天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

ほう、さすがメタトロンか

 それは、彼ら天羽の中にまだ諦めていない者がいるからだ。この状況で、それでもなお達成してみせると、二千年もの間情熱を絶やさず燃やしている者がいるからだ。

「だが、それと納得は別のものだ」

 事情を知る。そういうことかと。しかしそれでも譲れない。彼らに信念や事情があるように、ペテロにも貫き通す信仰と意志がある。

「四大天羽ガブリエル。お前たちの思惑がなんであろうとも、人類は支配など望んでいない。それでもなお挑むというのなら」

 ペテロは引き締めた表情に戦意を込めて、敵であるガブリエルに言い放つ。

「お前たちは二千年前と同じように、失敗する」

 気迫を滲ませガブリエルを睨む。どのような言い分を並べようと、やつらのしようとしていることは地上への侵攻だ。許せるものではないし、負けるつもりもない。

 ペテロからの言葉を受けてどう思っただろうか、ガブリエルは組んだ足の上に両手を合わせ、おもむろに口にした。

「私には、ルシファーほどの優しさも、ウリエルほどの正義感も、ミカエルほどの情熱も、ラファエルほどの社交性もない」

 直後、ガブリエルの気配が切り替わり、膨大な戦意となって迸った。

「私はただ――強いだけだ」

 ペテロを睨む青色の双眸。まるで強風に叩きつけられているかのような気迫だ。だが、ペテロは一切表情を変えることなくにらみ返した。

 互いに相手を睨む。もとより相手は敵だ、一髪触発の気配にいつ戦いが起こってもおかしくない。

 だが、この場に異常が起こる。急に空間が揺れ出し、ひび割れたのだ。空間に現れる異変に創り出したガブリエルがいち早く気づく。

「ん?」

 目だけを動かし横を見れば、空間に黒い亀裂が入っている。

「これは?」

 突然のことにペテロも咄嗟に理解が追いつかない。なにが起こっているのか。

 だがそれもすぐに察した。この揺れ、そして異空間すら超越する存在となれば思い当たるものなど一つしかない。

 外の様子を覗いたのか、ガブリエルも分かったように口を開いた。

「ほう、さすがメタトロンか。第二世代でありながら七大天羽に認められただけのことはある。現れただけで異空間に影響を与えるか」

 揺れは続き、空間が崩れ始めていた。

「残念だがお前との対談はここまでだ。ここで大人しくしていろ」

 そう言うとガブリエルは席を立った。ここにペテロを幽閉したまま消えるつもりだ。

 そうはさせじとペテロはテーブルを押し倒すと同時に剣を抜いた。

「はっ!」

 駆け出す中で放たれる抜刀。勢いよく振るわれる剣撃は、しかしガブリエルの前方に現れた白い魔法陣によって防がれてしまった。

「く!」

「さらばだ」

 そして、ガブリエルは羽を広げると今度こそ消えてしまった。

 ペテロもすぐに後を追おうとするが空間の固定化がされている。超越者オラクルでも簡単に空間転移は出来ない。

 もっと亀裂が大きくなり、空間転移が出来るまではここで待ちぼうけだ。

「エノク様……!」

 心配と焦りの中、ペテロは祈る思いで待ち続けていた。

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