天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

宿

 それからしばらくして。

 泣き止んだ恵瑠えると離れ、サン・ジアイ大聖堂に戻るのは危険なのでとりあえず今日はどこかに泊まろうという流れになった。

 近くに宿があるらしく、恵瑠えるは翼を消し(どうも消したり出したりできるらしい)二人でその宿に尋ねた。

 三階建てくらいの小さな建物だった。それで一階の待ち受けで部屋を借りたいと言うが、そこでトラブルが発生した。

「なに? 部屋が一つしかない!?」

 なんでも明日が誕生祭ということもあり遠方からもたくさんのお客が来ているらしい。俺たちが借りられる部屋もちょうどキャンセルが入ったためにたまたま空いているとか。

「まじか」

 他の宿を探すにしてもここと同じみたいなものだろうし、その間にこの部屋まで埋まっては困る。

恵瑠える、どうする?」

「神愛君がよければ、私はそれでいいよ」

 俺は背後にいる恵瑠えるに聞いてみるが恵瑠えるは清楚な笑みを浮かべていた。

「お、おお」

 なんかキャラと違う。

「しゃあねえ、そこ借りるわ」

 ということで俺たちは運よく空いていた三階の一室を借りることになった。

 部屋の扉を開けると電気を付ける。テレビにソファ、ベットが置かれたそれなりに広い部屋だ。とはいえバスルームはあるみたいだがワンルームだな、俺は歩き進めベッドに座る。

「はあ、なんか今日はいろいろあって疲れたな……。あれ、昨日も同じこと言った気がする」

「昨日も今日も大変だったからね。神愛君、大丈夫?」

「あ、ああ……」

 俺の隣に恵瑠えるも座り込む。ベッドが少しだけ揺れる。

 恵瑠えるは大人だ。髪はロングのストレートで座って並んでも俺と同じかもしくは恵瑠えるの方が少し背が高い。

 それに、改めて見てみるがこいつ……。

「…………ッ」

 すげえ美人だ。以前の可愛らしい瞳は切れ長になって綺麗になってるし、体型はモデル並みだし出るとこ出てるし。抱き締められた時にも思ったがFはあるんじゃねえか?

 それにまず雰囲気が違う。なんだこの大人の余裕というか色気みたいなものは。こいつ恵瑠えるだよな? それがなんでこんなに変わるんだよ一人称も私になってるし!

「神愛君、どうかした?」

 恵瑠えるは小首を傾げながら聞いてくる。その際顔にかかる髪を片手でくし上げていた。声は落ち着き清楚な話し方だ。

 もう聞き方からして違うじゃん。普段だったら「神愛君どうかしたんですか? もしかしてもうバテちゃったとか? ププ、神愛君もたいしたことないですね~」とかウザいガキ丸出しじゃん。それがなんでこうなるんだよ。あああああ!

「神愛君?」

「なんでもない」

 俺は正面を向いて恵瑠えるを見ないようにした。

「神愛君、緊張してない?」

「してない」

「固くなってない?」

「なってない」

「なんか、普段と違う気がするんだけど」

 それはお前だ!

「ねえ、本当に大丈夫?」

 すると、恵瑠えるは心配しながら俺の肩に手を置いてきた。

「~~~~!」

 さ、触られている! 彼女の手の柔らかさが伝わってきて、触られている肩が熱くなる。
「だ、大丈夫だって!」

 俺は慌てて恵瑠の手を振りほどいた。

 あー、駄目だ。やばい。恵瑠えるの言う通りだ、なんか緊張する。隣にいるのが恵瑠えるだと分かっているのになんだこのドキドキは。

「大丈夫。なんか、少し疲れてるみたいだわ」

「そっか。なにかあれば言ってね。なにか飲む?」

「あ、ああ。サンキューな」

 そう言うと恵瑠えるはニコッと笑い冷蔵庫へと歩いていった。

「…………」

 こんなの、恵瑠えるじゃねえ……。

「はい、神愛君」

 俺はベッドで俯いていると恵瑠えるが水のペットボトルを差し出していた。俺は受け取ると一気に飲み干す。

「ゴクゴクゴクゴク! プハー!」

「神愛君、喉渇いてたんだ」

「み、みたいだな」

 は、ははは……。本当に喉が渇いていたのか緊張してたからか分からん。

「神愛君、疲れてるならシャワーでも浴びてくる?」

「いや、今は少し横になりたい。恵瑠えるさきに入ってていいぞ」

「でも」

「俺はいいから。な?」

「うん。分かった」

 俺は背中を倒しベッドに横になる。そんな俺を心配そうに見つめながら恵瑠えるは脱衣所へと入っていった。カーテンが閉まる。

「……ふぅ」

 なんか、この部屋に入ってようやく落ち着けた気がする。

「にしてもまさかなぁ……」

 恵瑠えるが大人になった姿があんなにも美人とは。話し方は上品で色っぽいし。普段女としてぜんぜん意識してなかったのに。いつものあいつからは考えられん。

 なんていうか、一緒にいると楽しい女友達、っていうくらいにしか思っていなかったんだよな。それがあんな姿見せられて急に異性として意識してる。

 でも恵瑠える恵瑠えるだ。変に意識することないし、いつも通りでいいんだいつも通りで。

 俺がそう思っていると扉越しにシャワーの音が聞こえてきた。弾ける水音が耳に入る。

「…………」

 恵瑠えるがシャワーを浴びている。それは当然裸ということで……。

「…………」

 俺は勢いよくベッドから起き上がる。そして壁に頭を叩き付けた!

「うをおおおお!」

 あいつは恵瑠えるだぞ! 何考えてんだ俺! 普段のあいつを思い出せ! 正気を取り戻すんだ! 雑念を追い払え!

 ガラガラガラ。

「神愛君、どうかしたの!?」

 するとカーテンの向かい側から恵瑠えるの声が聞こえてきた。壁に何度も頭突きする音が聞こえたらしい。

「なんでもない!」

「ほんとに? わたし、すぐにそっち行ったほうがいい?」

「来なくていい!」

「でも」

「来なくていいぃいいいいいい!」

 それでなんとか恵瑠えるはシャワー室に戻ってくれた。

「はあ…………」

 誰か、俺を助けてくれ。このままじゃおかしくなりそうだ。

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