天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

敵対

 それから俺たちは宿を出た。これからどうするかを確認する。

「まずはミルフィアたちと合流しないことにはどうにもならん。それで合流するポイントとしてはやはりサン・ジアイ大聖堂だろう。たぶんそう考えて誰かはそこで待っててくれてるはずだし」

「でも教皇派の人たちも見張ってるかもしれないんですよね」

 確かにその通りだ。周辺は特に目を利かせてるだろうな。

「気を付けて行かないとな、あんまり目立つなよ」

「がんばるぞー!」

「目立つなって言ってんだよ!」

 腕を振り上げる恵瑠えるを注意しつつ俺たちは歩き出した。

 建物に挟まれた道。町はずれの外縁部だからまだ人気は少ないが、俺は周りを警戒しながら進んで行く。

 これからサン・ジアイ大聖堂に近づけば人も見張りの数も増すはずだ。巡回してる兵もいるだろうし、早いとこ到着しないとな。

「ねえ神愛君」

「ん?」

 すると隣を歩いている恵瑠えるが聞いてきた。

「ミルフィアさんたちですが、大丈夫なのかな。昨日はあれから会ってないですし、もしミルフィアさんたちも襲われていたら」

 見ればテクテクと歩きつつも不安そうに俯いている恵瑠えるがいた。恵瑠えるの言う通りゴルゴダ美術館で別れた後ミルフィアたちとは会っていない。

 今もどうしているか。そもそもミルフィアたちが姿を消したのは先に襲撃を受けたからかもしれない。でも、ペトロという聖騎士は違うと言っていたな。

「可能性として一番高いのは教皇派に襲われたことだが、もし違うならなにがある? まさか壁を殴った拍子に絵が落ちて警備員に捕まった、なんてことはないだろうし」

「もう、神愛君ったらなに言ってるんですか。あるわけないじゃないですかそんなこと~」

「はは、だよな。いったいどこにそんな間抜けがいるってんだ」



 一方その頃のミルフィアたち。

「ハックション!」

 大聖堂の一室でミルフィアは盛大なくしゃみをしていた。そんな彼女を加豪かごうが心配そうに聞いてくる。

「どうしたのミルフィア、大丈夫?」

「いえ。きっと、誰かが私の活躍を噂しているのでしょう」

 ミルフィアはちょっとドヤ顔だった。
 


 まあ、ミルフィアたちが襲われた可能性は十分にある。それはそれで心配だけど、でも、不思議と俺に不安はなかった。

「ミルフィアたちは大丈夫だろ」

「どうしてですか?」

 俺たちは二人並んで歩いている。あっけらかんに言う俺を不思議そうに恵瑠えるが見上げてきた。

「あいつはたまにドジ踏むのが玉に瑕だが、それでもしっかりしてる。なにより強い、俺を何度も助けてくれた」

 そんな恵瑠えるに向かって俺は答える。

 ずっと一人だった時、ミルフィアだけは傍にいてくれた。それで何度も俺を助けてくれたんだ。そんなあいつがどうにかなってるなんて俺には思えない。

「ミルフィアたちは無事だ、絶対にな」

「信頼してるんですね、ミルフィアさんのこと」

「当たり前だろ、何年の付き合いしてると思ってんだよ」

 どんなに離れていてもあいつのことはすぐに思い出せる。根拠もなく、あいつとは会えるって思ってる。

 なんだろうな、確信があるんだ。あいつなら大丈夫だって。

「……羨ましいな、ミルフィアさん」

 その時、恵瑠えるがなにかをつぶやいた。

「ん? 恵瑠えるいまなんか言ったか?」

「ううん! なにも言ってないですよ!」

 恵瑠えるは慌てたようにぶんぶんと顔を横に振っている。よく分からんが、まあいいか。

 まずはなによりサン・ジアイ大聖堂にたどり着くことだ。困難だろうが仕方がない。昨日だって結局は追い詰められたわけだし。迅速じんそくかつ慎重にいかないとな。

 俺は気を引き締め直した。

「ん?」

 その時、建物に張られていた一枚の紙に目が止まった。

「どうしたんですか神愛君?」

 紙が貼ってある壁に近づいていく。俺の後を恵瑠えるが追いかけてくる。

「なんだよこれ!?」

 俺は紙を引き剥がし両手で握った。その紙をまじまじと見つめる。

 そこには恵瑠(える)の顔写真が載っており、大きな文字で指名手配犯と書かれていたのだ。内容は先日起きた監査委員会委員長の殺害事件、その容疑者として。

 でもそんなことあるはずがない! めちゃくちゃだ。

「ふざけんな!」

「そんな……」

 俺は怒りのままに声を出し恵瑠えるは悲しそうな顔をしている。

「クソ、俺たちを炙り出すためにこんなことまでしてくるか」

 俺は紙をクシャクシャに丸め地面に投げ捨てる。

「こいつはまずいな、さっきのホテルの人たちにはばっちり顔を見られてる。これが知られたらすぐに通報されるぞ」

「そんな!」

「急ぐぞ恵瑠える、もたもらしてられねえ!」

 俺は急いで道に戻り走ろうとする。だが、

「その必要はない」

 遅かった。

「クソ」

 舌打ちする。目の前には昨日の男、ペトロが数人の騎士を連れて立っていたのだ。黒い髪に精悍な顔つき。赤いマント。鋭い目が俺たちを睨んでくる。

 てか、今どこから現れた? 空間から突然出てこなかったか?

「しつこいな、ケーキバイキングのお誘いなら昨日断ったはずだぜ。しつこい奴は嫌われるぞ」

「そうだそうだ!」

「おまけにこんな手の込んだことまでしやがって、悪質なストーカーかよ」

「そうだそうだ!」

恵瑠える、お前からもなにか言ってやれ!」

「しゃざいとばいしょうをようきゅうするぅ~!」

「そうだそうだ!」

 俺と恵瑠えるによるヘイトマシンガントークが炸裂するがペテロはびくともしなかった。

「ふん。お前は、未だになにも分かっていないようだな」

 静かに、けれど重苦しい口調でペトロは言う。

「言ったはずだ少年、その娘は世界に災いをもたらす」

 ペトロは言っていた、恵瑠える慈愛連立じあいれんりつだけではなく、世界の敵だと。
 初めそれを聞いた時、俺にはなんのことか分からなかった。想像もできない。でも、今なら分かる。

 恵瑠える天羽てんはだ。かつて地上を襲った。それは人間の、人類の敵とされても仕方のないものだった。

 ペトロは語り始めた。

「その少女は天羽てんはだ。かつて地上に降り立った天羽てんはたちは神の誕生を人々に教えた。人を導こうとした。だが、それだけでなく人類を管理下に置こうとしたのだ。天羽てんはによる地上の侵攻。それが天羽てんはの正体だ」

 ペテロの口調には戦意が、瞳に宿る敵意が鋭くなっていくのを感じる。

「人類は成す術なく、多くの街と村を襲われた。当然多くの命が失われた。天羽てんはの持つ力はあまりにも強大で、反対に神理しんりのない時代では人類に力はなかったからだ。その中でも、最も人を襲い、最も天羽てんはから尊敬されていた天羽てんはがいた。たった一晩で三つの街を燃やし尽くし、壊滅させた者。審判の天羽てんは、神の炎」

「神の炎?」

 物騒な呼び名に俺は聞き返し、ペトロは小さく頷いた。

「神の炎、審判者。人類の天敵とまで呼ばれたその天羽てんはこそが――」

「まさか」

 俺は急いで隣に振り向いた。

 恵瑠えるは、俯いていた。まるで事実を受け入れるように。

 そんな恵瑠える糾弾きゅうだんするように、ペトロは言った。

「その娘、四大天羽(てんは)ウリエルだ」

 俺は黙ったまま恵瑠えるを見つめていた。恵瑠えるは反論することなく俯いている。俺からは顔は見れない。

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