天下界の無信仰者(イレギュラー)
神託物(しんたくぶつ)
最初に目に入ったのは赤い長髪だった。
 見下ろす黒の瞳には怖気づく気配はない。凛とした姿勢は武人のようで、袖やスカートから覗く四肢は引き締まっている。口は固く結ばれ露骨に敵視を飛ばしてきた。
良い雰囲気じゃない。ふと視線を彼女の左腕に向ければ、思った通り腕章は赤だった。
「なんだ、俺になんか用かよ」
「ええ。聞きたいことがあるの。もし違ったら悪いんだけど、てか違ったら違ったで思わせぶりな態度にムカつくけど」
澄んだ声だが口調はきつい。
「先に名乗っておくわ。私は加豪切柄。信仰は、腕章の通り琢磨追求よ」
「そうかい、初めまして」
「ええ、初めまして」
白々しい挨拶を交わす。
「それであなた、宮司神愛よね?」
「そうだよ。サインでも欲しいのか?」
「そういうのじゃないわ。ここに来たのは言いたいことがあるからよ」
目の前の女子、加豪は一度嘆息すると俺を見てきた。
「無信仰者だがなんだか知らないけど、その態度止めてくれない?」
「ほぉう」
加豪は鋭い目つきで見下ろしてきた。ああ、気持ちは分かるよ。でもちょっと待ってくれ。
「俺の態度を止めろだって? 俺はてっきりお前らが俺を不機嫌にしてると思ってたんだが? どいつもこいつもガン飛ばしやがて、そんなに俺とにらめっこしたいのか? お前もその一人かよ?」
「仕方がないでしょう、無信仰者なんてのが同じ教室にいたら誰だって気になるわ」
「仕方がない? ハッ。俺のことを無信仰者だと分かるなり逃げ出した奴がいたが、それも仕方がないか?」
「元はといえばあなたが無信仰者なのが悪いんでしょう。ここは天下界よ? 神が実在するのにどうして信仰しないわけ?」
なるほど、そういうことか。そうだよな。目の前の女が言っているのはその通りだ。
たとえば牛を食べてはいけないという信仰があるとする。そんな人たちの前で牛を得意気に食っていたらどう思うだろうか。いい気はしないはずだ。敵視されても仕方がない。
 牛が神聖な生き物なら襲われたって不思議じゃないんだ。
無信仰者というのもいわばそういうもので、神理を信仰するのが当たり前の天下界でしないというのは、さっきのたとえでいう常に牛食ってる状態だ。
 メンチきられるはずだぜ。この言い寄ってきた女は俺から見れば鬱陶しいだけだが周りから見れば無信仰者を注意する優等生なんだろうな。
ほんと、生きづらい場所だ。
「あー、そうかよ。悪いのは全部無信仰のせいだって? 全員からガン飛ばされるのも無信仰のせい。逃げ出されるのも無信仰のせい。おまけにお前が可愛くないのも無信仰のせいか?」
「言ってくれるじゃない」
「センキュ~」
しばらくの間二人で睨み合う。
「まったく、無信仰者なんてろくな人間じゃないわ」
「はあ!?」
その一言に俺は勢いよく席を立った。
「ふざけんな、てめえらが勝手に俺を見て怖がってるだけだろうが、それがなんで俺のせいになるんだよ!?」
「そう。それもそうだけど、あんたの喧嘩腰と外見をバカにするのが原因だと私は思うけどね」
「いや、それはそういう意味じゃなかったんだが」
さきほど加豪を可愛くないとは言ったがそれは性格の話で、顔自体は美人の部類だと思う。鋭い目つきだが瞳は大きく鼻筋もスッと通っている。可愛いというよりもきれいだ。
って、俺が言いたいのはそういうことじゃなくて。
「だけど喧嘩売ってんのはてめえらの方だろう。いい加減にしろ、殴られてえのかお前は!?」
互いに熱が入っている。しかし加豪が急に静かになると、俺の胸を片手で押してきた。
「……へえ」
「うお!」
その力は圧倒的だった。耐える余裕すらない。俺は勢いよく吹き飛ばされた!
「があっ!」
背後のロッカーに激突する。この騒ぎに他の連中が慌て出すが、止めようとするのは一人もいなかった。
普通ならおかしい。女が男を吹き飛ばすなんて。それも片手だ。
しかし加豪はさも当然そうに立っていた。
「殴り倒すですって? それ、本気で言ってるの?」
加豪はその場から動かず、苦しむ俺を苛立った目で見つめてくる。
「神理を信仰する者は神に近づく」
加豪が呟く。それは威張るでもなく、けれど厳しい表情だった。
「それは『神化』と呼ばれる。無信仰者のあんたでも知っているんでしょう?」
「ああ、知ってるよクソッタレ」
認めたくないが加豪の言う通りだ。それは俺も知っていた。
天下界には神理がある。そして神理とは神の教え。それは信仰すればするほど神に近づくということだ。神に近づけばそれだけ強くなれる。
おまけに、天下界にはもう一つの恩恵があった。
「殴る? 無理ね、無信仰者じゃ。あんたは理解していないようだけど」
「ハッ、理解したら勝てるのかよ?」
「それもそうね。なら、敗北して学ぶといいわ」
「なに?」
そう言うと表情はそのままに加豪の視線が強くなった。今までとは明らかに意識が違う。
まさか? そう思うが危機感が暴れ出す。まずい。直感がする!
加豪が言い出した。
「我は練磨を積み頂を目指す者。あなたに近づくために、どうか我が願い、我が神リュクルゴスよ叶えたまえ」
それは詠唱だった。天上の神々が一柱に己の祈りを捧げる言葉。
「嘘、すごい」「マジか!?」「これは……」
すると、今まで見ているだけだった生徒たちからどよめきが起こった。
「我が信仰、琢磨追求の祈りここに形を成す。我が神の威光よ、天地に轟き力を示さん」
今や加豪は注目の的だ。全ての視線を独占し、加豪はついに詠唱を言い終えた。
「神託物、招来」
右手を虚空に翳す。すると差し出された手の平に光が現れ、加豪は迷わず手に取った。
「雷切心典光!」
掴んだ光が弾けまばゆい輝きが広がる。光は消え、代わりに加豪が手にしていたもの。
それは、帯電する太刀だった。刀身だけでも彼女の胸元まである。赤い刀身にまっすぐな刃、柄も赤く放電される破裂音がバチバチとなっていた。
「これが私の信仰の形、神託物。神が認めた信者のみが手に出来る信仰の具現。これが出せる時点で信仰心が強大っていう証よ」
「すごい!」「うおおおー!」「初めて見た……」
突如出現する武器。それに周りは歓声を上げていた。
「ちょっと待てぇええええ!」
「なによ?」
が、俺は叫んだ。だってそうだろう!?
「おい」
「なに」
加豪は平然としている。そんな態度がさらにムカつく。
「どういうことだこれは?」
「だからなに、はっきり言いなさいよ」
「ならはっきり言ってやる! そんなもん取り出して犯罪じゃねえのかよ!」
俺は指を突きつけた。加豪の手には何度も言うが刀が握られている。どう見ても凶器だろうが!
「分かってないわね。これは確かに刀だけど、それ以前に神託物。神からの贈り物よ? それを取り締まる法があると思ってるの? 所持だけなら罪にはならないわ」
「なんだそれはぁ!?」
ふさけんな! インチキも大概にしろよおい!
「そんなのありかよ!?」
「あんたこそ何十世紀も前のこと言ってんのよ。こんなことでいちいち怒鳴ってばかり。無信仰者って言うのは噂通り野蛮なのね」
「刃物取り出す女に言われたくねえんだよ!」
忌々しい。偉そうに言いやがって、だから信仰者は気に入らない。
「神託物は強大な信仰心を持つ証明。神託物っていうのは尊いものなの。でも、あんたじゃこの価値が分からないんでしょうね」
精悍としていた加豪の顔がまた侮蔑の表情に変わる。見下す者特有の、嫌な目つきだ。
「出来損ないの無信仰者」
「くっ」
そう言って加豪は刃先を向けてきた。目の前にまで迫る刃に声が漏れる。
男女の違いがあっても神化によって力はむこうが上。さらに神託物まで加豪にはある。
加豪が言ってくる。無信仰者は駄目なやつだと。
でもそれは加豪だけじゃない。周りの連中だって同じだった。
「ねえ、止めなくていいの?」「だって相手はあの神愛でしょ?」
慈愛連立からは見捨てられ、
「やっちまえ! 無信仰者なんて神への冒涜だ、叩き潰せ!」
琢磨追求からは罵声を浴びせられ、
「どうする?」「放っとけ、知ったことか」
無我無心は気にもしない。
全員が、無信仰というだけで増悪していた。
「ふざけんじゃねえええええええ!」
俺は怒鳴った。叫んだ。この理不尽さに。
おかしいだろう! どうして、なぜ無信仰者として生まれてきただけで憎まれなければならない? 嫌われなければならない? 俺がなにかしたか?
俺の怒鳴り声に周りは黙り込むが、それでも冷たい視線は変わらなかった。
悔しかった。俺は両手を痛いくらいに握り締めた。怒りが全身を巡るのに、力の前になにも出来ない。それが悔しくて、悔しくて堪らない!
天下界。ここに、無信仰者の居場所なんてないッ。
「くそ!」
俺は、生きてちゃダメなのかよ!?
その時だった。
「そこまでです。我が主を害するならば、私が相手になりましょう」
 見下ろす黒の瞳には怖気づく気配はない。凛とした姿勢は武人のようで、袖やスカートから覗く四肢は引き締まっている。口は固く結ばれ露骨に敵視を飛ばしてきた。
良い雰囲気じゃない。ふと視線を彼女の左腕に向ければ、思った通り腕章は赤だった。
「なんだ、俺になんか用かよ」
「ええ。聞きたいことがあるの。もし違ったら悪いんだけど、てか違ったら違ったで思わせぶりな態度にムカつくけど」
澄んだ声だが口調はきつい。
「先に名乗っておくわ。私は加豪切柄。信仰は、腕章の通り琢磨追求よ」
「そうかい、初めまして」
「ええ、初めまして」
白々しい挨拶を交わす。
「それであなた、宮司神愛よね?」
「そうだよ。サインでも欲しいのか?」
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なるほど、そういうことか。そうだよな。目の前の女が言っているのはその通りだ。
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 牛が神聖な生き物なら襲われたって不思議じゃないんだ。
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「はあ!?」
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「そう。それもそうだけど、あんたの喧嘩腰と外見をバカにするのが原因だと私は思うけどね」
「いや、それはそういう意味じゃなかったんだが」
さきほど加豪を可愛くないとは言ったがそれは性格の話で、顔自体は美人の部類だと思う。鋭い目つきだが瞳は大きく鼻筋もスッと通っている。可愛いというよりもきれいだ。
って、俺が言いたいのはそういうことじゃなくて。
「だけど喧嘩売ってんのはてめえらの方だろう。いい加減にしろ、殴られてえのかお前は!?」
互いに熱が入っている。しかし加豪が急に静かになると、俺の胸を片手で押してきた。
「……へえ」
「うお!」
その力は圧倒的だった。耐える余裕すらない。俺は勢いよく吹き飛ばされた!
「があっ!」
背後のロッカーに激突する。この騒ぎに他の連中が慌て出すが、止めようとするのは一人もいなかった。
普通ならおかしい。女が男を吹き飛ばすなんて。それも片手だ。
しかし加豪はさも当然そうに立っていた。
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「ああ、知ってるよクソッタレ」
認めたくないが加豪の言う通りだ。それは俺も知っていた。
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おまけに、天下界にはもう一つの恩恵があった。
「殴る? 無理ね、無信仰者じゃ。あんたは理解していないようだけど」
「ハッ、理解したら勝てるのかよ?」
「それもそうね。なら、敗北して学ぶといいわ」
「なに?」
そう言うと表情はそのままに加豪の視線が強くなった。今までとは明らかに意識が違う。
まさか? そう思うが危機感が暴れ出す。まずい。直感がする!
加豪が言い出した。
「我は練磨を積み頂を目指す者。あなたに近づくために、どうか我が願い、我が神リュクルゴスよ叶えたまえ」
それは詠唱だった。天上の神々が一柱に己の祈りを捧げる言葉。
「嘘、すごい」「マジか!?」「これは……」
すると、今まで見ているだけだった生徒たちからどよめきが起こった。
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今や加豪は注目の的だ。全ての視線を独占し、加豪はついに詠唱を言い終えた。
「神託物、招来」
右手を虚空に翳す。すると差し出された手の平に光が現れ、加豪は迷わず手に取った。
「雷切心典光!」
掴んだ光が弾けまばゆい輝きが広がる。光は消え、代わりに加豪が手にしていたもの。
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「おい」
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加豪は平然としている。そんな態度がさらにムカつく。
「どういうことだこれは?」
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俺は指を突きつけた。加豪の手には何度も言うが刀が握られている。どう見ても凶器だろうが!
「分かってないわね。これは確かに刀だけど、それ以前に神託物。神からの贈り物よ? それを取り締まる法があると思ってるの? 所持だけなら罪にはならないわ」
「なんだそれはぁ!?」
ふさけんな! インチキも大概にしろよおい!
「そんなのありかよ!?」
「あんたこそ何十世紀も前のこと言ってんのよ。こんなことでいちいち怒鳴ってばかり。無信仰者って言うのは噂通り野蛮なのね」
「刃物取り出す女に言われたくねえんだよ!」
忌々しい。偉そうに言いやがって、だから信仰者は気に入らない。
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精悍としていた加豪の顔がまた侮蔑の表情に変わる。見下す者特有の、嫌な目つきだ。
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「くっ」
そう言って加豪は刃先を向けてきた。目の前にまで迫る刃に声が漏れる。
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加豪が言ってくる。無信仰者は駄目なやつだと。
でもそれは加豪だけじゃない。周りの連中だって同じだった。
「ねえ、止めなくていいの?」「だって相手はあの神愛でしょ?」
慈愛連立からは見捨てられ、
「やっちまえ! 無信仰者なんて神への冒涜だ、叩き潰せ!」
琢磨追求からは罵声を浴びせられ、
「どうする?」「放っとけ、知ったことか」
無我無心は気にもしない。
全員が、無信仰というだけで増悪していた。
「ふざけんじゃねえええええええ!」
俺は怒鳴った。叫んだ。この理不尽さに。
おかしいだろう! どうして、なぜ無信仰者として生まれてきただけで憎まれなければならない? 嫌われなければならない? 俺がなにかしたか?
俺の怒鳴り声に周りは黙り込むが、それでも冷たい視線は変わらなかった。
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コメント
ブックウーマン
天下界の設定が飲み込みにくいですが、読んでいくと慣れてきてどんどんストーリーにのめりこんでいきます。