天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

……連行する

「主!?」

「神愛、あんたなに言ってんのよ?」

 二人から聞かれるが俺は振り返らない。

「正気か?」

「ただし条件がある。こいつらは見逃してやってくれ。俺に無理やりつき合わされただけなんだ」

 俺はペテロをまっすぐと見つめた。静かだが空気が張り詰める。

「これだけのことをしておき、見逃すということは出来ん」

「ならここでまた暴れようか? 次はどんな被害が出るのか予想してみろよ」

「…………」

 ペテロが黙る。表情はそのままに思案しているようだった。

「判断するのは司法庁だ、私からはなにも言えん。ただし減刑するよう口添えはする」

「ここで見逃せ。そして追手も出すな。それが条件だ!」

 叫んだ。守れなかったという負い目からか、声に熱が籠る。

「俺に付き合ってくれた。せめてこいつらだけでも助けないと、俺は駄目なんだよ!」

 恵瑠を救えなかった。そのためにここまで来たのに。なら、こいつらまで守れなかったらなんのために頑張ってきたんだ。絶対に譲れない。こいつらだけでも、守り通さないと!

「聞けないなら、てめえらと死ぬまで戦ってやる!」

 俺が囮になって戦い続ければ、その隙に逃げられる。たとえ俺が死のうが、それでこいつらが助かる可能性があるなら、俺はそれでいい!

「止めてください主!」

 ミルフィアが慌てて駆け寄ってきた。表情は張り詰めていてきれいな瞳は心配そうに俺を見ていた。俺を見上げ抗議してくる。

「こんなことは止めてください! 私はなにがあっても主の傍を離れません。主一人が責任を持つなど、私は望んでいません!」

「下がってろ!」

「しかし!」

 俺は憑りつかれたように守ることに躍起になっていた。それしか見えず、それしか考えられなかった。もう、自暴自棄になっていたのかもしれない。

 そんな時だった。加豪が早足で俺に近づくと、平手打ちしてきたのだ。

 バチン、と大きな音が響く。突然のことに俺は痛みよりも茫然としてしまって、他の連中も茫然としていた。

 そんな中、加豪はペテロたちに振り向いた。

「全員よ」

 一言が、重く呟かれる。

「ここにいる全員捕まえなさい」

「お前!」

 俺の努力を無駄にする発言に怒鳴るが、加豪は俺ではなくミルフィアと天和に振り向いた。

「ごめんなさいね、ミルフィア。天和も」

「いえ」

「別に、私は構わないわよ」

「お前ら……」

 加豪の言葉に、けれどミルフィアと天和は反対しなかった。むしろ納得したように答えていた。

「神愛」

 そこで、加豪が最後に俺を見てきた。

「まったく……。どうせここで逃げ切れてもずっと追われる身だし、いつか捕まるに決まってるでしょ。それならここで投降して減刑狙う方がまだいいわよ。てか、かっこつけすぎよ馬鹿。前にも言ったでしょ」

 加豪は俺に正面を向けると、両腕を組んで言ってきた。

「あんた一人が犠牲にならないと守れないほど、私たちが弱いって、そう思ってんの?」

 それは鋭かった。でも、どこか優しい言い方だった。

「私たちは自分の意思であんたと一緒にここに来たの。それをあんた一人の意思にしないでよね。失礼よ、神愛。気持ちは嬉しいけどね」

 最後には小さく笑って加豪は言った。でも、すぐに寂しそうな表情になる。

「残念だけど、私たちの戦いはもう終わったのよ、神愛」

 そう言われた時、俺は力なく俯いた。

 なにも言えなかった。 

 恵瑠を救うための戦い。だけど、その恵瑠がいなくなってしまった今、俺たちの戦いは終わったんだ。

 冷静になればなるほど打ちのめされる。

 どうしようもならない現実に、俺は握っていた拳を解いた。

「……連行する」

 ペテロが言った。その言葉に背後に控えていた騎士たちが動き出し俺たちを囲った。

「歩け!」

 騎士に小突かれ歩き出す。先頭と最後尾にペテロともう一人の聖騎士が並んで歩いていった。

 進んで行く先はここよりも上、最上階のフロアだった。

 白い廊下を歩いた先には大きな扉があり、そこを開けば広い部屋に大勢の騎士が並んでいた。敵を見る目で重苦しい空気に包まれている。

 天井はドーム状であり何枚ものステンドグラスが飾られている。

 奥の壁はガラス壁となっており日の光が差し込んでいた。部屋というよりも会場のような場所だ。

 ガラス壁の前は階段のような段差になっており一番上には背もたれが二メートルもある豪華な椅子がある。

 俺たちは奥の椅子の前にまで連れて来られた。豪勢なイスだが、そこには誰も座っていなかった。

「エノク様は?」

 ペテロがすでにいた騎士に聞く。

「現在はおやすみになられています」

「そうか」

 ここには本来エノクがいるはずだったのか。まあ、察しはつくが。

 すると周りはどこかざわつき始め、俺を複雑な目で見つめてきた。

「こいつが」「なんてことだ」「あのメタトロンを……」

 どうやら俺がメタトロンを倒したことに驚いているらしい。それもそうか、メタトロンの強さは戦った俺が一番知ってる。

 それが倒されたとなれば動揺はあるか。もしくはイレギュラーとして敵視してくる。

 けれど、どうでもよかった。

「ずいぶんと暴れてくれたな小僧」

 俺に近づき声をかけてきたのはヨハネ先生と一緒にいた髭だった。怒気と蔑む目を露わに俺を見下ろしてきた。

「お前のせいでとんだ被害だ。パレードは中止、おまけに何人の騎士がやられたと思ってやがる!?」

「…………」

 耳元で怒鳴られるが俺は黙って聞いていた。
「しかし、そんなお前もこうして捕まったわけだ。いい気味だな。脅威である天羽(てんは)ウリエルも亡くなりようやく安泰というわけだ」
 挑発のつもりかわざとらしく言ってくる。でも、俺からどうこうするつもりはなかった。
「ちょっと待って下さい!」
 意外にも声を出したのは加豪だった。俺の背後から声が上がり、俺だけでなく皆の視線が集まる。

「なんだ娘、お前は黙ってろ」

 髭の騎士があしらおうとするが加豪は退かなかった。

「あなたたちが恵瑠を狙っていたのは単に彼女がウリエルだったからじゃない。本当の狙いは、『ヘブンズ・ゲート』の阻止だったんじゃないんですか!?」

 ヘブンズ・ゲート?

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