アップスタートデイズ

深谷シロ

第5話 最底辺なんて最悪だっ!

アルフレッドには良い所を見せられたのではないかと自負している。だけどこんな暮らしは嫌だ。ここからは僕の成り上がりだ。


まずは自分の身分を確保したい。現在、僕はこの家の中で最も下の立場だろう。貴族学院に行っているアルフレッドよりも下の立場である筈だ。


アルフレッドには悪いが、僕は兄だからと言って優しくするつもりは無い。自分の立場は自分で確保してもらおう。僕は僕のやり方だ。


「すみません、少し良いですか?」


僕はアルフレッドに仕事内容を聞いた日の翌日。給仕にとあるお願いをした。


「僕が考えた料理なんですけど、メリーナ様にお出しして頂けますか?」


僕には前世の記憶がある。前世の記憶を使って自分の立場を確保しようと考えた。交渉方法も考えてきた。


「無理だ。」


「一度で大丈夫です。それを褒めて頂ければ給仕の皆様の功績にして下さい。逆にお怒りであれば、私の責任で良いので。」


給仕長はまだ納得には至っていないようだ。メリットが少ないか。ではもう少し増やしてみるか。


「メリーナ様はスープがお好きであると聞きました。僕は何種類か考えています。好評であれば、幾度かの食事に分けてお出しする事で給仕の皆様の評価は大分上がると思われますが。」


これでどうだ?家の主人は祖母だ。家の主人にとって給仕はあまり気にされない職業だろう。自分をアピールするチャンスであると気付けないのだろうか。


「……分かった。責任はお前らが取るんだろ?」


これは何かを企む訳ではなさそうだ。アピールチャンスだと気付いたか。僕はレシピを教えるとしよう。


「では急いでレシピをお教えします。食材は既に把握しているので、ご不満があるでしょうが、手短に済ませるので言った通りにして頂けますか?」


給仕長は頷いた。単純で良かった。手回しは必要なさそうだ。


僕が給仕達に教えたレシピは『クラムチャウダー』だ。スープでは無い。だがこちらの文化には存在しない食べ物であり、最も似たものがスープだったのでスープと紹介しただけだ。僕に責任はない。


僕は取り敢えずレシピを教える。


まずこの世界にも生きているらしいアサリをよく洗う。アサリは既に砂抜きされていた。事前確認をしていた甲斐があったようだ。


給仕達の腕はさほど悪くない。作業効率も良いようだ。食器洗いはアルフレッドに任せて僕はレシピを伝えていく。


「次にベーコン、玉葱、ジャガイモ、人参を角切りにして下さい。」


考えてはいなかったが、この世界にも角切りがあるようだ。そして食材はたまに魔物関連の不思議な食材は存在するが、大して地球と違いは見られない。都合が良い。


それが終わると次はアサリと白ワインを鍋に入れる。そして、蓋をして中火で口が開くまで蒸し煮。煮汁は後で使用するため、とっておく。こういう所で再利用。


フライパンにバターを溶かしてベーコンを炒める。その後に野菜を加える。


それを適度に炒めた後に小麦粉を入れて馴染むまで混ぜる。


「ここまで終わったぞ。次は何だ?」


「えーっとですね……。」


思い出すのにも時間が掛かるのだ。前世で親が作っていた記憶なので少し曖昧である。回数が少なかったのもあるだろう。


「早くしろ。」


おっと給仕達がお怒りだ。すぐに思い出すとしよう。


「……あ、思い出しました。次にコンソメ、水、塩胡椒を入れて下さい。さらにアサリと先程とっておいた煮汁も入れて下さい。」


「本当にこんなのでスープが出来るのか……?まあ良い。匂いは良いようだしな。」


胡椒は少しばかりお高いようだが、僕が知ったことではない。我慢してもらおう。


「弱火で野菜が柔らかくなるまで煮て下さい。」


最後は牛乳を加えて弱火で温めれば完成だ。まあ、こんな感じだった筈だ。間違ってても知らない。どうせ責任は僕だ。どうとでもなれ。


クラムチャウダーはこうして完成した。味見をした給仕達にも好評だった。これなら大丈夫だろう。スープでは無いが、誤魔化してもらおう。


他のメニューも給仕達が完成する間、僕は素直に食器洗いをする。これも魔力無しで使える食洗機があれば良いのになぁ……。考えてみようかな。


この気温が低い季節には冷水は流石に冷たい。ゴム手袋でも良い気がしてきた。それだけでもだいぶマシなのではないか?


「若干の心配はあるが、まあ持っていけ。」


給仕長はそう言った。ここでダメだとか言われなくて良かった。後は祖母の反応だ。だが、ここで大きな関門があった。


「お待ち下さい。それは何ですか?」


ロレアが言った。この関門をどう潜り抜けるか。僕なりに考えては来ているが、給仕達がどう反応するか……。


「これはこいつ……」


あ、ダメだ。給仕達は頭が悪すぎる。僕が教えたという気だ。自分達のアピールにするのでは無かったのか?大変だな……。


「すみません、それは給仕の皆様が懸命に考えられた新メニューなのです。メリーナ様のお口に合うようにという給仕達の努力の賜物です。どうぞ受け取ってあげて下さい。」


少々上からな発言になってしまった。給仕達は気付いていないが、ロレアが僕を睨む。ここで怖じけては元も子も無い。僕は惚けた顔をしておくとしよう。給仕達は理解出来ていないようだが。


「分かりました。毒などは入っていなさそうですね。メリーナ様にお出ししなさい。」


ロレアという関門は抜けた。どうにかやりきったようだ。


そう考えた僕だったがロレアはそこまで甘くなかった。むしろ厳しかった。


「レインは後で私の元へ来なさい。」


「……っ、分かりました。」


仕方ない。給仕達からの評価は上がるだろうし、まあ良いか。次回はもっと考えるとしよう。

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