天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

……言ったところで、どうしようもないことだわ

 不自然だ、襲撃者にしてはあまりにも戦意がない。

「どういうことだラファエル、なぜお前たちはこんなことをする?」

「……言ったところで、どうしようもないことだわ」

 怒り混じりのヤコブの質問にラファエルの声は沈んでいる。

「そうだったな。ならば問答無用!」

 ラファエルの戦意のなさは同時に好機だ。ここで話し合いをしたところで止めぬと言うのなら戦って止めるしかない!

 ヤコブは守るため退く気はなく、ラファエルも止めるつもりはない。

 よって、二人の激突は必然だった。

「いくぞ!」

 叫ぶと同時、ヤコブは空間転移を行った。屋上からヤコブの体が消える。

 しかし、空間転移を行ったのはラファエルも同じだった。ヤコブはさきほどまでラファエルがいた場所に現れ剣を振るうがラファエルの姿はない。

 やはりというべきか、空間転移が行える以上ラファエルも超越者オラクルということになる。信仰者では壮絶な訓練や修行を通しても至れるのは一握りだというのに。

 ヤコブは消えたラファエルの姿を探す。それで上空を見上げた。

 いた。ラファエルは屋上よりもさらに上空、そこから弓を構え、薄桃色の矢を弦にかけ引き絞っていた。

 彼女の弓、それは意趣を凝らした美しいものだった。彫りはきれいな模様を描き、武器というよりも装飾品のように彼女を飾っている。

 ラファエルは光矢をヤコブに向け発射した。猛速度で空を切る光弾が迫りくる。

 だが、今度はヤコブが空間転移でかわす番だった。ヤコブはその場から消え光矢は地面に着弾、床を爆発させた。

 ヤコブが現れたのはちょうどラファエルの正面。ヤコブは剣を、ラファエルは弓を構え、落下する間際の一瞬に両者は睨み合う。

 超越者オラクル同士の戦いが始まった。

 それは、常人の戦いを超越していた。

「ふん!」

 ヤコブが剣を一閃する。それをラファエルは空間転移でかわし、ヤコブも空間転移で追いかける。

 連続する空間転移。二人の姿が現れては消えていく。互いに空間を超越している以上、間合いというのはないに等しい。戦闘において最も重要な間合いがないのだ。

 剣であれ弓であれ銃であれ、自分の有効範囲に入らねばならぬのはどの武器も同じ。そして相手の範囲に入らなければ安全が確保される。

 いわば戦闘とは間合いの取り合いだ、そこを見誤れば拳銃でもナイフに負ける。

 では、その間合いがないとしたら? 次に重要なものはなにになる?

 それは攻撃に移るまでの動作、その素早さだ。

 そもそもなぜ弓は剣より優れ、銃は弓より優れているのか。それは相手の間合いを上回っているからだ。

 では、剣の間合いに弓や銃がいればどうだろう。弓では矢を構えなければならない。銃をではねらいを定めて撃たねばならない。

 それに比べ、剣はシングルアクション。ただ振ればいい。

「くっ!」

 よってこの勝負、ヤコブが圧倒していた。

 ラファエルの表情が歪む。それもそのはず、矢をセットする時間すらない。

 空間転移で間合いを広げても、ヤコブの空間転移によってすぐに間合いを詰められ攻撃されるのだ。ラファエルは逃げ、ヤコブが追撃する。その繰り返しだった。

「はあ!」

 その不利な中で、なんとかラファエルは矢をセットした。弦を引き、次に空間転移。一瞬でもいい、間合いを確保して矢を発射する。遠すぎても近すぎてもいけない距離。
 ラファエルは三メートルほどの距離に転移して、ようやく得た攻撃を撃ち放った。
 だが、
「無駄だ!」

 ヤコブは盾でラファエルの光矢を無効化した。千載一遇の機会で放ったラファエルの攻撃だったが痛手を与えることなく不発に終わってしまった。

 攻守ともにヤコブが勝っている。空間転移を用いた斬撃に無敵の盾。勝負はいつしか追走劇の様相ようそうを呈し始め、ヤコブは執拗にラファエルを追いかけた。

 そして、ついにヤコブの剣撃がラファエルを捉える!

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