連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第十二話

 外に出て行った瑞揶がやられ、家の中は重苦しい空気で満ちていた。
 家の中は安全――とはいえ、瑞揶の能力はそのうち効かなくなるのは承知している。
 家の中に籠城というのは上策ではない。

「ま、付箋があれば安心かしらね」

 リビングに1つの声が木霊する。
 ソファーに寝そべりながら人差し指に貼った転移付箋を、沙羅は悲しげに見つめていた。

(死んでも生き返るからいいものの――)

 瑞揶がまた殺されてしまった。
 その事実が恋人として彼女の心をグチャグチャにかき回し、もどかしくさせている。

 真っ向から立ち向かって勝てる相手じゃない。
 そんなことはわかっているのに今すぐ飛び出したいぐらいだ。

 私のせいなのか――。
 私が地上に出て来なければ姉さんや瑞揶が痛い目にあったりしなかったのか――。

 彼女の脳内で負の感情がぐるぐると巡る。
 しかし外に出ても仕方ない以上、何もしない他なかった。

「さーちゃん、これからどうする?」

 そわそわした瀬羅が沙羅の顔を覗き込む。
 沙羅は細目を作って口を尖らせた。

「ここは姉さんが策を考えるところでしょ? 2年も私より年食ってるのに、妹を頼ってどーすんの」
「ご、ごめんなさい……。でも、どうしたらいいのか、本当にわからないんだもん」
「……そうね、どうしたものかしら。このまま籠城していてもいつかは結界も割れる。迎撃は困難、状況は最悪ね」

 沙羅は端的に現状を述べ、かったるそうに起き上がった。
 かと言ってやる事もなく、彼女はぼんやりと携帯に手を掛ける。
 警察を呼べばなんとかしてくれる、なんて風に問題を丸投げしようとした。
 しかし、警察が対処できる問題か……。

「……はぁ」

 結局、携帯は置いて沙羅はまた寝そべった。
 彼女の顔にどうしようという迷いはあれど、不安はなかった。
 それは姉の瀬羅も同じである。

(――まぁ、最後には瑞揶がなんとかしてくれるでしょう)

 胸の中にはそんな期待がある。
 2人は死ぬ気がない。
 死んでも死んだままでいる気もない。
 瑞揶はみんなの居る平穏を望むため、誰かが欠ける事は望まないから――。
 欠けたピースは元に戻してくれる、そう信じてるから慌てることもあまりないのだった。

(――沙羅)

「――え?」


 脳内に聞こえた声に、沙羅はガバッと起き上がった。
 姉の瀬羅はビクリとして沙羅を見るも、沙羅の驚きようがわからず様子を見る。

「――瑞揶?」

 緊迫しきった顔で沙羅が呟く。
 瀬羅にはその言葉だけで表情が硬くなる。

(ごめん、ちょっと相談があるんだ。瀬羅にも悟られずに話したい。頭の中で会話できるから声には出さないで)
(……わかったわ)

 これがテレパシーというやつだと、沙羅は今気付いた。
 超能力の有り触れる現代でも、彼女が身を以てテラパシーを体験するのは初めてのことだった。

(ていうか、生き返るのはやくない?)
(死んでられる状況でもないからさ、体の修復をあらかじめ早めておいた。家の方は壊されないようにしてあるから心配しないで。前みたいに内側からどうこうされない限り、絶対大丈夫)
(本当に? アイツは魔王の嫡男よ?)
(絶対に大丈夫。【確立結果】で守ってるから)
(……【確立結果】?)

 聞き慣れぬ単語に沙羅は首をかしげる。
 一方テレパシーを送っている瑞揶は、猫にしてしまった毒を盛っていた王血影隊ベスギュリオス達を撫でながら沙羅にテレパシーを送る。

(律司神の力、だよ。律司神の持つ最も強力な3つの絶対的な力。その1つが【確立結果】で、あるものを【確定】と決めたらそれを変更することができなくなる。ただ、それよりも自由律司神の“自由”の力が強力で、これも使ってるんだけどね)
(ふーん……って、レリが生き返らないのはそういうことなのね?)
(たぶんね。ただ、死ぬというのは奥深すぎる。魂を復活させて器を用意すれば擬似的な復活ができるんだ)
(じゃあそうしなさいよ!)
(え、えっとね? その前に、沙羅と話したい事があって――)

「…………」

 沙羅は黙って瑞揶の話を聞き、瀬羅はその様子を神妙な顔つきで眺めていた。
 沙羅が何を考えているのか、瑞揶と話してるのか、気になりつつも沙羅の顔は真剣で声をかけられなかった。

(……いいわ。瑞揶が本当にそれでいいなら、私は貴方について行く)
(……いいの、沙羅? 僕から言っておいてなんだけど、大変でしょ?)
(別に。瑞揶と一緒に居られるなら、私は何でもいいのよ。誰にも傷ついて欲しくない貴方の優しさ、私には伝わったわ)
(……ありがとう)

 心からの感謝のこもった声に、沙羅は思わずニヤける。
 瀬羅は不振に見つめるも、沙羅は気づかなかった。

(……ま、向こうにシナリオがあるように、こっちにもシナリオがあるって事ね。お姫様の気分を味わうのも悪くないわ)
(そう? ならいいけどなー……)
(たまにはカッコいいとこ見せなさい)
(……あはは。頑張るよ)

 瑞揶の苦笑を思い浮かべながら、沙羅は立ち上がった。
 瀬羅が不振に思って沙羅に尋ねる。

「さーちゃん……どこに行くの?」
「捕まってくるわ」
「えっ!?」

 とんでもない発言に瀬羅は驚愕し、急いで沙羅の肩を掴んだ。

「さーちゃん、正気!?」
「正気よ。心配しなくても、瑞揶がなんとかしてくれるわ。後で瑞揶から説明あるから、それを聞きなさい」
「で、でも……!」
「良いのよ。姉さんにも迷惑は掛けられない。アンタはここにいりゃいいの」
「…………」

 あからさまに瀬羅は悄然とした。
 自分の家族に役立てない自分が悔しいのだ。
 しかし、沙羅はかえってため息をつく。

「あのねぇ、今回の事は私と瑞揶の事よ。瀬羅がどうこう思う必要はないわ」
「けどっ……私だって、何かしたい……!」
「それで無理して死んでんでしょ? そんなの許さないわ」
「…………」

 瀬羅は何も言えず、ズルリと沙羅の肩から手を下げて俯いた。
 自分はかつて一度死んでいて、瑞揶が居なければ生き返ることはなかった。
 だからこそ今、沙羅は釘を刺しているのだ。

「さーちゃん……ごめんね。私、役立たなくて……」
「気にすることないわよ。瑞揶と私でなんとかする。なんとか、ね……」
「……?」

 沙羅は一瞬だけ寂しそうに顔をしかめ、それを瀬羅は感じ取った。
 しかし、沙羅はなんでもないように笑う。

「ま、あとは瑞揶から説明を聞きなさい」
「うん……。最後にさ、さーちゃん」
「……うん?」
「ちゃんと、帰ってきてね?」
「…………」

 沙羅は口を噤んだ。
 しかし、ニヤリと笑い、安心させるように言葉を返す。

「ええ、私は帰ってくるわ。ここが私の家だもの」
「……なら、いってらっしゃい」
「行ってきます」

 沙羅は微笑んで告げると、踵を返してまっすぐに玄関へと歩いて行った。
 その手が強く握りしめられていることに、瀬羅が気付く事はなく――。







 ガチャリと玄関を開けると、真っ先に砲撃が飛んできた。
 赤色の禍々しく光った砲撃は玄関の扉に当たるも、何も壊すことなく消え去る。

「うわっ、あぶなっ」

 思わず飛び避けて呟いてしまう。
 全然気付かなかったけど、外は攻撃バンバン浴びせてきてたのよね。
 家が平和過ぎて気付かなかったわ。

 ま、ともあれ攻撃を止めさせなければいけない。
 私は玄関から空に向けて手をかざし、桃色の魔力弾を放った。

「!?」
「なんだ!?」
「全員手を止めろ! 警戒して待機!」

 驚嘆の声とナエトの指示が聞こえる。
 なんだ、リーダーシップあるんじゃない、なんて今更なことを考えてしまう。
 そんなことはどうでもいいし、私は外に出るとしよう。

 一歩踏み出す。
 ああ、やっぱりちょっと怖いなって思う。

 二歩目を踏み出す。
 覚悟はまだ決まらない、本当に瑞揶が能力を使っていてくれるのか不安だ。

 三歩目を踏み出す。
 それでもやはり愛する人を信じよう。
 彼との信頼を胸に、私は怯える物など無い。

「――ナエト」

 敵対する男の名を呟く。
 家から出た私を彼は睨みつけ、今すぐにでも飛びかかってきそうだった。
 奴らは全員、空に飛んでいる。
 わざわざ私に近付いてくる奴もいなかった。

「……出てきたか」
「見りゃわかることを言わなくたっていいのよ。それより、何かしら? 家の外が煩くて学校にも行けないんだけど? 近隣の人が通報してるだろうし、さっさと逃げたら?」
「……相変わらず、いちいちムカつく物言いを!」

 ナエトが黒い魔力弾を放ってくる。
 弾道はまっすぐ私、そんなもん当たるわけもないが、あえて避けることをしなかった。

 魔力弾は私に当たる直前に、黒い霧となって消滅する。
 ナエトの感嘆の声が聞こえたけど、私としてはこれで結構だ。

(瑞揶の能力、ちゃんと発動してるわね)

 効果を確認して私は1つ頷く。
 瑞揶が私に施した能力は2つで、1つはあらゆる攻撃を無効にするというもの。
 もう1つは性的な意図で触れられないというもの……らしい。
 らしいというのは、私自身効果の確証がなかったから。
 どちらも【確立結果】を使ってるらしいけど、言われただけじゃ絵に描いた餅だろう。

 しかし、能力が発動してるなら安心だ。
 万が一戦闘になっても、この場で全員殺せる――。

(沙羅ぁ〜っ、そんなこと考えたら怒るよー?)
(人の思考を読むんじゃないわよ!)
(えっ? ご、ごめんなさい……) 

 いきなり脳に届いたテラパシーに向けて怒鳴りつける。
 さっきの私の思考、全部瑞揶に伝わったかしら?
 まぁ今更恥ずかしいなんて思わないけど。

 ともあれ、今は目の前の奴に集中ね。

「私を捕まえに来たんでしょう? 結構よ。私が捕まればもう誰かが傷つく事が無いなら、捕まってあげるわ」
「……? サイファル、何を言っている。お前がそんなに物分りがいいはずがない。見え透いた罠にハマるほど僕は愚かじゃないぞ!」
「瑞揶がぶっ刺された。あんな姿は、見たくない……それだけよ。好きな人を想う気持ちはアンタにもわかるでしょう?」
「…………。どちらにしても、僕が貴様を捕らえなければならないのは変わらないか。おい、端の3人でサイファルを捕らえろ」

 ナエトに指示を受けた王血影隊ベスギュリオスの3人が私を捕まえに来た。
 魔法が使えなくなるという手錠を私に掛け、手を引かれるままに移動する。

「……行くぞ」

 ナエトが転移付箋を取り出し、転移した。
 次々と仲間の王血影隊ベスギュリオス達も転移し、私も転移する。

(……瑞揶)

 最後に少年の事を思う。
 大丈夫、アイツはやるときはやる男だ。
 そう信じよう――。

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