天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

お別れ3

 たとえ敵に変わっていても。

 もう前のように戻れなくても。

 こうして会えた。それがとても嬉しいのに。

 なのに、どうして。

 笑顔ではなく、涙が溢れるのか。

 ウリエルは顔を神愛に近づけた。垂れる自身の髪を耳に掛けさらに顔を近づけていく。少しずつ、少しずつ。二人の距離が縮まり、なくなっていく。

 そして、ウリエルは唇を彼に重ねた。

 それは、そっとした、触れるか触れないか。そんな口付けだった。けれども彼女の胸を満たした。

 この奇跡のような一瞬をずっと過ごしていたい。胸が溶けだしそうなほど、嬉しくて、幸せで。

 けれど、すぐに反動として悲しみがやってくる。こんな時間はもう来ない。これで最後だ。

 もう、自分と彼は違う。天羽と人間。敵と味方。楽しかった学園生活の頃には戻れない。

 それを思うと、涙が頬を零れ落ちていった。彼女の悲しみを慰めるように、ゆっくりと頬を撫でていく。

 ウリエルはそっと唇を離した。短い時間。だけど、これは彼女にとって最後の思い出、報酬だった。もう前のようにはなれない自分への、我がままなご褒美。彼女しか知らない宝物。

「じゃあね、神愛君」

 ウリエルは切ない目で神愛を見た。涙が残った瞳で見つめ、彼女は翼を広げる。

「さようなら」

 次の瞬間、部屋にウリエルの姿は消えていた。ここにはベッドに横になる神愛一人だけ。物音しない空間で神愛は眠り続ける。

 そんな中、空間を漂う白い羽があった。それはゆらゆらと落ちていき、神愛の額に降りた。ちょうど傷のある部分。

 それで神愛は目を覚ました。額の痛みに顔を引きつらせ、痛みが走る額に手を当てた。

「これは……?」

 純白の羽を掴み目の前に持ってくる。

「羽……」

 美しい羽だった。柔らかくて、優しそうな羽。

 神愛はぼんやりとその羽を見つめ続ける。

 そして、涙が頬を通っていった。 



 もう、昔のようには戻れない。

 無邪気に笑い、笑顔で夢を語り、共に笑い合うことは。

 もう、後戻りは出来ない。

 ゴルゴダ共和国の内戦、多くの犠牲。

 たとえこの身が引き裂かれ、心が砕けることになろうとも。

 この身は元より、天羽なのだから。

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