天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

救済さ

「貴様ッ」

 ペテロは急いで振り向いた。

 白のカーテンが閉じられたベランダの前、そこには神官長ミカエルがいたのだ。

 気づかなかった。空間転移を行なえば空間の軸に多少の変調が起きるものだが、こうも悟られずに行うとは敵ながら見事としか言いようがない。

「せっかく会いに来たのだが、もしやこれからお出かけの予定だったかな?」

 ペテロはすぐに剣を抜くと切っ先を向ける。対してミカエルは不敵な笑みを浮かべ二人を見つめていた。

「おいおい、止めてくれよ。ノックをしなかったから怒っているのかい? とはいえその程度で剣を向けてくるだなんて、君の度量は残念だと言わざるを得ないねぇ~」

「なにをしに来た?」

「なにしにだって? 残念、私が答えるとでも?」

 ペテロは剣を両手で構えた。

「分かっているだろう?」

 それでミカエルは話し出した。しかしそれは臆したというわけではなくこの状況を楽しんでいる振る舞いだ。

 ミカエルは答える。ここへ来た理由。それは転じてこれから先なにをしようとしているか、ミカエルはその目的を告げた。

「救済さ」

 不敵に、不気味に、余裕のある笑みで、ミカエルはそう言った。

「君たち人類では人を救えない。不平等、飢餓、争い。それらは地上から消えぬ病巣だ、いわば君たちは病気なんだ。それに見かねてね、我々の神は胸を痛めこう命じたわけさ。君たちの苦しみを、取り払えと」

 ミカエルは大仰にそう告げる。これは神の使命、お前たち人類は病人であるので大人しく治療されろと、そう言ったのだ。

 その言い方にペテロも真剣な口調で反論する。

「慈愛連立の教えは互いに手を取り合い苦しみを分かち合い、痛みを克服することだ。誰かの管理下に置かれることを平穏とは呼ばない、それは支配だ」

 世界に争いは今もある。人類に問題は山積だ、解決の糸口は見つかっていない。

 けれど、痛くても、苦しくても、助け合い協力して、この世界でも共に生きていこうと頑張っている者がいる。

 それを否定されるのは、ペテロには我慢ならなかった。

「そうか。では残念だけど」

 ミカエルは笑みを残しつつ声を落とした。青い瞳を冷酷に細め、ミカエルはペテロを見つめる。

「君には消えてもらおう、神の愛を拒む者」

「やってみろ!」

 ペテロは吠えた。ここで負けるわけにはいかない。ここで止めねばすべてが終わってしまう。なんとしてもやつらの目的、天羽てんは再臨だけは止めねばならない。

「ペテロ、止めろ」

 だが、ここに新たな声が現れた。それはミカエルの隣であり、静穏ながらも気迫のある声は一人しかいない。

「ガブリエル!? お前もか!」

 水色の髪を優美に垂らし、政府高官であるガブリエルがそこに立っていた。背筋を伸ばしたモデル体型の彼女に白のロングコートが映える。

「お前はまだ理知ある者だと思っていたのだがな」

「弁解はない、好きに思え」

 ペテロからの嫌味にも眉一つ動かさずガブリエルは威厳を保っている。

「剣をしまえ、いかに聖騎士であるお前でも相手が悪すぎるぞ」

 ガブリエルからの忠告にしかしペテロは構えを解かない。たとえ相手が誰であり何人であろうとも、ここを退く気など毛頭ない。

 騎士の誇りに賭けて、ペテロは命すら捧げる覚悟がある。

 しかし、この状況。相手はミカエルとガブリエル。

 認めたくはないが、彼女の言う通り相手が悪すぎる。ペテロは追い込まれていた。状況的にも、精神的にも。

 人を救うと言いつつ侵攻をする者たち、これが救済か? ゆえにペテロは聞いた。

「貴様ら、何者だ?」

 二千年の遥か昔から地上に降り立ち神の使命を受けた者たち。人類を支配せんと行動を行なう者たちの正体は――

「国務長官ガブリエル、いや、こう言った方がいいかな」

 その質問に、ガブリエルは気丈に答えた。本来の身分に誇りすら滲ませて。

 明かすのだ、二千年前と同じように。

天羽てんは四大天羽しだいてんは、ガブリエル」

 瞬間、それは起こった。

「これは」

 その光景にペテロは状況も忘れて見入っていた。その、あまりの美しさに。

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