天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

必ず! あなたにならそれが出来るわ!

「う……」

 痛む体を無視して俺は立ち上がった。

 そうだ、まだ終わっちゃいない。なにも終わっちゃいねえよ!

「どけ……」

 天羽たちを睨み上げる。視界には数えるのも嫌になるほどの天羽が大挙している。

 次から次へと数を増やし倒してもきりがない。数の暴力で制圧してくる。

 なら諦めるか? もう駄目だと。

 目の前に壁が立ちはだかったら。

 困難を目にしたら。

 もう無理ですって投げ出すのか?

「ふざけろ」

 するわけねえだろ。なにがあろうと俺は進む。

 そう決めた。

 約束した。

 あいつと!

「俺はここを通らなくちゃならないんだ」

 俺は構えた。大軍の天羽たちに頭上も周囲も包囲されて。それでも戦う気概を見せる。諦めてたまるか、最後まで!

「そこ退けてめえらぁあ!」

 俺は目の前の天羽たちに突撃していった。



 そう言って、神愛は突撃していった。叫ぶ。想いの限りを込めて。この先にいる人物を思いながら。

 けれどもそれは無謀でしかなく、さきほどの繰り返しにしかならない。

 気合だけでは、想いだけでは、この優劣は覆せない。

 しかし、ここにそれは現れた。

 彼を愛する者が。

「人よ、誠実に生きなさい」

 突如現れた女性の声。しかし神愛には聞き覚えがあった。

「我々は成功するために生まれてきたのではない。誠実であるために生まれてきたのだ。あなたは、あなたであればいい」

 この声を、この言葉を知っている。

 忘れるはずがない。思い出さないはずがない。

 それは、涙を零した言葉なのだから。

「神託物招来!」

 詠唱は言い終わり、同時に姿を現した。

 戦場に母の愛を響かせて。

愛を以て手を伸ばす者スピリット・オブ・マザーテレサ!」

 神愛の目の前に白衣を着た女性が着地する。神託物を背後に浮かべ、白い長髪が靡いた。

 その後ろ姿に、神愛はたまらず叫ぶ。

「母さん!?」

 アグネス・ボヤジュ。聖騎士級の信仰者の登場によりこの場の状況は一変していた。

愛を以て手を伸ばす者スピリット・オブ・マザーテレサ』の効果は天羽たちにも有効であり、それによって天羽たちは戦意喪失。

 なんとか気合を出そうとしているものの武器を構えられない。

 広域に及ぶ精神操作。それによりあれほど苦戦していた天羽たちが止まっている。

 そんなことよりも神愛は突然現れた母親に目が釘付けになっている。このタイミングでまさか会うとは思わず、正直驚いているのだ。

「どうして母さんがここに? 父さんは?」

「神愛君! 僕ならここにいるよ!」

 父親の宮司義純は背後にいた。ショルダーバックを抱え走ってきたのか、息を切らせ神愛の隣で立ち止まる。

「なんで!? どうしてここにいるんだよ?」

 ここは戦場。人類と天羽の決戦の地だ。そこに両親がいる違和感。まったくの予想外。そもそも、こんなことがあり得るのか? 

 神愛の疑問に、父が優しく答えた。

「神愛君がピンチだと聞きつけてね。そしたらお母さんがこうしてはいられないって駆けつけたのさ」

「母さんが?」

 驚きながら母へ視線を戻す。そこには修道女の姿を羽で覆った神託物と、その効果で敵を押さえつけているのか、必死に念じている母の姿があった。

 戦っている、懸命に。それも自分を助けるために。

 母の姿に神愛は胸が熱くなる。

 いつも疎まれてばかりだった。目が合うなり罵声を言われ、拒絶されてきた。

 そんな人が、自分のために戦ってくれている。駆け付けて来てくれた。

 そのことに、神愛はまたも涙が出そうだった。

 アグネスは神託物の効果で天羽たちの心を必死に押さえつけながら神愛へと振り向いた。

「行きなさい神愛! あなたの大事なものを取り戻すために!」

「母さん」

 真剣な眼差しが神愛を見つめる。これだけの数の天羽を押さえるだけで精一杯なのだろう。

 額にはすでに汗が浮かんでいる。美しい顔は苦しそうに眉間にシワを寄せ、それでも懸命に神愛を見つめる。

 訴える。

 自分の息子へ、全霊をかけて伝えるのだ。

「必ず! あなたにならそれが出来るわ!」

 息子を信じていなかった母親が、息子を信じ、そう言ったのだ。

 神愛の瞳には、うっすらと涙が溜まっていた。

 神愛は二人を見つめた。両親の姿を見ながら思う。いろいろあった。家族という関係ではあったが、暗く辛い時間が多かった。

 でも、今は違う。家族の絆は今に続き駆け付けてくれた。

 信じる心が絆を生み未来を切り開く。

 いつか、笑える未来に向かって。

 神愛は両親を見ながら、思ったことが口に出ていた。

「ありがとう……。母さん、父さん」

 心の底から。思った時には言っていた。それだけ素直な気持ちだった。

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