天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

相反する気持ち

「それでしたら、ご心配には及びません」

「え?」

 だが、ミルフィアの一言に足が止まった。どういうことかとミルフィアに目を向ければ、彼女は真剣な表情だった。

 そして、次の言葉を言ったのだ。

「私に、友など不要です」

「…………え?」

 ミルフィアの一言に、頭がサッと冷えていく。が、すぐに熱が反発した。

「ちょ、ちょっと待て。お前と加豪かごう恵瑠える天和てんほだけど、友達だろ? そうでなくてもさ、仲良くなれたじゃないか。誕生会だってさ、楽しかったろ? そりゃあ、上品とは言えなかったかもしれないけど……」

「私の誕生会を開いてくれたことは嬉しく思います。ですが私は奴隷の身、本来あるべき形ではありません」

「じゃあ、お前はあいつらをどう思ってるんだよ!? 友達とは思ってないのか? 友達になりたいとは!?」

 知らず、俺は焦っていた。語気が荒れミルフィアを問い質すような言い方になってしまう。
 なんだこれ? それでも自分を抑えることが出来ない。

「主」

 焦る。わけの分からない危機感に頭の中が赤く点滅てんめつする。

 そんな俺を安心させるかのようにミルフィアは微笑んだ。それこそ、誇りを抱くかのように。
「私に、友などいらないのです」

 そして、断言のもとに俺の願いをコナゴナにした。

 まさか、まさか、まさか。足が地面についていないような、不安が心を支配する。
「友はいらないって、それじゃあ……」

 喋るが、声は震えていた。聞くな、聞くな、聞くな。理性が俺に警告する。けれど意思は理性を振り切って口を動かした。衝動だった。聞かないなんて出来ない。だって――

「俺とも、友達になってくれないのか?」

 ずっと、お前と友達になりたいと思ってた。誕生会を開いたのだって、お前を喜ばせて、友達になって、奴隷から解放させるためだった。

 ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、お前のためだったんだ。なのに、なあ、ミルフィア!

「なりません」
 
 お前は、俺のぜんぶを否定するのか。

「私は、主、あなたの奴隷です。それこそが私の存在意義なのです」

 ミルフィアは笑う。

 けれど、胸を引き裂かれたように痛かった。

 その笑顔に言葉を失った。

 どうして……?

 ミルフィアにも普通の生き方をして欲しいと、奴隷なんて止めて欲しいと、頑張ったのに。

「私にとって大切なことは、主に尽くし、主のために生きること。それこそが私の生き甲斐なのです」
 ……なんで、なんでだよ!?

 唖然(あぜん)となる。次に両手を握り込んだ。

 俺がどれだけ、どんな気持ちで誕生会を開いたのか。

「我が主。ミルフィアはあなたの奴隷です。ずっと、これからも」

 無駄だって? 俺がお前を心配する気持ちも、全部! 

「あなたのためなら、私はなんだっていたします」

 俺の友達にはならないのかよ!?

「いい加減にしろ嘘つきが!」

 それが、引き金だった。願いを裏切られた反動が、ついに弾けた。

「…………嘘?」

 俺の言葉に、ミルフィアの笑顔が一瞬で凍りついた。心外しんがいだったのだろう。表情は驚愕し唖然あぜんとしている。

「俺のためならなんだってする? 嘘じゃないか。お前が、一度だって俺の願いを叶えてくれたことがあるか!」

 俺には昔から欲しいものがあった。願いはそれだけだった。難しい願いでもなんでもない。

「わ、私は!」

 ミルフィアが慌てて口を動かす。俺を見上げる瞳が震えていた。

「主のためなら、なんだっていたします! 嘘ではありません!」

 必死にミルフィアが訴えてくる。俺のためならなんでもすると。

 でも、そうじゃないだろう? 俺がそんなのを望んだことが一度でもあるか? 

 俺は、友達になりたいって思ってんだよ! そのために頑張ってきたんだ!

 なのに、なんでお前が分かってくれないんだよ!?

「今までも、主のために頑張ってきました。そこに偽りなど――」

「黙れぇえええええ!」

 沈黙ができた。痛いほどの沈黙が。

「…………」

 ミルフィアの言葉を、遮った。自制じせいなんて出来なかった。俺の怒鳴り声は校舎の窓を震わせるほど大きくて。俺はなんとか怒気が抜けたけど、そんな俺に、

 ミルフィアは、明らかに怯えていた。

 もっと笑って欲しいと、幸せになって欲しいと願っていた女性が、俺を見て固まっているんだ。
 なんだ、なんだよこれ……。

 途端に、瞳の奥が熱くなった。気づけばもう駄目で、止めようと思っても涙が零れ落ちてきた。

 だけど、言わずにはいられなかったんだ。

「なんで、お前はいつもそうなんだよぉお!?」

 悲しくて、悲しくて、怖がられると分かっているのに、叫ばずにはいられなかったんだ。

「俺が、こんッ、こんなに……、こんなにも心配してるのに、なんでぇえ!」

 ミルフィアとは、どうしても友達になれない。

 奴隷という生き方から、救うことが出来ない。

 こいつはきっと、これからも傷ついていくんだ。俺のために。

 その事実に、悲痛なまでの現実に、涙が止まらない。

「どうして……、どうしてだ、なんで奴隷になろうとする!?」

 奴隷という生き方を捨てて人として幸せになって欲しい。友達になって欲しい。だって悲し過ぎるだろ、そんなのが人生なんて。死ぬまでそうなんて。

 だからずっと願ってきた。けれど、ミルフィアはいつまでも俺の思いには応えてくれない。

「お前には俺が奴隷を望むような酷いやつに見えるのか? 怖いのか? 俺が無信仰者だからかよ!?」

「それは違います!」

「じゃあなんでだよ!?」

 俺は涙と共に声を飛ばし、ミルフィアは必死に否定した。理由は、少しの時間を空けてからだった。

「主が、王だからです」

「ッ!」

 答えに奥歯を噛む。

 言いたいことを言い終え、熱い息が零れる。涙を拭き取る。それで考えた。どうすればミルフィアを救えるのか。

 そしてたどり着いた答えに、俺はミルフィアに聞いてみた。

「お前は、どうあっても奴隷を止めないのか?」

「…………はい」

 返事は一言。その一言にミルフィアの決意を感じる。それで答えは決まった。

「そうか。なら――」

 決断する。ミルフィアに奴隷になって欲しくないから。

「別れた方がいい。二度と俺に姿を見せるな」

 それは、決別けつべつだった。

「え…………?」

 どのようにしてもミルフィアとは友達になれない。奴隷としてこのまま生きるなら、いっそ会わない方がいい。そう決めたんだ。

「消えろって言ったんだ」

「そ、それは……」

 震えた声が聞こえてくる。見れば、俺を見上げるミルフィアの瞳から、大粒の涙が流れていた。
「何が、何がお気に召さなかったのですか!?」

 輝く水滴が頬から落ちる。ミルフィアの悲痛な訴えがこの場に響いた。

「あなたに尽くします。あなたに忠誠を誓います。ですので、どうかそれだけは。それ以外でしたら、私はなんでも、なんでもします!」

 泣き声は震えて、零れ落ちる涙が地面に染みを作っていく。

「今の、だけは撤回して下さい。お願いします……!」

 心痛しんつうな表情で、ミルフィアは俺を見つめていた。溢れる涙の数だけ心が裂かれているようで、哀訴(あいそ)の言葉は痛々しかった。

「主……?」

 俺は顔を背けた。ミルフィアを視界から追い出す。

「主は、昨夜に言ってくれました。私が、大切な存在だと」

「!?」

 胸が、震えた。

「あれは……、嘘だったのですか?」

「――――」

 まるで、心臓を握り潰されるような感覚だった。世界中からの罵声ばせい蔑視べっし、そんなものよりも遥かに痛い。苦しくて、苦しくて、胸を掻きむしりたくなる。

 だけど、だけど、だけど!

「……命令だ」

 俺は初めて、ミルフィアに『命令』した。

「もう、二度と俺の前に出て来るな」

 生涯で初めての命令。それは、二人の別れだった。

 痛みが全身を支配する。悲しみが心を染めていく。悲痛が、涙となって零れそうになる。指先が熱くなり声が震える。でも駄目だ、ここで泣いたら。ミルフィアに見られたら。

 泣くな、泣くな、泣くなッ! 絶対に泣くな!

「絶対に、俺の前に現れるんじゃない!」

 気持ちを隠して、ミルフィアに告げた。

 見れば、ミルフィアが唖然あぜんとしている。泣き顔を晒し、生き甲斐を失くし、絶望しているはずの少女。しかし俺の答えを聞いたミルフィアは、ゆっくりと、小さな笑みを浮かべたのだ。

 泣きながら。

「……はい。我が主……、あなた、が……、それを望むなら……ッ」

 初めての命令に、ミルフィアは声を震わし、泣きながら笑う。俯きその後、姿が薄くなっていく。空間に溶けていくようにミルフィアは姿を消していった。

 たった一人、この場に残される。無人の静けさにミルフィアが消えたことを実感した。

「……くっ」

 相手のためを思っているのに、実を結ばない。虚しさが胸をさざめく。遣る瀬無いいきどおりが胸で暴れた。

「くっそおおおおおおお!」

 ため込んだ感情と涙を、地面を蹴って吐き出した。

 そんなに嫌なら、反対すりゃいいだろうが!

 消えろと言ったが、本音では断って欲しかった。泣くほど嫌なら嫌だと言って欲しかった。けれども、ミルフィアは命令を優先して消えてしまった。所詮、二人の関係は友人ではなく、主従なのだと言うように。

 握り込んでいた拳をほどく。周りには誰もいない。散った桜の上で佇み、思い知らされる寂しさを感じていた。

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