連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第十六話

 自動ドアで入れた城内は、どこかのホテルのように広いエントランスが目に付いた。
 僕を見つけたスーツに身を包んだ男性が1人、ニコニコと笑顔を浮かべて僕に近寄ってくる。
 案内役の人だなぁと思いながら、僕も笑顔で返した。

「こんにちはジェントルマン。よろしければ御用件をお承りしますが……?」
「サイファルを取り戻しに来ました。あと、魔王様かな? その人にお話があります」
「…………? 君はここに迷い込んだのかな?」
「そんなことはないですよ? ちゃんと此処に来た、侵入者・・・です」
「……左様で」

 すると案内役の人はカウンターの方に何か目配せをした。
 カウンターに居る女性は頷いて何かしているようだったが、僕は気にしなかった。

 僕は【確立結果】であらゆる無効化すら効かないようにした。
 何が来ても僕は怖くない――。

「どいてくださいね」
「…………ッ」

 案内役の人の横をすり抜け、僕は奥へと入って行く。
 刹那――廊下の向こう、天井の端から3つの監視カメラがこちらを向いた。

「……ん?」

 3つの監視カメラの横に白いパイプのようなものが両脇に現れる。
 合計6つのパイプからは――紫色の光線が放たれた。

「……綺麗だね」

 笑って感想を呟くと同時に光線は空中で停止し、監視カメラへと跳ね返る。
 黒煙と轟音を纏いて爆発するも、僕は迷わず前を進んだ。

 割れる電灯、暗くなる視界は携帯のライトでしのぐ。
 咄嗟に現れる刀を持った魔人たちは速やかに眠らせた。

「階段……めんどくさいなぁ」

 地下に降りたいけど、階段まで降りるのが億劫だった。
 僕は透化するよう念じ、地下へと降りる。

 地下まではまだ警備員さんたちが来てないのか、人は居なかった。
 しかし、ここは薄暗くて1階の高級ホテルのような内装とは段違いだ。
 否、それもそのはず。
 この場所には、鉄格子しか無いのだから。

「沙羅〜っ、どこ〜?」

 カツンカツンと冷たそうな鉄の床を歩き、沙羅を探す。
 鉄格子の中にはおじさんや若者、髪がお化けのように長い女性など、たくさんの人がいた。
 此処は魔城だし、とても危険な人が入れられてるんだろうなぁと思いながらてくてくと歩いていた。

「遅いわよ……」

 と、少し怒ったような声を聞いて足を止める。
 聞きなれた愛しい声に導かれ、僕は1つの鉄格子の前に立った。

「……早く開けなさいよ。ここクサいし、さっさと出たいわ」

 文句を言いながらガシガシと鉄格子を揺らす沙羅。
 その後ろに落ちてるお菓子の箱は見なかったことにしよう。

「よいしょっと」

 鉄格子を掴み、そのまま押し広げていく。
 普通に考えれば、非力な僕だとビクともしない。
 だけど、超能力を使えばこんなものはこんにゃくみたいなものだ。

 鉄格子を捻じ曲げてスペースを作り、沙羅を引っ張り上げる。

「……もっと劇的な救出劇を期待してたわ」
「じゃあ今から魔王様やっつける?」
「それもいいけど、面倒ね。……まぁ、一応――」

 不意に、沙羅の唇が僕の口をふさいだ。
 救出後のキス――といっても劇的じゃないけど、甘いものだった。
 一度唇を離し、また僕からキスを。
 交互に何回か繰り返してコツンとおでこを当てあい、笑う。
 家ではよくやる、僕たちのキス。

「……沙羅」

 鼻先がつくほど近い距離にいる彼女の名を呟く。
 手を取り合い、結んだ指を強く握って再会を喜んだ。

「……愛してる。離れてた数時間の間でさえ、沙羅が恋しかったよ……」
「ふふふっ、嬉しいこと言ってくれるわね。もっと好きになっちゃうわ……」
「家に着いたら、いっぱいぎゅーってするからね」
「……ええ」

 笑い合い、優しく抱きしめ合う。
 沙羅の柔肌に食い込む指先、彼女の感触が愛おしい。

 だが、その抱擁も長くは続かなかった。

「沙羅……」
「わかってるわ」

 前後の通路から無数の気配を感じる。
 囲まれている――といっても、僕がいれば関係ない。

「どうやって出る?」
「城をブッ壊すのはどうかしら?」
「それ、ニュースになっちゃうよ……」

 呆れながらに告げると沙羅はむぅーっと膨れた。
 既にニュースになりそうな問題を起こしてるけど、沙羅が関わっているから表沙汰にはならないはず。
 大問題にはできない――。

 この体は自由律司神のもの。
 この体で大事を起こしていれば僕は殺されるかもしれない。
 最後の最後で、それはダメだ。
 だから、なるべく穏便にね……。

「転移で一気に行くよ、沙羅」
「はーいっ」

 沙羅は僕の腕に抱きついた。
 嬉しさから微笑みあって、僕らはそのまま転移を果たした――。



「――へぇ、やっぱりお城なんだ」

 転移後の場所は、所謂いわゆる玉座の間というところだろう。
 天蓋から射す赤い光が金の玉座を輝かせる。
 そこに座るは黒い着物を着た大男。
 髪は逆立ち、手の太さから筋肉質であることがよくわかる。
 はめられた腕輪や肩章、宝石のついた王冠は魔の王である証だろう。

 彼の両脇には同じような格好で、上に長く伸びた帽子を被る男女が6人目に映った。
 その中の1人には、ナエトくんもいる。

 僕たちが転移してきたのは玉座から続く赤い絨毯の上、後ろには数人の兵士が居て、カーペットの周りには数えるのも面倒なほどの兵が整然と並んでいた。

 四面楚歌な状況と言っていいだろう。
 しかし、恐怖は微塵も感じない――。

「こんにちは」

 いつもの、明るい声調で挨拶を投げかける。
 呆れて口を大きく開いた魔王さんとその後ろにいる王子たちは動けずにいて、兵士だけが僕たちに得物を構える。

「……貴方、は?」

 魔王さんが僕を見て、恐れながらも口を動かした。
 貴方と言ったのは、過去にきゅーくんと会ったことがあるからなのだろう。
 僕の姿は、自由律司神と瓜二つなのだから。

「……僕は、自由律司神のクローンです。すみませんが、少しお時間を頂けますか?」
「クローン……よい。皆、下がれ」

 魔王さんは応対してくれるようで、武器を構えた兵たちを下がらせる。
 助かった、かな……。

「お父様! こんな奴らの言うことに聞く耳を持つ必要はありません! あそこにいるのはサイファルですよ!!?」

 と思ったら、急にナエトくんが声を上げた。
 苛立った彼の声に、魔王さんがため息を吐く。

「黙れナムラ。死にたいのか?」
「……はっ、それはどういう意味で?」
「貴様はまだ、自由律司神の強さを知らない。彼は魔界を指先1つで消滅できるのだぞ?」
「瑞揶が……彼がそんなことできるわけない!」
「……なんでもいいけど、早くしてくれないかな?」

 2人が口論を始めるのも嫌で、僕は口を挟んだ。
 腕に引っ付いた沙羅の頭を撫でながら、辺りを見渡す。
 ……40人ぐらい? いや、もっと兵士さんはいるかな。

「僕はこの場にいる全員を殺しても構わないんですよ? 沙羅を誘拐したお前達を殺すのに、僕は躊躇しない。話があるんだから、早くしてよ――」

 冷静な目線で魔王さんに告げる。
 正直に言えば、思いっきり嘘だ。
 この場で全員殺せば大問題なのは間違いないもの。
 だけど、魔王さんからすれば僕の事情なんてわからない。
 僕の気迫や危害を感じ取れないなら、信じるしかないはずだ。

「……ナムラ。貴様はもう喋るな。これは王の命令だ」

 数秒置いて、魔王さんがナエトくんに指示を下す。
 ナエトくんは歯噛みをし、悔しそうにしながらも言葉を発しなかった。

 さて、会談だ――。
 言うことは少ないけど、やる事はある。

 ナエトくん、僕はここで――



 生き返らせるからね――。

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