連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第六話

 槍が砕け散り、両手が空いた。
 右手に残るパラパラとした感覚だけが残り戦いの終わりを感じた。

終撃センジェ】を撃ったことで目の前には黒煙が広まっている。
 一応手は抜いたが、大爆発を直に受けたはず。
 ただでは済んでいないであろうが――

「――しぶといわね」

 黒煙が薄れ、ナエトの姿が現れる。
 右腕の袖部分は消え去り、頭からは血が流れて右目に垂れている。
 しかし、損傷はその程度だ。

「――フゥ……フゥ……」
「もう諦めたら? 平和に生きてた王子が私に勝とうなんて無理なのよ」
「そうは……フゥ……いかない……」
「……そ。なら戦闘不能になるまでボコボコにしてあげるわ」

 手を抜いたのが間違いだったと後悔する。
 もう面倒くさいから倒してあげよう。
 むしろ、今気がかりなのは――。

「……姉さん、帰ってこないわね」

 ポツリと呟く。
 これだけ時間が経っても瀬羅は帰ってこない。
 上空とはいえ、この街で広範囲の結界を張っているのだ。
 これだけ広い範囲に異常を感じて私の結界に気付くはず。
 そうすればナエトを倒すのは楽になるのに――。

「……フッ、姉を待っているのか」
「……あん?」

 私の呟きが聞こえたのか、ナエトが鼻で笑って返した。
 しかしおかしい。
 彼に、瀬羅の存在を教えていたかしら――?

「それなら無駄さ。アイツは、帰ってこない――」
「……なんですって?」
「奴は……僕が殺したからな」
「――――」

 言葉を失った。
 いや、嘘だ、ハッタリだとしか思えない。
 私相手に苦戦している奴が、私とほぼ同等の力を持つ姉さんに勝てるはずがない。
 それはわかっている。
 だから余裕を持って、笑って返した。

「どういうことかしら?」
「どういうことも……なにもない。アイツは……レリを殺した……」
「なんですって……?」

 驚いた。
 どうして姉さんがレリを――。

「教えてやる……。お前の姉の、最後をな……」

 そしてナエトは語り出した――。







 ドサリ、と落とされたのはレリの死体だった。
 ただの死体ならば良かった。
 しかし、身体中に穴を開けられ、頭も貫通して絶命している。

「レリ――!!!」

 僕は彼女だった物に駆け寄り、抱きしめた。
 おかしい――こんな事になるはずじゃなかった。
 なんでレリが死ななければならない。
 こんな事で、何故――。

「貴方の探していた物はソレだったみたいね」
「……誰だ?」

 涙の出る顔で辺りを見渡す。
 誰もいなかったが、空からゆっくりと降りてくる人影が見えた。
 黄緑色のセミロング、同色の着物に身を包んだ1人の女だ。
 2本のアホ毛がサイファルを思い起こさせる。

「初めまして、第五王子殿。私は響川瀬羅です」
「……響川?」

 それは瑞揶と同じ苗字だった。
 瑞揶の家に行ったのはサイファルだけではなかったのか――!

「妹を傷付け、瑞揶くんをも苦しめるため排除しました。ご了承ください」
「何が排除だ!! こんな姿にして……貴様は、貴様は許さない!!!」
「ならば戦いを。私も、家族を傷つける奴らは許さない!!」

 お互いに武装を展開する。
 刀と着物だけに大袈裟ではあるが、これが魔人の武装だ。

「うぉぉおおおおおお!!!!」
「はぁっ!!」

 互いに刀を振るい、衝撃波と共に生み出された黒い魔力がぶつかり合う。
 木々を飲み込み視界を覆うも、連ねて僕は刀を振るった。

「うぉおおおお!!!」

  力任せに刀を薙いだ。
 豪風と魔力の塊が一体となり、重ねて目の前を振り払う。

「何をしているのですか?」
「ッ――!?」

 不意に背後から聞こえた声に、咄嗟になって刀を振るう。
 背後に持っていった刀は空を斬り、代わりに右足に斬撃を受ける。

「なっ――!?」
「遅い。加えて攻撃も単調。そんな事で私に勝てるなどとお思いなさらないでください」
「グッ……舐めたことを――!」

 パックリと裂けて血の吹き出る足に即座に回復魔法をかけて止血する。
 隙を見せているのに攻撃してこないとは、つくづく舐められている。
 それがまた怒りを掻き立てた。

 しかし、なんとかこの間に冷静さを取り戻した。
 落ち着け、相手は戦闘が極端に強いと自分に言い聞かせる。
 近接戦は勝ち目が皆無、ならば遠距離からの砲撃で倒すしかない。

「くっ……」
「……あらら、どこに行くのですか?」

 僕は跳躍し、そのまま魔法で飛行する。
 彼女も追ってくるが、黒い砲撃で牽制する。
 当たらない――全て紙一重に避けられる。
 しかし、スピードに差はない。
 このまま遠距離戦に持ち込む!

「……魔弾の撃ち合いですか、王子様? 魔弾はね、先読みして当てるんだよ」

 響川の女もまた魔弾を手の内に作り出した。
 それも僕の砲撃を躱しながら――。
 彼女はニヤリと笑い、僕に向けて魔弾を弾く。

 速い――が、方向は今僕が居る軌道にある。
 上下に飛行すれば避けられる……僕は上に飛んだ。
 しかし――。

「なにっ!?」

 魔弾は僕の飛ぶ方向を予期したかのように上に曲がり、僕に迫った。
 避けている時間は最早ない、刀を振るって魔力の乗った衝撃波を打ち出す。

 目の前で爆発が起き、体をよろめかせる。
 クソッ、なんだって僕の動きを……!

「1発で終わりじゃないですよ」
「なっ――」

 その言葉が聞こえるや否や、空から黒い光の雨が降り注いだ――。





「この街から出て行ってください。そうすれば今回の事は見逃して差し上げます」

 紅葉の溜まった木にもたれかかる僕に向け、彼女は刀を向けながらそう宣言する。
 敗北、その2文字と、完敗、この2文字が交互に頭によぎる。
 こんな奴が世界にいて、魔界を支えていたなんて思いもよらなかった。

 満身創痍、この言葉が今の自身に当てはまる。
 本来なら必殺だったであろう光の雨は僕を貫くことはなかったが、出血させるには十分だった。
 きっとレリも、同じようにしてやられたのだろう。

「…………」
「まだ喋る力はあるでしょう。答えなさい。あと10秒以内に返事を返さなければ殺します。10……」
「ッ……」

 とことん腹の立つ奴だ。
 10秒で考えろ、だと?
 ふざけてる、コイツは僕に選択させる気なんて無いじゃないか。

「9……」

 もうここは降参するしか無いのだろうか。
 ここで諦めるべきなのだろうか。
 レリは、死んでしまったというのに――。
 …………。
 違う、諦めていいわけがない。
 僕は――。

「……死んでもお前を殺す!」
「……そうですか。では死――」
「【魔根の魔絶ギスティ・セルギース】!!」
「! その魔法は――!」

 魔王の直属でも稀の系統、魔根ギスティ
 その中でも最高威力を発揮する技の名を告げる。
 僕の体は黒い光に包まれ、闇は瞬く間に広がった。
 全てを飲み込む漆黒の黒、破壊の限りを尽くす最強の魔法。
 自身が中心に発動するため、どの程度広がったのかわからない。
 ただ、奴は確実に絶命したはずだ。
 僕と奴の距離は1m程度、あの至近距離で避けられるものではない。
 終わった。
 仇は取ったぞ、レリ――。

「……停止」

 ポツリと呟く。
 シュウウと音を立てて魔力の発散が起き、次に感じたのは浮遊感だった。
 体が落ちる、地面だった部分がえぐり取られたのだろう。
 僕は飛行魔法で降下した。
 それと同時に落下するものが目に付いた。

 黄緑色の着物を着た、手足と顔の無いモノだった。
 胴体は着物のおかげで残ったのだろう。
 どっちにしても血だらけで気味が悪い。
 僕は目を伏せて降りるのを止めた。

 終わりか――もう疲れた。
 しかし、もう1人殺さなきゃいけない奴がいる。

「……サイファル」

 アイツが居なければレリは律司神から命令を受けることもなかった。
 アイツが居なければレリが死ぬこともなかった。

 僕がレリとサイファル、瑞揶の事に口を挟む権利はないかもしれない。
 だけど、レリは僕にとって大切な存在だった。
 面倒で昼飯ばかりたかる奴だが、明るくて、僕を振り回す。
 そんな日々は奪われてしまったのだ。

 八つ当たり、それもいいだろう。
 前は瑞揶の声に惑わされた。
 たった一人の少女が幸せになる権利、それを奪う事をしていいわけがない。
 だが、もう既に死人が出ている。
 後戻りする事はないだろう――。

 寝不足で体力もなく、戦闘で幾つか消耗した。
 だけど――僕は立ち止まらない。

「……待っていろサイファル。待っていろ……」

 そして僕は山の下山を始めた。
 虚ろでまどろみを含んだ瞳で、クレーターの広がる地上を歩いて――。

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