天下界の無信仰者(イレギュラー)
よう、クソ天羽
白と荘厳さを兼ね備えたサン・ジアイ大聖堂は薄い黄色の結界に覆われていた。
現在だけでなく過去や未来、平行世界からの干渉、それだけに留まらず世界改変すら防ぐ無敵の結界。
空間転移も無論通さず、この結界がある限り天羽軍の地上侵攻の拠点となったサン・ジアイ大聖堂は安泰だ。
その結界を支える柱はサン・ジアイ大聖堂を中心に東西南北に別れ、北にガブリエル、東にサリエル、南にラファエル、西にウリエルという配置となっていた。
彼、彼女らが結界の鍵であり、四方を守る彼らを破らなければ中央、天羽長ミカエルには届かない。
決戦の首都ヴァチカン、そこは厚い雲に覆われ暗がりとなっていた。そんなヴァチカンで伝統的な町並みを残す西の区画。
両側には三階立ての建物が並び一階にはカフェや服飾店が並んでいる。
普段ならば人々が多く行き交い伝統的な美しさにおしゃれな雰囲気を感じられる人気の場所ではあるが、天羽に占拠された今ではゴーストタウンだ。
灰色に近い白の建物が続く大通りは無人であり、黒いアスファルトの道路には車一台ない。
代わりにそこに立つのは、白い髪を靡かせるウリエルだった。天羽軍の多くは前衛に立ち、ウリエルの背後を通ればサン・ジアイ大聖堂はすぐそこだ。
ウリエルは西の区画最後の砦として、そして結界の鍵としてここに一人立つ。
ウリエルは振り返り、背後の上空、そこに浮かぶ天界の門を見上げた。
曇天の合間に立つ巨大な門。ここに並ぶ建物と同じ大きさはある。そこでは群を成した天羽が旋回していた。
天界の門全開まであと一日ほど。
それすら済ませればミカエルは本格的な侵攻に踏み切るだろう。
正真正銘、無限を誇る天羽の軍勢によってまずはゴルゴダ共和国の実権を握り、次にスパルタ帝国、最後に無我無心の本拠地コーサラ国を攻め落とす。
天羽の支配によって地上から争いはなくなり人類は初めて平和を得る。
それは彼女の望みでもあった。理想であった。人の笑顔に微笑み、人の涙に胸を痛めた彼女の。
これを最後の争いとして、人類に平和をもたらす。
祈るだけでは駄目だ。
願うだけでは駄目だ。
理想実現のために、彼女は躊躇いを振り切り願いを叶える。
彼女はヘブンズ・ゲートから視線を外し、正面を見た。ここに現れるだろう敵を見据え、防衛の要として戦意を瞳に湛える。
それはまさしく、二千年前に烈火の如き天羽として風聞された、神の炎、ウリエルの姿そのものだった。
愛する者を守るため。そして理想を実現するために。
その瞳は冷徹だ、彼女は覚悟を決めた。愛する彼を裏切ってまでここに立つ彼女に迷いはない。
一度は堕天羽になり、人となった彼女が戻ってきたのだ。審判者として人を裁き天羽からも賞賛された彼女が。
長き年月を経てようやく、ついに、四大天羽ウリエルが降り立った。
彼女こそ神話の中に生きるもの。神聖なる審判者。その意識は非情なる正義ただ一点。
迫る決戦の時を感じながら、嵐の前の静けさの中で、彼女は立ち続けている。
そんな彼女を天羽の誰しもが待ち望んでいた。
そして、それを誰よりも待ち望んだ者が、ここにも一人。
「よう、クソ天羽」
二千年前から続く宿命を果たすため、その者は現れた。
陽気なまでの声。彼女の鉄の意思に比べれば緊張感の欠片もない声で、その男は話しかけてきた。
ウリエルの意識が移る。最終決戦のこの場面、全員が持ち場に付くこの時に誰が話しかけようか。
しかして、この男はここにいた。
「サリエル……?」
ウリエルは背後に振り向いた。自身とは反対の東を担当しているはずのサリエルがそこにはいた。道路の上に二人は並ぶ。
サリエルは揺らめく赤い髪にニヤついた笑みを浮かべている。それはいつものことと言えばそうだが、しかし、今日の彼はいつになく楽しそうだ。
それが不穏な空気を掻き立てる。
「なぜここにいる? 持ち場を離れるな、すぐに敵が来るぞ」
姿どころか音も聞こえないが、それは数多くの戦場を渡り歩いた者特有の勘が告げていた。
空気というべきか、嵐の前のような気配を肌に感じる。
だが、多くの戦場を経験してきたのはこの男とて同じはず。それがなぜ、どのような理由でこんな場所にいるのか。
そんなウリエルの質問にしかしサリエルは答えなかった。そんなことはどうでも良かったのだ。それよりも愉快で仕方がない。
道中もそう。全身が興奮に沸き立っている。胸が脈打つたびに情念が湧き上がる。
それは危ういバランスで保たれた想念だった。彼の胸に燻るもの。それは怒りであり、増悪であり、しかし彼を掻き立てるのは歓喜に他ならない。
感動的ですらあった。
「どうしてここにいる、だ?」
ウリエルの疑問に軽薄に応えつつ、不気味な薄い笑みを見せる。
現在だけでなく過去や未来、平行世界からの干渉、それだけに留まらず世界改変すら防ぐ無敵の結界。
空間転移も無論通さず、この結界がある限り天羽軍の地上侵攻の拠点となったサン・ジアイ大聖堂は安泰だ。
その結界を支える柱はサン・ジアイ大聖堂を中心に東西南北に別れ、北にガブリエル、東にサリエル、南にラファエル、西にウリエルという配置となっていた。
彼、彼女らが結界の鍵であり、四方を守る彼らを破らなければ中央、天羽長ミカエルには届かない。
決戦の首都ヴァチカン、そこは厚い雲に覆われ暗がりとなっていた。そんなヴァチカンで伝統的な町並みを残す西の区画。
両側には三階立ての建物が並び一階にはカフェや服飾店が並んでいる。
普段ならば人々が多く行き交い伝統的な美しさにおしゃれな雰囲気を感じられる人気の場所ではあるが、天羽に占拠された今ではゴーストタウンだ。
灰色に近い白の建物が続く大通りは無人であり、黒いアスファルトの道路には車一台ない。
代わりにそこに立つのは、白い髪を靡かせるウリエルだった。天羽軍の多くは前衛に立ち、ウリエルの背後を通ればサン・ジアイ大聖堂はすぐそこだ。
ウリエルは西の区画最後の砦として、そして結界の鍵としてここに一人立つ。
ウリエルは振り返り、背後の上空、そこに浮かぶ天界の門を見上げた。
曇天の合間に立つ巨大な門。ここに並ぶ建物と同じ大きさはある。そこでは群を成した天羽が旋回していた。
天界の門全開まであと一日ほど。
それすら済ませればミカエルは本格的な侵攻に踏み切るだろう。
正真正銘、無限を誇る天羽の軍勢によってまずはゴルゴダ共和国の実権を握り、次にスパルタ帝国、最後に無我無心の本拠地コーサラ国を攻め落とす。
天羽の支配によって地上から争いはなくなり人類は初めて平和を得る。
それは彼女の望みでもあった。理想であった。人の笑顔に微笑み、人の涙に胸を痛めた彼女の。
これを最後の争いとして、人類に平和をもたらす。
祈るだけでは駄目だ。
願うだけでは駄目だ。
理想実現のために、彼女は躊躇いを振り切り願いを叶える。
彼女はヘブンズ・ゲートから視線を外し、正面を見た。ここに現れるだろう敵を見据え、防衛の要として戦意を瞳に湛える。
それはまさしく、二千年前に烈火の如き天羽として風聞された、神の炎、ウリエルの姿そのものだった。
愛する者を守るため。そして理想を実現するために。
その瞳は冷徹だ、彼女は覚悟を決めた。愛する彼を裏切ってまでここに立つ彼女に迷いはない。
一度は堕天羽になり、人となった彼女が戻ってきたのだ。審判者として人を裁き天羽からも賞賛された彼女が。
長き年月を経てようやく、ついに、四大天羽ウリエルが降り立った。
彼女こそ神話の中に生きるもの。神聖なる審判者。その意識は非情なる正義ただ一点。
迫る決戦の時を感じながら、嵐の前の静けさの中で、彼女は立ち続けている。
そんな彼女を天羽の誰しもが待ち望んでいた。
そして、それを誰よりも待ち望んだ者が、ここにも一人。
「よう、クソ天羽」
二千年前から続く宿命を果たすため、その者は現れた。
陽気なまでの声。彼女の鉄の意思に比べれば緊張感の欠片もない声で、その男は話しかけてきた。
ウリエルの意識が移る。最終決戦のこの場面、全員が持ち場に付くこの時に誰が話しかけようか。
しかして、この男はここにいた。
「サリエル……?」
ウリエルは背後に振り向いた。自身とは反対の東を担当しているはずのサリエルがそこにはいた。道路の上に二人は並ぶ。
サリエルは揺らめく赤い髪にニヤついた笑みを浮かべている。それはいつものことと言えばそうだが、しかし、今日の彼はいつになく楽しそうだ。
それが不穏な空気を掻き立てる。
「なぜここにいる? 持ち場を離れるな、すぐに敵が来るぞ」
姿どころか音も聞こえないが、それは数多くの戦場を渡り歩いた者特有の勘が告げていた。
空気というべきか、嵐の前のような気配を肌に感じる。
だが、多くの戦場を経験してきたのはこの男とて同じはず。それがなぜ、どのような理由でこんな場所にいるのか。
そんなウリエルの質問にしかしサリエルは答えなかった。そんなことはどうでも良かったのだ。それよりも愉快で仕方がない。
道中もそう。全身が興奮に沸き立っている。胸が脈打つたびに情念が湧き上がる。
それは危ういバランスで保たれた想念だった。彼の胸に燻るもの。それは怒りであり、増悪であり、しかし彼を掻き立てるのは歓喜に他ならない。
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