天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

この手で裁く、そう決めた

 目の前にいた堕天羽の一体、その足元から炎の柱が立ち上ったのだ。

 堕天羽の全身を覆うほどの炎柱は五メートルにまで即座に到達し、その燃え盛る炎の熱量に堕天羽は悲鳴を上げる前に蒸発していた。

 残った僅かな灰だけを残し、火柱は墓標のように燃え盛り聳え立つ。

「これは?」

 突然も突然。サリエルは当然のこと、敵である彼らもこの事態に唖然と炎の柱を見上げていた。

 なにが起こった? これはなんだ? 誰の仕業だ? 黙っていても相手が考えていることが分かる。ここにいる全員が同じことを考えていた。

 そこへ響くのは、美しくも冷徹な声だった。

「神に逆らう愚者どもよ、これは裁きだ。その罪は炎で浄化され、その魂は慈悲深き天主の元へ導こう」

 その声に導かれ全員が宙を見上げる。

 青空を背景に、日の光を受けて、そこにいたのは純白の八枚の羽を広げ立つ白髪の天羽だった。

 まるでウエディングドレスを思わせる優雅さに四肢に備わった防具、凛とした姿勢は女性ながらかっこよく、美しかった。

「我が名はウリエル。恐れることはない。死は、救済だ」

 言葉の後、いくつもの炎が柱となって燃え上がった。その直上にいた堕天羽たちは一瞬で燃やされ消滅していく。

 まさに瞬殺、戦場は炎が走り彼女を称えるように燃え盛る。

 白い髪の天羽。なにより比類なき炎の使い手。サリエルは驚愕するものの納得していく。

「ウリエルだと? こいつか、噂になってる天羽ってのは」

 彼女のことは彼の耳にも入っていた。いくつもの戦場で堕天羽討伐の功績を上げている白い髪の天羽がいるとか。

 どのような不正にも毅然と立ち向かう正義感と気高さ。もとから気品を備えた天羽たちからも尊敬される神の炎。

 ウリエル。彼女は次々と堕天羽たちを強力な炎で消滅させていく。

「消えるがいい、哀れな魂よ」

 一切の躊躇いなく、彼女は炎を振るっていった。

「おいてめえ! いきなり現れてなにしてやがる! 全員消すつもりか!?」

 淡々と作業をこなすウリエルだがサリエルからしてみれば堪ったものではない。

 このままではアザゼルの居場所を知る情報源が丸焦げだ。それで叫ぶのだが彼女から反応はない。まるっきり無視だ。

「シカトしてんじゃねえぞ!」

 サリエルは大鎌を投げつけた。ブーメランのように回りながらウリエルに迫る大鎌。

 手加減なしの一投にそのまま首が飛んでしまいかねない。

 よもや命中と思われたその直前、ウリエルは背負っていた長剣に手を伸ばした。純白と白銀で輝く剣を軽々振るい大鎌を弾き飛ばす。

 サリエルは鎌を手元に呼び戻した。

 この攻防の隙に生き残った堕天羽たちは逃げ出しここには二人だけとなった。

「逃げたか……」

 ウリエルはあくまで堕天羽狙いであり逃げ去った堕天羽たちの背中を見つめていた。すぐに追いかけんと羽を動かす。

「ちょっと待てや」

 その前にサリエルは制止をかけウリエルの動きが止まった。その後今まで動かなかった青い瞳がサリエルを見下ろした。

「……なんだ?」

 本人にその気があるかは知らないが、その視線は強烈な戦意と威圧感に満ちていた。

 断固とした決意は怒りにも似ている。それは正義感か。悪を許せないという彼女の怒りが、激しいまでの戦意となって滲み出している。

「なんだじゃねえだろアホ、なに俺の邪魔しておいて追おうとしてんだよ」

 サリエルは大鎌を肩に担ぐと空いた手で包帯を転移させ掴んだ。目を瞑りその上に当てると包帯が自動で巻き付き頭の後ろで結ばれる。

 ようやく落ち着いて話せる状況になったわけだがサリエルは苛立った様子で話しかけた。

「あいつら全員消したら聞きたいことも聞けなくなるじゃねえか。それをてめえ、ご丁寧に一体残らず灰にするつもりか?」

「これは正義だ」

「ああ?」

 突然なに言ってんだ? サリエルは小首を傾げる。ウリエルは地上に降り立つと正面をサリエルに向けた。精悍とした表情でサリエルに告げる。

「やつらは人を堕落させる。平和を乱す異分子だ。生かしてはおけない。この手で裁く、そう決めた」

 真面目や愚直などとは桁の違う、それは固い信念と正義感からくる言葉だった。己の理想のため、そのためならば自分の命も厭わない。

 そうしたタイプだ。

 反対にサリエルは己の死を避けるタイプだ。仕事には忠実だが理想に命をかけようとは思わない。

 仮にそれが実現してもそこに自分がいなければ意味がない。そこら辺をサリエルは弁えている。

 そもそも自分が死んでしまっては誰が天羽を裁くというのか。そうした自負があるからこそサリエルは死ねない。

「てめえには融通っていうのがねえのかよ。お前のせいでこっちは迷惑被ってんだよ」

「邪魔をするな」

「それはこっちの台詞だ」

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