天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

私は、私の信じる信仰を進む

「願ったさ。世界よ平和であれ。毎日、どこかで、誰かが、願ってる。叶える時だ」

「お前たちの平和と、彼らが願った平和は違うものに見えるが」

「ふふふ」

「…………」

 エノクは真っ当なことを言ったつもりだが、ミカエルは突然笑い出した。含み笑いだったそれはすぐに大笑に変わった。

「はっはっはっは! やはり貴様等は残念だ。ああ、哀れだ。まったくもって」

 突如笑い出すミカエル。それをエノクは鋭い視線で見つめ続ける。

「分かっていないのはお前の方だエノク。お前は慈愛連立でありながら」

 ミカエルは笑う。おかしくて仕方がないと。もしくは滑稽か、慈愛連立を代表する信仰者ですら本質が分かっていないと、ミカエルは嘲った笑いを上げる。

「天主イヤス様に逆らうのか?」

 慈愛連立の創造者。すべての慈愛連立の信仰者が崇める三柱の一つ。生前での行いは聖書となり現在でも多くの数が出版されている。

 イヤスは慈愛連立の頂点であり神の中の神だ。エノクもその思想、行動に感嘆したからこそ慈愛連立の信仰者として専念してきた。

 だが、ミカエルははき違えていると言う。

「私たちとお前たちの平和が違う? 馬鹿を言えよ、お前たちが信仰している慈愛連立。それが目指す平和こそが我々だ。間違っているのはお前たちなのさ」

 間違っている。そう言われてエノクも黙っていられない。

「かつて、その者はすべての者の幸福と、すべての者の救済を望まれた。イヤス様が人類の支配を望んでいると?」

 不可解だった。聖書に記された人物像、なにより慈愛連立の教え。困っている者を助けよという教義から外れている。

 イヤス様本人がそんなものを望んでいるとは信じられない。

「君たち人間にあの方は理解できないさ。平和? いいや。あの方の考えにあるのはそんなものじゃない。あるのは――」

 エノクの困惑をかき回すようにミカエルはさらなる事実を投下する。

「愛さ」

「愛?」

 どういうことかとエノクは聞き返す。

「その強大な愛! 人類すら包むほどの愛! その大きさゆえにお前たちでは計れないだろう。山のふもとでは山頂が見えないように。それほどまでにあの方の愛は大きく偉大なのだ。あの方の愛は宇宙よりも広い!」

 ミカエルは両手を広げ大仰に伝えた。天主の偉大さを称える天羽そのままに。

「分かったかい? どちらが間違っているのか」

 真偽は不明。ミカエルがでたらめを言っている可能性はもちろんある。慈愛連立の本質を見誤っているという指摘をどう受け止めるか。  

「なるほど」

「納得したかい?」

 エノクは表情を変えることなくつぶやいた。

「そうだな」

 エノクは認めた。ミカエルからの質問に肯定で答える。

 納得したのは事実だ。なぜなら、

「なぜ、あの時ヨハネが逆らい少年たちを宮殿内に入れたのか」

「なに?」

 納得した。しかしそれはミカエルの話ではなくヨハネの決断と行動だった。

「私は、私の信じる信仰を進む」

 エノクは己の信じる道を外すことはなかった。たとえ誰がなんと言おうとエノクの考えは変わらない。

 エノクが信じ尊ぶのは困っている者を救うという慈愛に満ちた信仰の道。今も昔も変わらない。

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