天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

お前は何者だ?

 その彼女が正面を向く。その顔は平静としており躊躇いや後悔の類はまるでない。

「なぜこのようなことを?」

「正直に言おう。私は今でもこれには積極的になれなくてね。それよりも、私の関心は『お前だよ』」

「…………」

 ガブリエルが強調する『お前だよ』という台詞にミルフィアの目が鋭さを増す。

 ガブリエルは地上侵攻を本気で考えていない。彼女の意識は初めから別のものを見ていたのだ。

 それをようやく前にしてガブリエルの空気が変わる。

 今まで伝わってきたのは力だ。大きな物を見た時に問答無用で感じる存在感。

 だが、ここで初めて敵意が混じる。そう思えるほどの強烈な意思。絶対に逃がさないという想念が伝わってくる。

 ガブリエルが、本気で迫ってきていた。

「初めて会った時からお前も分かっていたはずだ。他の者は気づいていなかったようだが」

 ガブリエルがミルフィアに近づいてくる。

「かつて、そう、かつてだ。我らが父、天主イヤス様がまだ人の身であったころ。その最後は柱に括り付けての火刑によるものだった。経緯はこの際置いておこう。ここで重要なのは、その火を点けた者だ」

 優雅な足取りでガブリエルが過去を語り始める。神理慈愛連立を生み出したイヤスの死に際。

 それは彼ら天羽たちからしてみれば憤慨する場面だろうが、ガブリエルが言いたいことはそこではない。

「名をロンギヌス。そして、その妻の名が――」

 そう、重要なのはそこではないのだ。

 それもそのはず。何故ならば、歴史的場面において重要な存在であるロンギヌス、その妻こそが――

「エルフィア」

 エルフィア。似ている、その名前。誰かのものとほぼ同じ。

 そう、同じなのだ。名前だけでなく、その姿形すら。

 そして、その者は目の前に。

「『久しぶりだな、エルフィア』。二千年ぶりか。まさかまたお前と会えるとは思わなかったよ」

 ガブリエルは立ち止まる。眼前に立つ少女を押し潰すほどの目で見下ろして、ガブリエルは問い質す。

「そして聞かせてくれ」

 大地が僅かに揺れていた。空気は振動し地面の砂埃を浮き上げる。

「お前は何者だ?」 

「…………」

 ミルフィア。記憶の中にある女性と瓜二つの少女。それはあり得ない存在だ。

 他の者は気づかないだろう。気づいたところで他人のそら似くらいにしか思わない。

 しかしガブリエルは一目で看破していた。他人ではない、間違いなく本人だ。魂の色とでも呼ぶのか、そうした気配が完全に一致している。

 これがガブリエルの狙い。地上侵攻よりもなお重要視しなければならない、大問題イレギュラーだった。

「人間じゃないな、私たちと同じ神造体か」

「…………」

 ミルフィアは鋭い目でガブリエルを見上げるが口は固く結ばれている。百八十センチ近くある長身のガブリエルを真っ直ぐと直視した。

「黙秘か……。お前は誠実な女だった。それを信じて私は支点すら壊したんだ、答えてくれるんだろう?」

「……なにを言っているのか分かりませんが、あなたの言っていることはさきほど釣り合ったと思いますよ」

「なるほど、ロンギヌスか。失念していたよ。旦那が目の前で殺されたのは堪えたかね?」

 瞬間だった。ミルフィアは弾圧の光線をガブリエルに撃ち放った。

 瞬時に発動したそれは回避を許さず、その規模はガブリエルの上半身を呑み込んだ。

 衝撃は大気を震わし手加減などない全力の攻撃だ。

 表情は怒りをあらわにし、殺気すら感じさせるほどだった。

「止めろ、無駄なことだ」

 ミルフィアの攻撃後、ガブリエルを覆っていた煙が一瞬で晴れる。そこには無傷のまま立つガブリエルがいた。

 これが他の天羽ならば大怪我の攻撃だったがガブリエルはまるで意に介していない。

 ガブリエルは戦っていない。ただ立っているだけだ。しかし無傷で立っているというその事実、それだけで強者の貫録が滲み出る。

「お前が普通の存在ではないことは分かっている。年は取っていないな。いや、外見上はあの時よりも若い。見た目を変えているのか、それとも転生かな?」

 無傷のガブリエルにミルフィアは表情を苦くするがガブリエルは平然としたまま続ける。

「四次元の超越者オラクルなら若返りくらい出来るだろう。しかし二千年前のあの時代には神化もなければ神理もない。おもしろい。お前は人理時代から信仰者のような存在だったわけだ。これはいよいよ『創造論』も信憑性を帯びてきたな」

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