連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜
第九話
真っ白な空間がひたすらに続く。
進んでいるのか後退しているのかもわからない、ただの白い場所が続いている。
トントン
「……?」
沙羅が僕の胸を突っつき、一度飛行を止めて止まった。
だからと言って視界は変わらず、止まった実感もないが。
「どうしたの、沙羅?」
「いや、進んでると声も聞こえないでしょう? 何とかして欲しいわ」
「え? ……ああ、ごめんね? 超能力でなんとかしたから、次からは聞くよ」
「そ。……なら、行って」
「うん……」
再び僕らは飛行を始めた。
前を見る僕の髪はずっと逆立ち、服はずっと肌に引っ付いている。
(転移で行けないかなぁ……)
そんな安易な考えをしていると、胸の方から沙羅の声が聞こえた。
「私、力不足ね……」
「え? なんで?」
「……私なんかじゃ戦えないでしょう?」
「…………」
抱きついてくる腕の力が強まる。
僕とアキューの戦い、沙羅には光が飛び交うだけに見えたと思う。
光の速さで動く相手と戦うなんて、沙羅にはできないだろう。
「僕は……沙羅に戦って欲しくないよ。今回の件は僕がアキューのクローンだから起きたんだし、沙羅はなんにも悪くないでしょ?」
「……でも、瑞揶が戦うなんて考えられないもの。いつも優しくて、笑ってて、怒ったって拗ねるだけのアンタが戦うなんて……」
「僕だってやるときはやるよ……」
戦うときは戦うし、手段も問わない。
ただ、できる限り殺さないのはそうだし、さっきの戦いでも、アキューを殺す気なんて微塵もなかった。
「ともかくさ、アキューが虚無を撤退させる事を信じよう」
「って言っても、私はあの男が瑞揶に寝返った理由知らないんだけど?」
「あはは……時間があれば話すよ」
「はあ、そう……」
呆れてしまい、沙羅は視線を僕から逸らした。
僕も、あんなに簡単に寝返るとは思わなかったけど、そこはやっぱり自由だから。
「ともかく、自由の第一世界に行こう。どんなとこだろうね?」
「……楽しみなの?」
「少しね……。素敵な所だと良いなぁ……」
「アンタ、状況わかってないでしょ。私もよくわかってないけど」
「あはは……」
僕にだって、虚無がどれほどの脅威かはわからないし、アキューが追い払ってくれるなら万々歳だ。
僕らが恐れることが起こっているというのは考えにくいし、むしろこの白い空間をずっと行く方が不安に――
「あ――」
その時、視界に色がついた。
暗い暗い闇の色、それは夜の証。
宇宙ではなく、どこかの惑星の中だろう。
移動を止め、空中に停滞する。
上空で呼吸が苦しいとか、そんな事はもう考えなくとも平気だった。
「……これは」
「……凄いところ、ね」
圧巻、その一言に尽きる光景が広がっていた。
優しい緑色に光る山脈が広がり、空には水色に光る月が有って、星々は数多の色に煌めいている。
だけど、この星の空にあるのは月だけではなかった。
空に浮遊する大地がポツポツと浮かんでおり、雲に並んで移動している。
下は土の色、上は木々の黄緑色が柔らかく発光していた。
空は暗い闇だけで終わらず、地平線の向こうには灼熱の赤い光が銀河のように渦巻いて輝いている。
神秘的な空間だ。
自然に溢れ、優しい夜が世界を満たしている。
これが、自由の第一世界……。
「沙羅……っ!?」
隣の少女に声を掛けたところで、沙羅の体が薄く発光しているのに気付く。
この世界にある木々のように、緑なら緑、金色の髪を持つ彼女なら金色に光っていた。
「なによ……って瑞揶、なんか光ってるわよ?」
「沙羅も光ってるよ。なんだか妖精さんみたいっ」
「妖精って何よ。いいから、隠れ場所を探すわよ」
「はーいっ……」
静かに降下し、少し高めの場所から飛んで住めそうな場所を探した。
ここは山だし、洞窟なんかがあればいいなと空を2人でうろうろとする。
「瑞揶、あそこ見て」
「んー……?」
沙羅に呼ばれ、彼女が指差す方を見る。
木々を割いて岩の間にポッカリと穴の空いた場所があった。
洞窟だ、丁度僕らが通れるぐらいの大きさだろう。
雨風がしのげれば、それでいい。
「行こう、沙羅」
「ええ」
手を繋ぎ、2人で洞窟の中へと降りて行った。
穴の中には月光がないのに、矢張りほのかに土が光っていて視界が困るほどではなかった。
思ったよりも柔らかい土肌を踏み、奥へと進む。
「洞窟って、自然にできるのかなぁ?」
「知らないわよ。何かここを掘った生き物がいるって言いたいの?」
「うん……」
進みながら考える。
もしここに何か住んでたら、どうしよう。
話が通じればいいけどなぁ……。
「ま、何が出てきても私がやっつけてあげるわ。瑞揶はのんびり構えてればいいのよ」
「あはは、頼もしいなぁ……」
「頼もしいなら、頼りなさい。まったく……」
ため息を吐いて呆れる沙羅。
……そうだなぁ、普段はテレビ見てるだけの彼女にも、少しは働いてもらおう。
と、思っていた矢先のこと。
僕らは立ち止まり、目の前に広がる岩を見つめてキョトンとした。
「行き止まりね」
端的に沙羅が言うと、僕は短く頷く、
優しく光る土に道を閉ざされ、この先は進めないらしい。
「ここまで足跡とか生き物の通った痕跡もなかったし、物音一つしなかった。何も住んでないと思うわ」
「そ、そこまで見てたの?」
「当然でしょ?」
「…………」
さも当然と言うように言ってくるあたり、さすがは魔界の裏方で仕事をしてきた人だ。
沙羅には勝てないなぁ……。
「…………」
沙羅が無言で携帯を取り出し、すくにまた仕舞う。
時間を確認しただけのようだ。
「……まだ寝るには早いわね」
「え……寝るの?」
「そりゃ寝るわよ。今日一日、いろいろあり過ぎて疲れたわ」
「……確かに今までにないくらい濃密な1日だったね」
沙羅が捕まって、助けに行って、レリを蘇生し、ヤプタレアを出た。
そしたらアキューと戦って……知らない世界にやってきた。
僕が明日を生きられるかはわからない、だけど……そうだね、睡眠ぐらいはしっかり取りたい。
「寝ないにしても、とりあえず座りましょ。なんか敷くもん出しなさい」
「出すというより、作る、だね……」
沙羅に言われた通りに僕はビニールシートを作って2人で敷いた。
外で座るなら、ビニールシートだよね。
「……靴履いてくればよかったね?」
「今更言わないでよ……」
沙羅はガックリと項垂れてしまう。
リビングから出てきたから当然僕らは靴下で、沙羅はむくれながら土だらけのソックスを脱いでいる。
地面がぬかるんでなかったから踏み心地が悪かったわけじゃないけど、汚れるのは嫌だしね。
「…………」
じーっと、ソックスを脱いでいる沙羅が僕を見てくる。
わざわざ足を伸ばしてゆっくりと脱いで、そこにある意図が読めない。
「……ねぇ、瑞揶」
「うん」
「私、今着てるの制服なのよ?」
「うん……」
「こんなにスカート短いのよ?」
「そうだね?」
「……なんでパンツに目がいかないの?」
「そ、そう言われても……」
「……はぁーっ」
大きくため息を吐いて呆れる沙羅はさっさとソックスを脱いでビニールシートに寝そべり、ふてくされてしまった。
どうしてそんなことで怒るかなぁ……。
「沙羅、寝ちゃうの?」
「そうするわ。どうせすることもないし、瑞揶は甲斐性なしだしね」
「甲斐性なし……。確かにそうだけどなぁ……」
と、そう呟いた時には既に沙羅は寝息を立てていた。
寝るのが早いし、枕も敷き布団も無いと風邪を引いてしまう。
「やれやれ……」
肩を竦めながらも、いつも通り気丈な沙羅の姿に安堵する。
彼女のために掛け布団を創造し、枕もそっと頭の下に入れて、僕は立ち上がった。
柔らかく、少し冷たい土肌を踏んで再び外に出る。
綺麗な星、それに月。
浮遊する島々、この幻想的な風景は言葉に言い表せない。
ただ、僕が凄いと思えた。
僕の視覚からなる感性は愛ちゃんのせいで抑えられてるはずなのに、それでも凄いと思えたこの光景。
世界が違えば、こんなこともあるんだなって、しみじみと痛感した。
「――結界」
そして、この夜空に結界を張り巡らせる。
この惑星に誰かが来たら、それを感知する結界。
もちろん、結界を張っていればこの世界に来た人が僕の存在を感知するけど、居場所までは知られないだろうから逃げればいい。
沙羅を、最愛の人を巻き込んでしまった。
だから、どうしても守りたい。
そして、2人で一緒に生きていきたいと思う。
星に願いを込めて、僕は空を見上げ続けた。
進んでいるのか後退しているのかもわからない、ただの白い場所が続いている。
トントン
「……?」
沙羅が僕の胸を突っつき、一度飛行を止めて止まった。
だからと言って視界は変わらず、止まった実感もないが。
「どうしたの、沙羅?」
「いや、進んでると声も聞こえないでしょう? 何とかして欲しいわ」
「え? ……ああ、ごめんね? 超能力でなんとかしたから、次からは聞くよ」
「そ。……なら、行って」
「うん……」
再び僕らは飛行を始めた。
前を見る僕の髪はずっと逆立ち、服はずっと肌に引っ付いている。
(転移で行けないかなぁ……)
そんな安易な考えをしていると、胸の方から沙羅の声が聞こえた。
「私、力不足ね……」
「え? なんで?」
「……私なんかじゃ戦えないでしょう?」
「…………」
抱きついてくる腕の力が強まる。
僕とアキューの戦い、沙羅には光が飛び交うだけに見えたと思う。
光の速さで動く相手と戦うなんて、沙羅にはできないだろう。
「僕は……沙羅に戦って欲しくないよ。今回の件は僕がアキューのクローンだから起きたんだし、沙羅はなんにも悪くないでしょ?」
「……でも、瑞揶が戦うなんて考えられないもの。いつも優しくて、笑ってて、怒ったって拗ねるだけのアンタが戦うなんて……」
「僕だってやるときはやるよ……」
戦うときは戦うし、手段も問わない。
ただ、できる限り殺さないのはそうだし、さっきの戦いでも、アキューを殺す気なんて微塵もなかった。
「ともかくさ、アキューが虚無を撤退させる事を信じよう」
「って言っても、私はあの男が瑞揶に寝返った理由知らないんだけど?」
「あはは……時間があれば話すよ」
「はあ、そう……」
呆れてしまい、沙羅は視線を僕から逸らした。
僕も、あんなに簡単に寝返るとは思わなかったけど、そこはやっぱり自由だから。
「ともかく、自由の第一世界に行こう。どんなとこだろうね?」
「……楽しみなの?」
「少しね……。素敵な所だと良いなぁ……」
「アンタ、状況わかってないでしょ。私もよくわかってないけど」
「あはは……」
僕にだって、虚無がどれほどの脅威かはわからないし、アキューが追い払ってくれるなら万々歳だ。
僕らが恐れることが起こっているというのは考えにくいし、むしろこの白い空間をずっと行く方が不安に――
「あ――」
その時、視界に色がついた。
暗い暗い闇の色、それは夜の証。
宇宙ではなく、どこかの惑星の中だろう。
移動を止め、空中に停滞する。
上空で呼吸が苦しいとか、そんな事はもう考えなくとも平気だった。
「……これは」
「……凄いところ、ね」
圧巻、その一言に尽きる光景が広がっていた。
優しい緑色に光る山脈が広がり、空には水色に光る月が有って、星々は数多の色に煌めいている。
だけど、この星の空にあるのは月だけではなかった。
空に浮遊する大地がポツポツと浮かんでおり、雲に並んで移動している。
下は土の色、上は木々の黄緑色が柔らかく発光していた。
空は暗い闇だけで終わらず、地平線の向こうには灼熱の赤い光が銀河のように渦巻いて輝いている。
神秘的な空間だ。
自然に溢れ、優しい夜が世界を満たしている。
これが、自由の第一世界……。
「沙羅……っ!?」
隣の少女に声を掛けたところで、沙羅の体が薄く発光しているのに気付く。
この世界にある木々のように、緑なら緑、金色の髪を持つ彼女なら金色に光っていた。
「なによ……って瑞揶、なんか光ってるわよ?」
「沙羅も光ってるよ。なんだか妖精さんみたいっ」
「妖精って何よ。いいから、隠れ場所を探すわよ」
「はーいっ……」
静かに降下し、少し高めの場所から飛んで住めそうな場所を探した。
ここは山だし、洞窟なんかがあればいいなと空を2人でうろうろとする。
「瑞揶、あそこ見て」
「んー……?」
沙羅に呼ばれ、彼女が指差す方を見る。
木々を割いて岩の間にポッカリと穴の空いた場所があった。
洞窟だ、丁度僕らが通れるぐらいの大きさだろう。
雨風がしのげれば、それでいい。
「行こう、沙羅」
「ええ」
手を繋ぎ、2人で洞窟の中へと降りて行った。
穴の中には月光がないのに、矢張りほのかに土が光っていて視界が困るほどではなかった。
思ったよりも柔らかい土肌を踏み、奥へと進む。
「洞窟って、自然にできるのかなぁ?」
「知らないわよ。何かここを掘った生き物がいるって言いたいの?」
「うん……」
進みながら考える。
もしここに何か住んでたら、どうしよう。
話が通じればいいけどなぁ……。
「ま、何が出てきても私がやっつけてあげるわ。瑞揶はのんびり構えてればいいのよ」
「あはは、頼もしいなぁ……」
「頼もしいなら、頼りなさい。まったく……」
ため息を吐いて呆れる沙羅。
……そうだなぁ、普段はテレビ見てるだけの彼女にも、少しは働いてもらおう。
と、思っていた矢先のこと。
僕らは立ち止まり、目の前に広がる岩を見つめてキョトンとした。
「行き止まりね」
端的に沙羅が言うと、僕は短く頷く、
優しく光る土に道を閉ざされ、この先は進めないらしい。
「ここまで足跡とか生き物の通った痕跡もなかったし、物音一つしなかった。何も住んでないと思うわ」
「そ、そこまで見てたの?」
「当然でしょ?」
「…………」
さも当然と言うように言ってくるあたり、さすがは魔界の裏方で仕事をしてきた人だ。
沙羅には勝てないなぁ……。
「…………」
沙羅が無言で携帯を取り出し、すくにまた仕舞う。
時間を確認しただけのようだ。
「……まだ寝るには早いわね」
「え……寝るの?」
「そりゃ寝るわよ。今日一日、いろいろあり過ぎて疲れたわ」
「……確かに今までにないくらい濃密な1日だったね」
沙羅が捕まって、助けに行って、レリを蘇生し、ヤプタレアを出た。
そしたらアキューと戦って……知らない世界にやってきた。
僕が明日を生きられるかはわからない、だけど……そうだね、睡眠ぐらいはしっかり取りたい。
「寝ないにしても、とりあえず座りましょ。なんか敷くもん出しなさい」
「出すというより、作る、だね……」
沙羅に言われた通りに僕はビニールシートを作って2人で敷いた。
外で座るなら、ビニールシートだよね。
「……靴履いてくればよかったね?」
「今更言わないでよ……」
沙羅はガックリと項垂れてしまう。
リビングから出てきたから当然僕らは靴下で、沙羅はむくれながら土だらけのソックスを脱いでいる。
地面がぬかるんでなかったから踏み心地が悪かったわけじゃないけど、汚れるのは嫌だしね。
「…………」
じーっと、ソックスを脱いでいる沙羅が僕を見てくる。
わざわざ足を伸ばしてゆっくりと脱いで、そこにある意図が読めない。
「……ねぇ、瑞揶」
「うん」
「私、今着てるの制服なのよ?」
「うん……」
「こんなにスカート短いのよ?」
「そうだね?」
「……なんでパンツに目がいかないの?」
「そ、そう言われても……」
「……はぁーっ」
大きくため息を吐いて呆れる沙羅はさっさとソックスを脱いでビニールシートに寝そべり、ふてくされてしまった。
どうしてそんなことで怒るかなぁ……。
「沙羅、寝ちゃうの?」
「そうするわ。どうせすることもないし、瑞揶は甲斐性なしだしね」
「甲斐性なし……。確かにそうだけどなぁ……」
と、そう呟いた時には既に沙羅は寝息を立てていた。
寝るのが早いし、枕も敷き布団も無いと風邪を引いてしまう。
「やれやれ……」
肩を竦めながらも、いつも通り気丈な沙羅の姿に安堵する。
彼女のために掛け布団を創造し、枕もそっと頭の下に入れて、僕は立ち上がった。
柔らかく、少し冷たい土肌を踏んで再び外に出る。
綺麗な星、それに月。
浮遊する島々、この幻想的な風景は言葉に言い表せない。
ただ、僕が凄いと思えた。
僕の視覚からなる感性は愛ちゃんのせいで抑えられてるはずなのに、それでも凄いと思えたこの光景。
世界が違えば、こんなこともあるんだなって、しみじみと痛感した。
「――結界」
そして、この夜空に結界を張り巡らせる。
この惑星に誰かが来たら、それを感知する結界。
もちろん、結界を張っていればこの世界に来た人が僕の存在を感知するけど、居場所までは知られないだろうから逃げればいい。
沙羅を、最愛の人を巻き込んでしまった。
だから、どうしても守りたい。
そして、2人で一緒に生きていきたいと思う。
星に願いを込めて、僕は空を見上げ続けた。
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