天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

危機

 そんな俺を、恵瑠えるが驚いたような、喜んでいるような顔で見上げていた。

「ほう。そうか、お前が無信仰者。宮司神愛みやじかみあか」

 ガブリエルがどこか納得したような表情で俺を見つめてくる。

「そういえばその腕章、そういうことか」

「知ってるようでなによりだ。それであんたはええっと、なんかすごい役職の人間なんだろ?」

「ゴルゴダ共和国、国務長官ガブリエルだ」

「それがこんなアホになんの用だよ」

「神愛君ひどいですよ!?」

 感動したような恵瑠えるだったが一気にぷんぷんになっていた。

「ふっ、阿呆あほうか……」

「?」

 俺と恵瑠えるの間で猫パンチの応酬おうしゅうが始まるが、それを見てなにを思ったのか。ガブリエルが少しだけ笑みをこぼすと恵瑠えるを見下ろした。

「どうやら、よき友を得たようだな」

 恵瑠えるは俺を殴るのを止めるとガブリエルに向き直り、「うん」と小さく頷いた。

 それを受けてガブリエルは表情を引き締めた。その顔は冷たく、まるで恵瑠えるを責めるようだ。

「それで。お前はそれでいいのか? それで満足か?」

「それは……」

 その言葉に恵瑠えるの表情が暗くなる。

「お前はそれで、『自分を許せるのか?』」

「ボクは……!」

 次に俯き、なぜか悔しそうに体を震わせている。

恵瑠える?」

 様子がおかしい。恵瑠えるとガブリエルがどんな関係になるのか知らないが、今の恵瑠えるはいつもと違う。いつもはもっとお気楽に笑っているやつなのに。

 するとガブリエルが側近の男に言った。

「観衆を退けろ」

「大丈夫です、すでに」

 周囲はすでに男たちが囲っており近くには誰もいない。

 ガブリエルは男からの返事を聞くと一歩俺たちに近づいた。

「お前たちをこいつの友人と認め、特別に伝えてやる。口外はするな」

 険しさが増していく。そしてガブリエルは重苦しい雰囲気のままに口を開いた。

「監視委員会委員長、ラグエルが何者かに殺された」

「ラグエルが!?」

 ラグエル? 俺は当然のこと知らない名前だ。けれど恵瑠えるには重要な人の名前だったのか、ガブリエルの言葉に慌てている。

「そんな……ラグエルが? どうして!?」

「事態を把握したなら来い。貴様の遊戯もここまでだ」

 それで今度こそガブリエルは踵を返した。純白のスーツに包まれた細身を反転させ、まっすぐな背筋のまま車へと歩いていく。

 恵瑠えるは俯いていた。無言のまま立ち尽くし考え込んでいる。

 そして、恵瑠えるは俯いたまま歩き出した。

「おい、恵瑠える!?」

 ガブリエルの後を追う恵瑠えるを呼び止める。それで恵瑠えるは立ち止まり振り返ってくれたが、その顔は寂しそうだった。

「ごめんなさい、神愛君。ボク、行かないと」

「なんでだよ!?」

 恵瑠えるはどう見ても嫌そうだ。さっきだって断ってた、なのにどうして?

「お前は、ほんとうにそれでいいのか? 無理やり行かされているとかじゃないのかよ?」

「うん」

 俺の心配に、恵瑠えるは小さく頷いた。

「これは、ボクが自分で選んだことだから」

 その後恵瑠えるは小さく微笑んだ。けれどそれは普段の明るい笑みではなく弱々しい笑みだった。
 無理やり連れていかれるっていうなら手を引いてでも阻止してた。でも、恵瑠えるが自分で行くというなら止められない。
 だけど、胸の中ではもやもやしていた。あいつのあんな顔、見たくなかった。それをそのままにしておくのも我慢できなかったから。
 これで本当にいいのか? ここで止めなくていいのか?
 胸の内で心が天秤のように揺れている。そう、悩んでいる時だった。

 正門前に停まっていた車が爆発したのだ。
「何事だ!?」
 ガブリエルが叫ぶ。すごい爆風だった。俺も慌てて見るが、そこには黒い煙を上げて炎上している車があった。
「きゃあああ!」
 突然の出来事に生徒たちが悲鳴を上げる。

 さらに別の車も爆発した。影が車に走り直撃した瞬間、爆音と爆風がここまで届き熱風を感じる。
「砲撃だと、どこからだ!?」
「おいおい、どうなってんだよ!?」
 五台はあった黒塗りの車は次々と爆破され使い物にならない。生徒たちは悲鳴を上げながら一目散に逃げ出していく。

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