元気のない声を聞き振り向いた。

 そこには花弁を失った花がうつむいていた。その周りにはその花のものであっただろう黄色い花弁が散らばっている。そうした花が他にもあった。

 ルシフェルは近づくと花の前で屈んだ。落ちている花弁を拾い上げる。

「これは君の?」

 そう聞くと花は一段と頭を下げた。このままでは地面に付きそうだ。

「花占い。そうか、先ほどのキューピットのいたずらは君のことだったか。すまなかったね」

 花占い自体を咎める気はルシフェルにもなかったが、彼らはいささかやりすぎたようだ。彼らに断りもなく無闇にやるというのはいただけない。

 ルシフェルは立ち上がった。すると片手を花の上に置いたのだ。手のひらを花に向ける。

 そこから、雨のように水が流れた。

 彼の手からはじょうろのように水が出てきたのだ。こぼれ落ちる水滴が花に当たる。ルシフェルはゆっくりと手を動かし花弁がなくなった花たちに水を与えた。彼から水を受け葉に乗った水滴が日差しを受けて輝く。

 ルシフェルは片手を退かした。花たちは十分な水を得ている。その後変化が起こった。花たちが一斉に花弁をつけたのだ。すぐさまここ一帯は満開の花壇となる。

「元に戻ってよかった」

 さきほどまでうつむいていた花たちも今では元気に顔を上げ咲き誇っている。

「今回は失礼したね。いたずらをした天羽たちだが、天界一怖い天羽が注意していたからそれで許してやってくれ。もしまたしたら今度は私から言っておこう」

 ルシフェルは謝るが花たちはもう気にしていないようだった。

 いつの間にか木々には小鳥が止まりルシフェルたちのやりとりを見つめていた。

 ルシフェルは小鳥に向かって片手を差し出した。一端手を握り、手の平を開ける。そこにはえさが乗っており、小鳥たちは近寄るとそれを食べ始めた。ルシフェルは優しく彼らを見つめる。

「もういいのか?」

 満足したか小鳥たちは木の枝へと戻っていく。そして可愛らしい鳴き声で答えた。

「そうか。これくらいならいつでも作るさ」

 ルシフェルのえさに惹かれたのか、他の小鳥たちもルシフェルに寄ってきた。彼の手の平に乗りえさをついばむ。他には彼の肩で羽を休める小鳥もいた。気づけば多くの小鳥たちが花壇に集まっている。

 ここにいる誰しもが彼のことを好いていた。その優しさと気高さを認めていた。

 すると、

「ん?」

 小鳥たちは鳴き声を合わせ、歌い出したのだ。それだけではない。花もその体を揺らし、踊り出したのだ。統率の取れた動きで、合唱とフラッグダンスならぬフラワーダンスを披露する。

 すべては天羽長、ルシフェルを讃えて。

 そんな彼らの贈り物を、ルシフェルは一言「ありがとう」と受け取った。

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