天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

これは予想外だ

「ぬう!」

 エノクの体が宙を走り背後の全面ガラス張りのビルに衝突する。壁は真っ白にひび割れクレーター状にへこんだ。そこへミカエルは追撃し剣を打ち付ける。

 ガラスはついに破れ二人はビルの中へと入った。オフィススペースに乱入する二人に職員たちの悲鳴が響く。

 エノクは床に叩き付けられミカエルは上から再び剣を打ち付けた。エノクは剣で防ぐものの床が崩れ下の階へと落ちていく。

 ミカエルは剣を消すとエノクを掴みガラスへと飛行した。エノクを床に擦りつけ、そのまま勢いに乗せて放り投げた。

 ガラスを破り外へと放り出す。自分も破れたガラスから外へ出る。

 が、それを待ち受けていたのはエノクの方だった。ビルから出てきたところを両手で握った剣で打ち付ける。盾でガードするものの体勢を崩された。

 すかさずエノクはミカエルを捕まえると、宙を走った。ミカエルをビル壁面に押し付けるとさきほどの仕返しとばかりに擦りつけながらビルに沿って疾走し始める。

 ミカエルの羽と背中がガラスを砕いていき破片が飛び散り激しい音がする。

 エノクはミカエルを放り捨てる。まるでボールのように回転しながら吹き飛ばされるミカエル目掛けエノクは剣を投擲した。

 切っ先は真っ直ぐとミカエルを捉えておりすさまじい速度で狙い撃つ。

 だが、直撃の前にミカエルは体勢を整え剣を撃ち落とした。エノクの剣は地上へと落ちていくがエノクが右手を翳すと消え、手の平に現れた。

 エノクは上空にいるミカエルを見上げた。これだけの激しい戦闘をしてきたがミカエルには傷も疲れも見られない。

「はっはっはっはっは! 楽しいねえ~」

 反対に見下ろすミカエルは上機嫌に声をかけてきた。鋭い表情で見上げるエノクを愉快気に見つめている。

「どうしたエノク、血が流れているぞ」

 見ればエノクの額から一筋の血が流れていた。それが頬を通って地上へと落ちていく。

 教皇エノクの流血。それはまだ小さな傷ではあったが、それが意味するところは大きい。

「全能は全能でしか倒せない」

 ミカエルが口を開く。

「よって本来なら私では君を傷つけられないんだが、これはどういうことかな?」

 プリーストではスパーダに勝てないように、神徒レジェンドとなれば同じ神徒レジェンドでなければ傷を与えることが出来ない。

 そも全能とはそういうものだ、神は神でしか倒せない。

 だがミカエルの言う通りエノクは傷を負っている。普通ならばあり得ない。だが思い当たる理由にミカエルはにやりと笑った。

「あの少年に負けてずいぶん弱体化しているみたいじゃないか。あの小僧が全能とも思えんが、神殺しの特性でも持っていたのかな? 彼に負けたことで一時的に全能未満でもダメージを受けるようになっているじゃないか」

 イレギュラー、宮司神愛との敗北。それ以降体調の不良はあったものの弱体化までしている。神徒であることに変わりないがダメージを負うようになっていた。

「これは予想外だ。当初の計画ではね、もともと恵瑠が堕天羽であることは君たちにリークするつもりだったんだ。ラグエルの手紙は転じて私の思惑通りにことを進めてくれたわけだ。君たちが彼女を殺めるのは時間の問題。障害は君という存在をどうするかだったが」

 神徒であるエノクは最も困難な問題だ。どれだけ計画が順調に進もうとも一回の世界改変で頓挫もあり得る。

 よってエノクの存在はなんとしても解決しなければならない問題であり同時に最大の障害だった。

「その問題がこうも呆気なく片付くとは。君にとって彼は最大のイレギュラーだったわけだ、エノク」

 そのエノクが弱体化している。これ以上の好機はない。ミカエルは運が自分に傾いていることに運命的なものを感じていた。

「どの問題が片付いただと?」

「ん?」

 しかしミカエルの喜悦に水が差される。ミカエルは喜んでいた意識を下に向けた。

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