天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

希望と代償

 俺は宇宙から空間転移で教皇宮殿へと戻った。穴の空いた壁から中へと入る。床に足を付けたタイミングで憑依形態デュエット・モードを解いた。服は元に戻りミルフィアが目の前に現れる。

「……主?」

 ミルフィアが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

 勝利した。そう、俺たちはあのメタトロンに勝ったんだ。それはすごいことだし喜ばしいことだ。

 でも。

「…………」

 それを喜ぶことは出来なかった。

「俺は……」

 だって、もう、恵瑠はいないんだ。

「守れなかった……!」

 右手を握り締めた。

 敵を倒しても、それで恵瑠が目覚めることはない。怒りをどれだけ発散しても、後には悲しみが覆ってくる。

 俺は泣きそうだった。そんな俺をミルフィアは寂しそうに見つめていた。

「神愛! ミルフィア!」

 そこへ声がかけられた。見れば扉から加豪と天和が入ってきており、俺たちの元まで走ってきた。

「神愛、あんた無事なの? さっきまであのばかデカイ神託物がいたはずだけど、あんたが戦ってたんじゃないの?」

 加豪が俺を心配してくる。怪我がないか俺の体を見ているようだった。

「……勝ったよ」

 その問いに小さく答える。勝利したにしては抑揚よくようのない声で。俺は俯きながら加豪に答えた。

 それで不審に思ったんだろう。最初はホッとした加豪だがすぐに怪訝けげんそうな表情になると、慎重に聞いてきた。

「ねえ、恵瑠はどうしたの?」

 その質問が、胸をえぐる。

「恵瑠は……」

 答えるのも痛いくらいに、その事実は俺を痛めつける。

「ごめん……。守れなかった」

「え……」

 加豪の表情がハッとする。天和は声を出さなかったが少しだけ目を細めた。

「殺された、目の前で……。ごめん! すまなかった!」

 二人を前に、俺は俯いた。涙を流して謝った。

 助けてみせるって大声で言って、必ず救ってみせるって誓っていたのに。

 なのに、守れなかった。最低だ。最低の嘘つきだ。みんなを騙し、恵瑠を救えなかったなんて!

「殺されたって……」

 加豪が戸惑っている。恵瑠が死んだということがショックなんだろう。当然だ、こんなこと言われて驚かない方がおかしい。

 しかし、次の加豪の一言に俺が驚いた。

「でも、恵瑠はどこにもいないわよ?」

「え?」

 加豪の言葉にポカンとなる。言っている意味が咄嗟に分からなかった。

「そんな!? たしかにここに置いたはず」

 俺は走った。装置である台の頂上まで階段を駆け上がり、そこにいるはずの恵瑠を探す。

 だが、そこに恵瑠はいなかった。血痕だけを残して、肝心の恵瑠が消えていた。

「なぜ、どうして恵瑠がいない!?」

 俺は平常心を失っていて冷静に頭が働かない。

「神愛、それは後。まずはここから出ましょう。恵瑠はきっと、誰かが運んだんだと思う」

「……そうだな」

 そんな俺に加豪が落ち着いた声で言ってくれて、俺もパニくっていたのが落ち着いた。

 意気消沈しながら台を下りる。早くここから出ないといけないのに足が重い。走れば足がもたれ転びそうだった。

 俺たちは扉を潜る。しかし、そこにはすでに騎士たちが列をなして俺たちを待ち構えていた。そこにはペテロと、入口前にいた髭を生やした騎士が立っていた。

「やってくれたな」

「ふん、こやつら」

 見れば二人ともダメージがあるのか辛そうだ。ペテロは俺がやったが、隣の男もヨハネ先生と戦った後なんだろう。ここにいるということはヨハネ先生は負けたのか? 

 辛そうなのが見て分かるが二人とも気合でそれを補い立っている。さすがは聖騎士に選ばれるだけの信仰者というわけか。

 二人からの油断のない鋭い視線にミルフィアたちが構える。

 そんな中、俺はただ茫然と立ち尽くしていた。

「このやり取りも何度もしてきた。問答はせん。いくぞ」

 ペテロが剣を抜く。それに倣って他の騎士たちも武器を構えてきた。

「提案がある」

「なに?」

 そんなやる気満々の相手に、俺は沈んだ声で話しかけていた。ペテロが俺を睨む。

 だけど、俺には睨み返すほどの気力はなかった。

「降伏する」

 俺の一言に周りがざわつく。意外な提案にペテロを除いた騎士たちが動揺し始め、ミルフィアや加豪も驚いていた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品