連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第一話

 わかっていたことだ、自由律司神が僕らを待ち構えていることは。
 これだけの事を起こして僕らが逃げれば、全てが無駄になるんだから。

「……きゅーくん」

 緊張感が走る中、目前の男のあだ名を呼ぶ。
 刹那、僕の左頬を何かがかすった。
 頰に手を当てると、ヌメリと血が垂れてくる。

「貴様風情が、そのあだ名で呼ぶな。次呼べば即、殺す」
「…………」

 射抜くような視線が僕に向けられる。
 殺そうと思えばすぐに殺せるという警告にも聞こえた。
 ……怖い、な。

「……自由律司神様が、僕達に何か用ですか?」
「……そう畏まって呼ばれるのも腹が立つ。アキューと呼べ。さんも様もいらぬ」
「……。……アキューは、僕達に何の用なの?」

 わざわざ言い直して尋ねると、彼は腰に手を当ててこう答えた。

「ふむ……君は、君をその体に入れた女、セイを知っているかな?」
「……死神?」

 僕の魂をどうこうしたのはあの死神に他ならないだろう。
 僕の呟きに、彼は頷く。

「君の言うところでは死神だろうな。僕は彼女に用がある。あの女は各世界で問題を起こし、こちらとしては早く捕らえて殺したいんだ……。しかし、尻尾を出さないもんでね。そこで、君を殺してみようというわけさ、響川瑞揶くん?」

 アキューの言うことはよくわかる。
 僕を不幸な目に合わせた死神の事だ、いろんな世界で僕のようなことをしているのはわかる。
 しかし、それで僕を殺すというのはまた別の話じゃないのか?
 それに……

「なんで今になって……もっと早く、僕を始末できたんじゃないの?」
「別にすぐセイを捕まえる必要もないんだ。君の事を監視しているだろうからね。それと、正当な理由もなく殺すのはよろしくないだろう? 君が僕の気分を害した……自由を冠むるこの僕の気をね」
「君の気を害した覚えなんてない!」
「君がそう思っているだけで、僕にはあるんだよ。自分と同じ体を持つ生き物が、恋愛なんていううつつを抜かしたママゴトをしているのがね」
「…………」

 直感的に感じ取った。
 コイツは狂っている。
 僕が恋愛をして、嫉妬しているだけなのか?
 だとしたら、そんなの八つ当たりだ。
 神様がすることじゃない。

「自由、長い……」

 突如、儚い声が響いた。
 どこから――そう思って探すと、白髪の少女が1人、アキューの隣に立っていた。
 いつの間に――いや、ずっと居たのだろうか?

「虚無、君は下がっててくれ。響川瑞揶とは一騎打ちがしたい」
「……自分から……呼んだくせに……」
「そうだが、本丸はセイだろう? 前哨戦が必要なほど君の腕は鈍ってないはずだが?」
「……めんどくさい男。……勝手にして……」

 フィンと高い音と共に虚無と呼ばれた少女が消える。
 なんだったのだろう……?

「……さて。覚悟はいいな、響川瑞揶? 君はここで討つ」
「……僕の何が君の気を害したのかは知らないし、戦うつもりもない少なくとも事情を聞かないと、僕は何もしないよ」
「ならさっさと死ぬんだなぁ!!!」
「ッ――」

 アキューはその手に刀を顕現させ、目にも留まらぬ速さで迫ってきた。
 速い、しかし手に負えないほどではない。
 僕も手に刀を生み出し、構える。

「待って」

 しかし、沙羅の制止の声が耳に入り、後ろに下がる。
 直後に落ちてきたアキューの斬撃は、沙羅の刀が受け止めた。
 彼女も制服姿からピンクの着物姿に変わり、羽衣を身に纏っている。

 力は互角と言えた。
 ギリリと刀の擦れる音が耳に痛い。

「なによ神様、アンタの力はこんなもん?」
「まさか。君たちに合わせてあげないと、久々の戦闘も……楽しめないだろう!!」
「グッ――!?」

 刀を振り切られ、沙羅が宙に飛ぶ。
 くるくると回って衝撃を流し、上空に停滞した。

 目前にいる少年はニタニタと笑い、片手で刀を持って空いた手を肩の高さに持ち上げた。

「いいかい、響川瑞揶? 君が戦わなければあの女も殺すんだ。ほら、君に戦う理由がないなら作ればいいだろう? なぁ、どうするんだい?」
「殺させないよ……。僕も死なない。僕達は新しい世界で、2人で暮らすんだから」

 言いながら刀を構える。
 重たい、こんなものを振るえるのかと疑念がよぎる。
 しかし、そんなものは能力でなんとでもなる。
 体と刀を紙のように軽くし、どんな動きも目で捉えられるように身体能力をいじる。

 おそらく、この人からは逃げられない。
 戦わないと……いけない……。

「……沙羅、逃げてて。僕がこの人を倒す」
「ハッ! 口は達者だなぁ……少年!!!」
「やぁっ!!」

 刀がぶつかり合う。
 激しい鉄の唸りは腕を震わせ、全身の毛が逆立つ。

「貴様、刀を振るうのは初めてだったか?」
「ッ……」
「図星か。そんなことで僕に勝とうなんて――」

 拮抗する刀の力が緩み、前のめりに倒れそうになる。
 彼は刀を引いたのだ。
 そんなことをすれば切られてしまうだろうに――などという心配は杞憂だ。
 刀で切れる範囲など1人分に過ぎない、彼は1歩横に飛んだのだ。

 引かれた刀が槍のごとく突きを放ってくる。
 当たれば腹部を貫くだろう。
 しかし、目で追えればその攻撃は避けれる。

(飛べ!!)

 自身にそう命ずると、僕の体は後方に吹き飛んだ。

(身体能力強化、筋力増強――)

 さらに体への命令を追加する。
 身体能力を底上げし、転げる体を着地させて後ずさりする。

「そらっ!!」
「わっ!?」

 しかし、前を見れば既にアキューが斬りかかっている体勢。
 咄嗟に刀を振るって弾き、重ねて攻撃してくる連撃を身を引き、バックステップ、弾いて凌ぐ。

「どうした! 防戦一方か!?」
「……変だ」
「む?」

 ギンッ!!
 鋭い音を立てて互いの刀が弾き合い、僕は改まって距離を取る。

「変? 何が変だと言うんだ?」
「アキュー。なんで【確立結果】を使わないの?」
「……むぅ?」

 彼は笑ったまま首を傾げる。
 どういうことだ、何を企んでいる……?

「律司神の持つ最強の力を使えば、そのうち決着は着くはずだ。それに、僕達の体だけが持つ、自由律司神固有の能力も……」

 そう、最強の力があるんだ。
 その能力を彼は使っていない。

「お互い無事では済まないかもしれない。けど君には予備の体が……クローンが幾らでもいる。永久に治らない傷を負っても構わないはずだ。なのに、何故……?」
「……君はつまらないな」

 彼の音程からは不愉快の文字が感じ取れた。
 遊びの笑みは消え、彼の口はへの字に歪む。

「君は僕の言葉を聞いていたかい? 戦いを楽しもうと言ったんだ。なのにそんなに先急いで……。君はそんなに急ぐのかい? 寿命のない体を持ち、これ以上何を求める? この先にある退屈を癒す娯楽を、すぐに終わらせてどうするというんだ? ……といっても、今のは生きた者が語れる言葉だ。君が本気を出して欲しいと言うならば、少し本気になろう……」

 彼は言い終えると同時に両手を広げた。
 別に僕は急いでいないし、沙羅と永遠に生きれば退屈だってない。
 だが、この人が退屈に飽きていることはわかった。
 だとしても――ここで僕は勝つ。
 勝たなくてはならない――沙羅のために――。

「044527……7551269……」
「……? 一体何を……ッ!?」

 数字を紡ぎ出す彼の口。
 気がつくと、白い空間だった場所は摩天楼立ち並ぶ夜の街に変化していた。

「……何をするつもりさ?」
「9713448……なに、すぐにわかる」

 唱え終えたのだろうか、彼はふうっと息を吐く。
 刹那――

 ボゴンッ!!!

 ゴゴゴゴゴゴッ!!!

「……なっ!?」

 ビルの群れが宙に浮いた。
 大きく鋭い杭を持ったまま、土塊を纏いながらビル達が空を浮遊する。

「――【絶対の1/確立結果】」

 アキューの呟く言葉とともに、ビルは雨となって僕に降り注いだ。

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