連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜
第十一話
3時間前――。
「……はぁ」
ほうっと大きな息を吐き出す少女がいた。
あたり一面は灰色であり、次元をも無に塗り替えていた彼女は今、無傷で目の前に漂う残骸を見ていた。
それはアキューの身につけていたマントの破片、生み出された岩石や惑星の欠片。
殆どは無に帰しても、残ってしまうものがあったのだ。
彼女は、アキューを負かした。
あらゆるものを無にできる彼女と自由を司る少年の戦いは、普通に考えれば終わるものではない。
全てを無にする絶対の力。
全ての束縛を受けない力。
“管理”によって調整された互いの力は、微小なら干渉し合えるが、基本的に、お互いにお互いの力を及ぼしあえない。
それでもアキューが負けたのは、戦歴の差だった。
アキューも虚無も、ふらっと歩いて星を見て滅ぼしたりするが、それ自体は大した戦いでもない。
瑞揶のような強大な力を使える敵との戦いは、2人の神にとって戦いだった。
虚無はあらゆる世界に出向いてはミスで世界を消滅させたり、何かと他の律司神とモメることがあった。
アキューもモメるが、戦うほどでもなく、一応彼は分を弁えている所がある。
そこの差が遥かな年月で力の差となり、倒されたのだ。
「……時間の無駄」
“管理”によって与えられた僅かな感情で、退屈な思いを口にする。
2人の目的は半端次元神という、次元を彷徨う強い力を持った存在の1人を討つことだった。
そのためにはかなり遠回りをしているが――虚無1人でも、事足りる。
「…………」
ふと、少女は自由の付けていたマントの破けたものに手を伸ばした。
このマントを身につけていた少年は体が無くなり死亡、その魂は今頃閻魔のところにあるだろう。
律司神は消えたり死んだりすると、全ての律司神が困るのだ。
律司神は自分の専門しか分からず、自由のことは自由に聞くから、自由が欠けるのは困るのだ。
無論、アキューの代わりぐらいならいくらでもいるのだが。
とはいえ、存在の消滅は管理律司神によって不可とされ、アキューは魂を閻魔の元に送られ、そのうち復活するのである。
彼の作っていたクローンにその魂が入るのは、もう少しかかる。
「……行こう」
一言呟いて少女はマントの生地を無に帰す。
彼女は少年・瑞揶を探さなくてはならない。
半端次元神、セイ・ヌメラナス・フラムナルを倒すために――。
◇
「――沙羅!!!」
「っ!!?」
虚無の手が僕に触れる直前に、僕は沙羅の後ろに転移して愛する少女を抱きしめ、また転移した。
パァッパァッと音がして、気がつくと草原の上。
同じ世界、同じ惑星のどこかなのは確かだけど、まったく知らないところに来た。
くるぶしに届くかというほどの草がずっと生えている草原には木も見えず、薄黄色の空だけが広がっている。
「もう……逃げても……無駄」
「…………」
瞬間移動しても、その先には白い布を身に纏った少女がいた。
全てのものが薄く光るこの世界でも彼女は輝きを持たず、悲しみに満ちた顔を続けている。
悲しみたいのはこっちだというのに……。
「結界を張ってたのに、どうやって入ったの?」
「……私は……存在を、認識されない。……無だから。普通に入ってきたよ」
さも当然というように答える少女は、一歩、また一歩と僕の方へ歩み寄る。
ゆっくり、ゆっくりと、拙い足どりで。
「……アキューは?」
「自由……? ……彼は……体を消した。……魂は、閻魔の所」
「…………」
つまりは殺したということだろう。
どんな戦いをしたのかは想像もつかないが――この子が僕のオリジナルよりも強いのは確か、か。
だとすると、僕はこの子に勝てないだろう。
「……見逃してくれないかな?」
「……無理」
「だよね……」
交渉を試みようにも表情を変えることなく突っぱねられた。
……まぁ、やることは1つ。
「それでも逃げるよ!」
「…………」
僕は沙羅を抱きしめたまま地面を蹴った。
光よりも早く逃げる、それが僕に取れる手段だった。
一瞬のうちにこの惑星を出て宇宙へと飛び立つ。
隕石を避けながら、永遠に続く黒い空間を突き進む。
「――あれ?」
星々を見る間もなく通過していたのに、急に周りの石が止まって見えた。
違う、止まったのは僕の方だ。
急に、どうして……。
「……無駄って、言った」
逃げたはずなのに、そんな事などなかったかのように、感情のない声が聞こえた。
距離にして10m、僕らの前には再び虚無がいた。
「……君の速さを、無くした。……自由の力のせいかな? 少しは……動けるんだね」
「…………」
速さをなくした……ということは、ここから逃げることができなくなったということ。
だとしても……。
「転移……」
速さの関係ない移動ならば、逃げられる。
だから僕は転移を発動した。
「…………」
しかし、情景は変わることなく、広大な宇宙の中のまま。
「どうして……」
「……もう、貴方の能力の無効化……始めた。能力は、使えなくなる……」
「なっ……」
「【悠由覧乱】……貴方のそれは、所詮模造品……貧弱過ぎる……」
驚愕せざるを得なかった。
僕の能力を、無くし始めているという。
だったらもう逃げることもできない。
それどころか、能力が切れれば宇宙にいること自体が危ない。
絶望的な状況だった。
動くこともできず、能力も封じられる。
あとどのくらい能力が切れずに居られるか……。
「……瑞揶」
ポツリと、沙羅のささやきが耳に入る。
僕にしか聞こえないような声量で話しかけてきた。
「私はまだ早く動けるわよね?」
「う、うん……」
「なら、手を離して。その瞬間にアンタを蹴って飛んで、私がアイツをブッ殺す」
「え……」
ダメだ――。
咄嗟に出かかったその言葉をなんとか飲み込んだ。
律司神は、何億何兆という時間を生きた生命たちだろう。
光速を超えた速さでの一撃を行ったとしても、防がれる可能性が高い。
それはあまりにもリスクが高過ぎる。
だけど――
「……一緒に生きるんでしょ?」
「…………」
確認を取る沙羅の言葉。
そうだ、そう約束した。
ここで2人で死ぬなんて、そんなのは嫌だ……。
「アンタがやるより私がやる方がいいわ。幸い、虚無は動く気がないみたいだし……」
「……うん。わかった、任せるよ」
「虚無がよそ見をしたタイミングで行くわ。意識を集中させて……お腹破れないようにして……」
「…………」
光の速さで蹴られても体が無事でいるよう【確立結果】をかけ、2人で虚無の様子を伺う。
彼女はずっとこっちを見ていた。
空虚な瞳で、無表情のその顔で。
視線をそらすことはないように思えた、だが――
瞬きをした。
一瞬閉じられるその瞳。
完全に閉じられた刹那、沙羅が動き出す――。
時間がゆっくりに感じる。
沙羅は僕の手を脱し、足を畳んで僕の腹部に靴を押し付けた。
僕の腹を蹴り、沙羅が飛び出す。
虚無の瞳はまだ閉じている。
沙羅は瞬時にその手に刀を顕現させ、まっすぐ前へと伸ばした。
まだ虚無の目は開かない。
いけるか――いや、わからない。
だけど、もしかしたらこのまま――。
沙羅の飛ぶ姿は目で追うことこそできても、速すぎて音すら発生しなかった。
雷の如く彼女の体躯が虚無を貫かんとした。
その時、僅かに虚無の瞳が開いた。
だが1mmも開いてない様子で、沙羅を視認することは不可能だ。
そのまま突き進め――。
パシッ
実にゆったりとした音が響いて世界が速さを取り戻す。
目の前で起こった光景は異様だった。
沙羅の持っていた刀は虚無の胸を正確に捉えていた。
しかし、刀は虚無の体に触れるや否や、瞬く間に飲み込まれてしまう。
否、消されてしまった。
無機物だけを飲み込むのか、光の速さであったにも関わらず沙羅の体を受け止め、その肩を掴んでいる。
「邪魔するなら……消していい、よね?」
「ッ!?」
「沙羅!!!」
沙羅が振り向き、僕へと手を伸ばす。
必死の表情で、まっすぐと僕へ。
僕も彼女の手を掴むべく、手を伸ばした。
愛する彼女が消される――そんなのは、絶対に嫌だから。
だから……。
しかし、その手で何も掴むことはできなかった。
フッと消滅した沙羅の面影は、この宇宙から跡形もなく消えたのだから。
「……はぁ」
ほうっと大きな息を吐き出す少女がいた。
あたり一面は灰色であり、次元をも無に塗り替えていた彼女は今、無傷で目の前に漂う残骸を見ていた。
それはアキューの身につけていたマントの破片、生み出された岩石や惑星の欠片。
殆どは無に帰しても、残ってしまうものがあったのだ。
彼女は、アキューを負かした。
あらゆるものを無にできる彼女と自由を司る少年の戦いは、普通に考えれば終わるものではない。
全てを無にする絶対の力。
全ての束縛を受けない力。
“管理”によって調整された互いの力は、微小なら干渉し合えるが、基本的に、お互いにお互いの力を及ぼしあえない。
それでもアキューが負けたのは、戦歴の差だった。
アキューも虚無も、ふらっと歩いて星を見て滅ぼしたりするが、それ自体は大した戦いでもない。
瑞揶のような強大な力を使える敵との戦いは、2人の神にとって戦いだった。
虚無はあらゆる世界に出向いてはミスで世界を消滅させたり、何かと他の律司神とモメることがあった。
アキューもモメるが、戦うほどでもなく、一応彼は分を弁えている所がある。
そこの差が遥かな年月で力の差となり、倒されたのだ。
「……時間の無駄」
“管理”によって与えられた僅かな感情で、退屈な思いを口にする。
2人の目的は半端次元神という、次元を彷徨う強い力を持った存在の1人を討つことだった。
そのためにはかなり遠回りをしているが――虚無1人でも、事足りる。
「…………」
ふと、少女は自由の付けていたマントの破けたものに手を伸ばした。
このマントを身につけていた少年は体が無くなり死亡、その魂は今頃閻魔のところにあるだろう。
律司神は消えたり死んだりすると、全ての律司神が困るのだ。
律司神は自分の専門しか分からず、自由のことは自由に聞くから、自由が欠けるのは困るのだ。
無論、アキューの代わりぐらいならいくらでもいるのだが。
とはいえ、存在の消滅は管理律司神によって不可とされ、アキューは魂を閻魔の元に送られ、そのうち復活するのである。
彼の作っていたクローンにその魂が入るのは、もう少しかかる。
「……行こう」
一言呟いて少女はマントの生地を無に帰す。
彼女は少年・瑞揶を探さなくてはならない。
半端次元神、セイ・ヌメラナス・フラムナルを倒すために――。
◇
「――沙羅!!!」
「っ!!?」
虚無の手が僕に触れる直前に、僕は沙羅の後ろに転移して愛する少女を抱きしめ、また転移した。
パァッパァッと音がして、気がつくと草原の上。
同じ世界、同じ惑星のどこかなのは確かだけど、まったく知らないところに来た。
くるぶしに届くかというほどの草がずっと生えている草原には木も見えず、薄黄色の空だけが広がっている。
「もう……逃げても……無駄」
「…………」
瞬間移動しても、その先には白い布を身に纏った少女がいた。
全てのものが薄く光るこの世界でも彼女は輝きを持たず、悲しみに満ちた顔を続けている。
悲しみたいのはこっちだというのに……。
「結界を張ってたのに、どうやって入ったの?」
「……私は……存在を、認識されない。……無だから。普通に入ってきたよ」
さも当然というように答える少女は、一歩、また一歩と僕の方へ歩み寄る。
ゆっくり、ゆっくりと、拙い足どりで。
「……アキューは?」
「自由……? ……彼は……体を消した。……魂は、閻魔の所」
「…………」
つまりは殺したということだろう。
どんな戦いをしたのかは想像もつかないが――この子が僕のオリジナルよりも強いのは確か、か。
だとすると、僕はこの子に勝てないだろう。
「……見逃してくれないかな?」
「……無理」
「だよね……」
交渉を試みようにも表情を変えることなく突っぱねられた。
……まぁ、やることは1つ。
「それでも逃げるよ!」
「…………」
僕は沙羅を抱きしめたまま地面を蹴った。
光よりも早く逃げる、それが僕に取れる手段だった。
一瞬のうちにこの惑星を出て宇宙へと飛び立つ。
隕石を避けながら、永遠に続く黒い空間を突き進む。
「――あれ?」
星々を見る間もなく通過していたのに、急に周りの石が止まって見えた。
違う、止まったのは僕の方だ。
急に、どうして……。
「……無駄って、言った」
逃げたはずなのに、そんな事などなかったかのように、感情のない声が聞こえた。
距離にして10m、僕らの前には再び虚無がいた。
「……君の速さを、無くした。……自由の力のせいかな? 少しは……動けるんだね」
「…………」
速さをなくした……ということは、ここから逃げることができなくなったということ。
だとしても……。
「転移……」
速さの関係ない移動ならば、逃げられる。
だから僕は転移を発動した。
「…………」
しかし、情景は変わることなく、広大な宇宙の中のまま。
「どうして……」
「……もう、貴方の能力の無効化……始めた。能力は、使えなくなる……」
「なっ……」
「【悠由覧乱】……貴方のそれは、所詮模造品……貧弱過ぎる……」
驚愕せざるを得なかった。
僕の能力を、無くし始めているという。
だったらもう逃げることもできない。
それどころか、能力が切れれば宇宙にいること自体が危ない。
絶望的な状況だった。
動くこともできず、能力も封じられる。
あとどのくらい能力が切れずに居られるか……。
「……瑞揶」
ポツリと、沙羅のささやきが耳に入る。
僕にしか聞こえないような声量で話しかけてきた。
「私はまだ早く動けるわよね?」
「う、うん……」
「なら、手を離して。その瞬間にアンタを蹴って飛んで、私がアイツをブッ殺す」
「え……」
ダメだ――。
咄嗟に出かかったその言葉をなんとか飲み込んだ。
律司神は、何億何兆という時間を生きた生命たちだろう。
光速を超えた速さでの一撃を行ったとしても、防がれる可能性が高い。
それはあまりにもリスクが高過ぎる。
だけど――
「……一緒に生きるんでしょ?」
「…………」
確認を取る沙羅の言葉。
そうだ、そう約束した。
ここで2人で死ぬなんて、そんなのは嫌だ……。
「アンタがやるより私がやる方がいいわ。幸い、虚無は動く気がないみたいだし……」
「……うん。わかった、任せるよ」
「虚無がよそ見をしたタイミングで行くわ。意識を集中させて……お腹破れないようにして……」
「…………」
光の速さで蹴られても体が無事でいるよう【確立結果】をかけ、2人で虚無の様子を伺う。
彼女はずっとこっちを見ていた。
空虚な瞳で、無表情のその顔で。
視線をそらすことはないように思えた、だが――
瞬きをした。
一瞬閉じられるその瞳。
完全に閉じられた刹那、沙羅が動き出す――。
時間がゆっくりに感じる。
沙羅は僕の手を脱し、足を畳んで僕の腹部に靴を押し付けた。
僕の腹を蹴り、沙羅が飛び出す。
虚無の瞳はまだ閉じている。
沙羅は瞬時にその手に刀を顕現させ、まっすぐ前へと伸ばした。
まだ虚無の目は開かない。
いけるか――いや、わからない。
だけど、もしかしたらこのまま――。
沙羅の飛ぶ姿は目で追うことこそできても、速すぎて音すら発生しなかった。
雷の如く彼女の体躯が虚無を貫かんとした。
その時、僅かに虚無の瞳が開いた。
だが1mmも開いてない様子で、沙羅を視認することは不可能だ。
そのまま突き進め――。
パシッ
実にゆったりとした音が響いて世界が速さを取り戻す。
目の前で起こった光景は異様だった。
沙羅の持っていた刀は虚無の胸を正確に捉えていた。
しかし、刀は虚無の体に触れるや否や、瞬く間に飲み込まれてしまう。
否、消されてしまった。
無機物だけを飲み込むのか、光の速さであったにも関わらず沙羅の体を受け止め、その肩を掴んでいる。
「邪魔するなら……消していい、よね?」
「ッ!?」
「沙羅!!!」
沙羅が振り向き、僕へと手を伸ばす。
必死の表情で、まっすぐと僕へ。
僕も彼女の手を掴むべく、手を伸ばした。
愛する彼女が消される――そんなのは、絶対に嫌だから。
だから……。
しかし、その手で何も掴むことはできなかった。
フッと消滅した沙羅の面影は、この宇宙から跡形もなく消えたのだから。
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