天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

報せ

 
 その頃よりも少し前のサン・ジアイ大聖堂の一室。

「ねえ、神愛かみあ恵瑠えるだけど本当に大丈夫なんでしょうね?」

 豪奢ごうしゃな待合室で加豪かごうは焦りを露わに室内の二人に聞いていた。というのも、昨日ゴルゴダ美術館から別れて一度も会っていないことに加え、昨夜の報道である。

「昨日のニュースのあれ。きっと恵瑠える落ち込んでると思う……」

 同級生の指名手配の報道に加豪かごうは俯いた。普段は明るく元気な恵瑠えるでもあんなことをされれば傷つくはず。さらに怯えた状況に落とし込められれば心配にもなる。

 表情を暗くする加豪かごうだが、そこへ声がかけられた。

 ミルフィアだ。

「私もそう思います。すぐにでも合流しなければ。ただ、恵瑠えるには主がついています。主ならきっとなんとかしてくれます」

 ミルフィアは心配しつつも気丈な表情だった。恵瑠えるは今危機的な状況にいるが神愛かみあがなんとかしてくれると信じている。

 ミルフィアの顔を見て加豪かごうは頷いた。

「そうね。恵瑠えるは一人じゃない、あいつが一緒にいる。ただ、他にも気がかりなのがあのヤコブっていう男が言っていたこと」

 加豪かごうはいつもの表情に戻るが別の不安要素に再び呟いた。顎に手を添える。

「神官長派が天羽てんは再臨さいりんを目論んでいるって話。もし本当なら」

 かつて天羽てんはが地上に降り立ったのは加豪かごうも知っている。そこで人々に布教したことも。

 人類を管理下にするために侵攻してきたことまでは知らないがここまでの知識なら持ち合わせていた。

 だが、当時とは違い現代ではすべての人が信仰者だ。そこへ天羽てんはが現れ布教などされたら琢磨追求たくまついきゅう無我無心むがむしんの信仰者が黙っていない。

 最悪、すべての信仰者を巻き込んだ、『三柱戦争』に発展しかねない。

 それは、なんとしても防がねばならないことだ。

「ですが、それはあり得ません」

 三柱戦争という最悪の未来。それを危惧きぐする加豪かごうだがミルフィアはきっぱりと否定した。

「確かに二千年前、地上には天羽てんはは現れました。ですが天界紛争を経て天羽てんは撤退てったいし、天界と天下界を繋ぐ天界の門ヘブンズ・ゲートは封鎖され天羽てんはの出入りは出来ません。開けようにも封印がされており、その鍵も『紛失ふんしつ』したと聞いています。一部の天羽てんはが地上に残っていたとしてもそれはごく少数のはず。天羽てんはが再び地上に現れるのは可能性の低い話です」

「それはそうだけど、本当に可能性が低いならここまでの動きをする? これがそこらのオカルトサークルとかなら気にしないけど、相手は教皇正規軍よ?」

「それは……」

 二人の間で憶測おくそくが飛び交う。信憑性しんぴょうせいと危険性に話の行き先は海に漂う流木のように揺れていく。

 すると今まで黙っていた天和てんほが口を開いた。

「神官長派は天羽てんは再臨さいりんを目論でいる。彼はそれしか言わなかった。ここでどれだけ議論しても答えは出ないわ。それよりも宮司みやじ君たちを探しに行く方が有意義だと思う。指名手配されている栗見くりみさんが見つかるのは時間の問題だわ」

 答えの出ない議論をいつまでしていてもそれは不毛ふもうだ。どちらにせよ恵瑠えるを守り通せばいいのなら、二人と合流する方が確実だ。

「はい。私たちもすぐに主たちを探しに行きましょう」

「そうね」

 天和てんほの意見に賛同し三人が部屋を出ようした時だった。

「大変です!」

 職員の人が慌てて部屋へと駆け込んできた。

「いったい何事ですか?」

 ミルフィアが聞く。

「たった今入った情報です。栗見くりみ恵瑠えるは教皇派に捕らえられ、宮司みやじ神愛かみあ留置所りゅうちじょに入れられたという報告が」

「主が!?」

「なんですって!」

栗見くりみさんの行方は?」

「現在では分かっていません」

 三人は顔を見合わせた。

「どうするミルフィア?」

「ともかく、主が捕まっている留置所りゅうちじょへと行きましょう。そこで当時の状況を聞きます」

「いろいろ大変ね」

 加豪かごうは愚痴をこぼすがすぐに表情を引き締めた。

 三人は場所を聞くと部屋をとび出した。三人の先頭をミルフィアが走る。その顔は焦りに歪んでいた。

「主、待っていてください!」

 恵瑠えるが教皇派にさらわれた。さらに神愛かみあも捕まっている。自分が仕える彼のピンチにミルフィアは必死な表情で駆けていた。

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