天下界の無信仰者(イレギュラー)
心配
植木鉢が落ちてきた日から数日後。俺は屋上の地面に腰を落ち着け、頭上に広がる青空を眺めていた。春の陽気が身を包むが感じ入るものは何もない。胸の中は空洞みたいで、まるで穴が開いたみたいだ。
「……くそ!」
しかし、すぐに苛立たしい気持ちが蘇る。犯人はまだ捕まっていない。それどころか警察は事件性がないとして調査を打ち切りやがった。
無信仰者に対する、あからさまな差別だ。
敵は琢磨追求だけじゃない。天下界という世界そのものが敵なんだ。結局、無信仰者と信仰者じゃ生きる世界が違うってことかよ? くそ。
「あ、あの、神愛君?」
「恵瑠か……」
そこへ声が掛けられた。授業は終わったらしく、おどおどした口調だけで誰だか分かる。
恵瑠はひょっこりと顔を出した後、扉の外から静かに出てくる。そしてもぞもぞしながらもゆっくりと近づいてきた。
「神愛君、最近どうしたんですか? その、ずっと授業に出てこないから……」
恵瑠の顔は沈んでいる。本当に俺のことを心配しているようだ。
「出たくないから出てないだけだ。お前が心配することじゃねえよ」
「心配しますよ!」
「なんでだよ」
「だって……」
俺は恵瑠から視線を切って屋上の外を見た。青空と桜がよく見える。
けれど目が細くなる。俺はいけない気がしつつも、聞いてみた。
「なあ、加豪はまだ授業を休んでるのか?」
加豪は最初の事件からずっと姿を見せていない。ここ数日はずっとそうで、そして俺を狙った事件も続いている。
「はい……」
「そうか……」
予想はしていたが、期待とは違う答えに胸が暗くなった。
「でも、ボクは加豪さんがやったとは思えません! きっと理由があるはずです!」
「私も」
そこで扉から天和が現れた。いつもの無表情で歩いてくる。
「宮司君。事件のことだけど、気にすることないわ。…………分かんないけど」
「はは……」
きっと天和なりの励ましの言葉なんだろう。天和らしいといえば天和(てんほ)らしい言葉だった。
俺は立ち上がり、二人を見つめた。
「ありがとうな二人とも。でも駄目だ。まだ事件は終わってない。俺の近くにいたら危険なのは分かるだろ? だからお前たちのそばにはいられない。気持ちは嬉しいが、もう俺には近づくな」
「そんな!?」
「仕方がないんだ!」
反対する恵瑠を押し切るように、俺は二人に向かって叫んだ。
「俺はな、ずっと信仰者とは分かり合えない、敵しかいないって思ってた。でも言ってくれたよな? 仲良くなれたって。あの時、本当はすごく嬉しかったんだ。それは天和も同じだ。信仰者は今でも大っ嫌いだよ、こうして俺を殺そうとしてくるし、助けてもくれない。でも、お前らは特別なんだ。だから傷ついて欲しくないんだよ俺は!」
「神愛君……」
恵瑠が寂しそうな顔をする。そんな表情を見るのが、辛かった。
「これが一番いいんだ」
胸の痛みを隠して、俺はそう言った。手に出来たと思った黄金の輝きを傷つけたくない。それならいっそ手放そう。また一人に戻るが仕方がない。
俺は屋上から出て行った。恵瑠が大声で呼び止めるが無視する。階段を下り廊下を歩いていく。
二人から離れたいという思いからか、気づけば正門の前に来ていた。両側に並ぶ桜は花弁を大方散らし、寂しい枝木を晒す変わりに地面は桃色の草原と化している。
そこで俺は立ち尽くす。心配からとはいえ、せっかく来てくれた二人を拒絶した後ろめたさに重いため息が出た。
「主」
すると、正面にミルフィアが現れた。両手を重ねる仕草がミルフィアの不安な心を映しているように見える。
「よろしかったのですか? 私には、二人とも主を本気で心配しているように見えました。今からでしたらまだ間に合うと思います」
ミルフィアは俺のことを心配してくれている。せっかく仲良くなれた二人と離れたから。でも、考えを変える気はない。
「いいんだ……」
落ち込みとはまた違う寂しさが声に残る。俺も辛いが、これは仕方がないことなんだ。
俺の言葉にミルフィアの顔がしゅんとなる。辛そうに視線を下げ、ミルフィアはその場に片膝をついた。
「ミルフィア?」
一面のピンクと金髪の色彩は鮮やかだが桜の儚い印象からか、いつもよりミルフィアが弱々しく見える。
「私は、皆といる時の主が楽しそうに見えました。そんな主が私は好きでした。主が笑っている姿が嬉しかったのです。ですので、ここで別れるのは惜しいかと。そう思い、進言申し上げました」
左胸に手を当て頭を下げる。臣下の礼に則り俺に忠誠を示していた。
それでも、真摯な思いを裏切るようで辛かったが、頷くことは出来なかった。
心配してくれるのは嬉しい。でも、これは俺の問題だ。なのにミルフィアはどうしてそこまで……。
「あ」
それで気づいた。もしかして、ミルフィアは二人から離れるのが寂しかったんじゃないか? 誕生会を開いて、ミルフィアにも友達ができればいいと思っていた。実際ミルフィアは笑ってくれた。なのに俺はなにをしている? ミルフィアとあいつらを離してどうするんだ。
まったく、馬鹿は俺だ。ミルフィアに友達ができればいいと思っていたのに、俺が離してどうするんだよ。
「悪い、ミルフィア」
ミルフィアの内心を察することが出来なかった。俺は素直に頭を下げた。
「何故、主が謝るのですか?」
それで頭を上げてみると、ミルフィアが丸い瞳で見上げていた。
「その、ほら。俺があいつらと離れたら、お前まであいつらと接する機会がなくなるだろ? せっかく友達になれそうだったのにさ」
ミルフィアにも友達ができればいいと思った。なのにやってることは正反対。もしミルフィアがあの誕生会で三人と友達になりたいと思っていれば辛いはずだ。あともう少しだったんだから。
「よし、戻ろう」
ミルフィアの言った通りだ、今からでも遅くない。すぐに二人と合流してミルフィアと一緒にどうするのか考えよう。そうすればミルフィアだって寂しい思いはしない。
「……くそ!」
しかし、すぐに苛立たしい気持ちが蘇る。犯人はまだ捕まっていない。それどころか警察は事件性がないとして調査を打ち切りやがった。
無信仰者に対する、あからさまな差別だ。
敵は琢磨追求だけじゃない。天下界という世界そのものが敵なんだ。結局、無信仰者と信仰者じゃ生きる世界が違うってことかよ? くそ。
「あ、あの、神愛君?」
「恵瑠か……」
そこへ声が掛けられた。授業は終わったらしく、おどおどした口調だけで誰だか分かる。
恵瑠はひょっこりと顔を出した後、扉の外から静かに出てくる。そしてもぞもぞしながらもゆっくりと近づいてきた。
「神愛君、最近どうしたんですか? その、ずっと授業に出てこないから……」
恵瑠の顔は沈んでいる。本当に俺のことを心配しているようだ。
「出たくないから出てないだけだ。お前が心配することじゃねえよ」
「心配しますよ!」
「なんでだよ」
「だって……」
俺は恵瑠から視線を切って屋上の外を見た。青空と桜がよく見える。
けれど目が細くなる。俺はいけない気がしつつも、聞いてみた。
「なあ、加豪はまだ授業を休んでるのか?」
加豪は最初の事件からずっと姿を見せていない。ここ数日はずっとそうで、そして俺を狙った事件も続いている。
「はい……」
「そうか……」
予想はしていたが、期待とは違う答えに胸が暗くなった。
「でも、ボクは加豪さんがやったとは思えません! きっと理由があるはずです!」
「私も」
そこで扉から天和が現れた。いつもの無表情で歩いてくる。
「宮司君。事件のことだけど、気にすることないわ。…………分かんないけど」
「はは……」
きっと天和なりの励ましの言葉なんだろう。天和らしいといえば天和(てんほ)らしい言葉だった。
俺は立ち上がり、二人を見つめた。
「ありがとうな二人とも。でも駄目だ。まだ事件は終わってない。俺の近くにいたら危険なのは分かるだろ? だからお前たちのそばにはいられない。気持ちは嬉しいが、もう俺には近づくな」
「そんな!?」
「仕方がないんだ!」
反対する恵瑠を押し切るように、俺は二人に向かって叫んだ。
「俺はな、ずっと信仰者とは分かり合えない、敵しかいないって思ってた。でも言ってくれたよな? 仲良くなれたって。あの時、本当はすごく嬉しかったんだ。それは天和も同じだ。信仰者は今でも大っ嫌いだよ、こうして俺を殺そうとしてくるし、助けてもくれない。でも、お前らは特別なんだ。だから傷ついて欲しくないんだよ俺は!」
「神愛君……」
恵瑠が寂しそうな顔をする。そんな表情を見るのが、辛かった。
「これが一番いいんだ」
胸の痛みを隠して、俺はそう言った。手に出来たと思った黄金の輝きを傷つけたくない。それならいっそ手放そう。また一人に戻るが仕方がない。
俺は屋上から出て行った。恵瑠が大声で呼び止めるが無視する。階段を下り廊下を歩いていく。
二人から離れたいという思いからか、気づけば正門の前に来ていた。両側に並ぶ桜は花弁を大方散らし、寂しい枝木を晒す変わりに地面は桃色の草原と化している。
そこで俺は立ち尽くす。心配からとはいえ、せっかく来てくれた二人を拒絶した後ろめたさに重いため息が出た。
「主」
すると、正面にミルフィアが現れた。両手を重ねる仕草がミルフィアの不安な心を映しているように見える。
「よろしかったのですか? 私には、二人とも主を本気で心配しているように見えました。今からでしたらまだ間に合うと思います」
ミルフィアは俺のことを心配してくれている。せっかく仲良くなれた二人と離れたから。でも、考えを変える気はない。
「いいんだ……」
落ち込みとはまた違う寂しさが声に残る。俺も辛いが、これは仕方がないことなんだ。
俺の言葉にミルフィアの顔がしゅんとなる。辛そうに視線を下げ、ミルフィアはその場に片膝をついた。
「ミルフィア?」
一面のピンクと金髪の色彩は鮮やかだが桜の儚い印象からか、いつもよりミルフィアが弱々しく見える。
「私は、皆といる時の主が楽しそうに見えました。そんな主が私は好きでした。主が笑っている姿が嬉しかったのです。ですので、ここで別れるのは惜しいかと。そう思い、進言申し上げました」
左胸に手を当て頭を下げる。臣下の礼に則り俺に忠誠を示していた。
それでも、真摯な思いを裏切るようで辛かったが、頷くことは出来なかった。
心配してくれるのは嬉しい。でも、これは俺の問題だ。なのにミルフィアはどうしてそこまで……。
「あ」
それで気づいた。もしかして、ミルフィアは二人から離れるのが寂しかったんじゃないか? 誕生会を開いて、ミルフィアにも友達ができればいいと思っていた。実際ミルフィアは笑ってくれた。なのに俺はなにをしている? ミルフィアとあいつらを離してどうするんだ。
まったく、馬鹿は俺だ。ミルフィアに友達ができればいいと思っていたのに、俺が離してどうするんだよ。
「悪い、ミルフィア」
ミルフィアの内心を察することが出来なかった。俺は素直に頭を下げた。
「何故、主が謝るのですか?」
それで頭を上げてみると、ミルフィアが丸い瞳で見上げていた。
「その、ほら。俺があいつらと離れたら、お前まであいつらと接する機会がなくなるだろ? せっかく友達になれそうだったのにさ」
ミルフィアにも友達ができればいいと思った。なのにやってることは正反対。もしミルフィアがあの誕生会で三人と友達になりたいと思っていれば辛いはずだ。あともう少しだったんだから。
「よし、戻ろう」
ミルフィアの言った通りだ、今からでも遅くない。すぐに二人と合流してミルフィアと一緒にどうするのか考えよう。そうすればミルフィアだって寂しい思いはしない。
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