天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

入浴2

 ガラガラ。

 扉が開く音が大きな浴室に響く。誰か入って来たようだ。見ればそこにいたのは、

「あら、どうやら先客のようね」

「ふん。お前たちか」

 長い髪を巻き上げたラファエルとガブリエルだった。

「なっ」

 その登場にミルフィアから声が漏れる。それは二人と顔を合わせたというよりも、

 デカい。

 特にラファエルがデカい。

 白のバスタオル一枚を体に巻いているだけなのに二人がそれをするとまるで丈の短いドレス姿だ。それだけ二人の体型が芸術的なレベルで完成されている。

 黒髪が清楚な印象を与えるラファエルは、タオルから覗くふとももは細いがほどよく肉付きがあり腰はくびれ胸は歩く度揺れている。

 おそらくFはある。笑顔が似合う彼女はグラビアモデルでもすれば爆発的な人気を得るだろう。

 反対にガブリエルはクールな表情からモデル向きだ。ラファエルよりもスレンダーなシルエットになにより凛としたその姿勢、写真にすればさぞ映えるに違いない。

 まさに神の傑作と自信作といわんばかりの二人が登場していた。

「あ、ラファエルとガブリエルもお風呂?」

「まあね」

「見れば分かるだろう」

 ラファエルたちが恵瑠えるに近づいてくる。恵瑠えるはお風呂から見上げる。
 そこへ加豪かごうが声をかけた。

「お邪魔してます」

「そんな。いいのよこれくらい。食事はおいしかった?」

「はい、おいしかったです。ゴルゴダの料理堪能たんのうさせていただきました」

「それはよかった。加豪かごうさんは琢磨追求たくまついきゅうよね? いつかまたスパルタの料理を食べてみたいわ」

「もしこっちに来ることがあればおいしいお店紹介しますよ」

「ほんとに? ふふ、ありがとね」

 ラファエルと加豪かごうがやり取りする。

 その後二人は少し離れた場所でお湯に浸かった。

「はー……、ここはいつ入っても気持ちいわね」

「そうだな」

 ラファエルはうーんと両手を上げる。ガブリエルは両腕両足を組んで目を瞑っていた。彼女は気を緩めることをしないらしい。

 そんな二人に恵瑠えるは近づいていった。テレビを見ていた時のことを思い出し元気に声をかける。

「ラファエルお仕事お疲れ様!」

「うん、ありがと」

「私もしてるぞ」

「ガブリエルもお疲れ様!」

「ふん、当然だな」

 恵瑠えるから労いの言葉を貰いつつ三人は横に並ぶ。左から恵瑠える、ラファエル、ガブリエルと仲良く座ってお風呂に入る。

 それでしばらくは静かに浸かっていたのだが、なにを思ったのかラファエルが小さく笑った。

「ふふ」

「ラファエルどうしたの?」

「ううん。ただ」

 ラファエルは笑っている。普段から優しい雰囲気のする彼女が楽しそうに微笑んでいた。

「あなたとガブリエル。二人と顔を合わせると昔を思い出すわ。遠い昔のことをね」

 そう言うとラファエルは天井を見つめた。その後を追いかけ恵瑠えるも天井を見上げ、ラファエルの言葉にガブリエルは目をそっと開いた。

「あの時と比べて今はだいぶ変わったわ。世界はがらりと姿を変えて、私たちも変わった。信じられないくらい」

「当然といえば当然か」

「ふふ、そうね。ただ、それを気に入らないと思っている人もいると思う」

「うん……」

 ラファエルの言葉に恵瑠えるは小さく頷いた。彼女の言葉に思うところでもあるのか、恵瑠えるの顔はどこか陰が差し寂しそうだった。

「でもね」

 しかし、そんな恵瑠えるに言うようにラファエルは明るい言葉で話した。

「こうしてあなたとお風呂に入れるんだもの。今の状況もいいのかなって、そう思っちゃった」

 天井を見上げていたラファエルが恵瑠えるを見つめる。その表情は幸せそうに笑っていた。見る者の心を癒すような。

「……うん!」

 その明るく優しい笑みに恵瑠えるも笑顔で頷いた。

「ガブリエル、あなたはどう?」

「そうだな」

 ラファエルからの質問にガブリエルは考える素振りを見せてから落ち着いた様子で話し出した。
「現状をよしとするのは甘えでしかないだろう」

 その言葉は重苦しくはなかったが、けれど厳しい言葉だった。

「だが、お前たちの気持ち、分からんでもない」

 しかし、冷たいというわけでもない。ガブリエルは厳格だが仲間を想いやることも出来る、これでも優しい女性なのだ。

「今は休息を楽しめ。どの道、長くは続かんのだからな」

 そう言ってガブリエルは瞳を閉じる。両腕は組んだまま。おごそかな態度で座り込む。

 そんな彼女が最後に一言だけ告げた。

「覚悟はしておけ」

 それは助言、これから先に待ち受ける苦難への。

 ガブリエルからの言葉を二人は黙って聞いていた。それだけにガブリエルの言葉は重い。軽々と頷けるものではなかった。

 だけど。

「ボクはね」

 喋ったのは、恵瑠えるだった。いつも陽気ではしゃいでいて、雰囲気を明るくしてくれるムードメーカー。そんな恵瑠えるが、いつもと違って少しだけ真剣な声で、喋ったのだ。

「たとえ時が流れ、時代が変わろうと。人の考えが変わっても」

 澄んだ声が浴室に広がり消えていく。

「誰かを思い、助け、誰もが笑顔でいられること。この考えだけは変えたくない。たとえ相手が誰であろうとも、みなが笑顔でいられる世界になれたらいいなって」

 恵瑠えるの声は静かで、そしてどこか決意を感じさせるものだった。

「ボクは、そう思うんだ。それこそが慈愛連立じあいれんりつだって信じてる」

 恵瑠えるの言葉を聞いてどう思ったか。ガブリエルは再び目を開くと恵瑠えるを見てきた。そこに映る恵瑠えるの姿は静かな決意に満ちている。

「そうか」

 それでよしとしたのか。ガブリエルは目を瞑った。

「お前がそう言うなら、それでいい」

 三人仲良く横に並ぶ。お風呂に浸かっているからか、穏やかで静かな時間が過ぎていく。

 しかしそれも長くは続かない。いつかこの時間は思い出となって、激しい戦いの時がやってくる。それを知っているかのように、三人は儚い静けさの中で安らいでいるようだった。



 一方その頃の神愛は、

「くそ、ぜんぜん聞こえん! まるで聞こえんぞ!」

 耳を押しつけながら壁をドンドンしていた。

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