連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第二十六話

 水曜日、木曜日と静かに過ごし、金曜日になる。
 この日から10月に入り、気候も秋らしくなって紅葉が見え始めていた。

「……ふにゃー」
「何を情けない声出してんのよ」
「……瀬羅が帰ってくるねぇ〜っ」
「……そうねー」

 学校を終えて僕達は即座に帰宅した。
 今は一緒にケーキを作っている。
 直径30cmぐらいのチョコレートケーキだけど、瀬羅ちゃんが居れば食べきれるだろう。

「帰ってくるのは7時ぐらいなんだから、気楽にしてればいいのよ。あの子もアンタみたいにホワッとしてるんだから、すぐ行く前に戻るわ」
「ホワッて……褒めてる?」
「微妙ね」
「……むーっ」

 うなると沙羅に生クリームのついた彼女の指を、口の中に突っ込まれる。
 甘い……でも喉が渇く。

 7時に帰ってくるというのは、沙羅が電話で聞いていた時間。
 今はまだ5時半にもなってなくて、ケーキのスポンジも生クリームもできてるから準備が早いぐらいだと思う。
 ケーキ以外に何かするなら……。

「お肉を焼こうかっ」
「妙案ね。照り焼きチキンでいきましょ」

 沙羅にも進言され、食べ物を追加するのでした。
 ……瀬羅は大食いキャラが定着しつつあるなぁ。
 頑張って食べてもらおーっ。

 というわけで、料理を多めに用意して、ご飯も炊いていました。
 炊事がある程度済んだら沙羅と2人でソファーに座り、ほのぼのと過ごして7時まで待つ。

 7時まであと少し、というところでインターホンの機械音がリビングに響いた。
 僕と沙羅はドタドタと玄関に向かい、扉を開く。

「ただいま、2人とも〜っ!」

 すると同時に、レディーススーツに身を包んだ瀬羅が僕達に抱きついてきた。
 セミロングの黄緑の髪も、優しそうな表情も、1ヶ月いても全然変わってない。

「瀬羅、おかえり……」
「姉さん、おかえりなさい」
「うぅ……寂しかったよぅ〜」

 ぎゅーっと力強く抱きしめられ、少しばかり苦しい。
 彼女の髪から匂うのは家のシャンプーではないオレンジのような香りだと気が付くと、1ヶ月離れてたんだなぁと感じさせられた。

「姉さん、そろそろ中に入りましょ……。寒いわ……」
「えっ? ……もう、さーちゃんはこんな時期でも短パン履いて……。風邪引いちゃうよ?」
「引かないわよ。あー寒いっ……」

 沙羅は瀬羅の抱擁から抜け出すと、そそくさと家の中に入って行った。
 僕も瀬羅に離され、改まって彼女に向き直る。

「さーちゃん、全然変わってないね?」

 ふふっと笑い、先に家に入った子の事を話される。
 僕も同感で、苦笑を返した。

「あはは……。人は1ヶ月やそこらで、簡単に変われないよ……」
「そう? 私は結構変わったよ?」
「姫様やってたんだよね? 環境が違い過ぎるや……」

 僕達は平民らしくほのぼの暮らしてるから、お姫様はどんな生活なのか想像もつかない。
 まぁ、その話は――。

「ここだと寒いし、中で話そ?」
「うんっ。いっぱい土産話があるんだからっ、今夜は寝かさないよっ!」
「あはは……話はほどほどにね」

 今夜の行き先が不安になるも、僕達は家の中に入った。

「……わぁーっ、ご馳走だぁ」

 リビングのテーブルを見て瀬羅が驚く。
 テーブルを埋め尽くすほど、というほどではないけど、多めに料理が作ってある。
 ケーキ、お肉類、あとは揚げ物とか、カロリーの気になるものが結構多かったりっ。
 しかし、今日は宴なのですっ!

「食べるよ食べるよっ!」
「そうよ!お 腹すいたんだからっ!」
「えと……き、着替えてきていい?」

 興奮する僕達を置いて、瀬羅ちゃんは気弱な様子で呟くのでした。

 瀬羅ちゃんが着替えてきた。
 鎖骨の見えるU字ネックの黄色いシャツに、ズボンは生活感のある黒いジャージを履いている。
 スーツ姿より、こういう普段着の方が僕達は見慣れてるから特に驚くでもなかった。

「それじゃあ、乾杯するよーっ! ふっふっふ、今日は炭酸ジュースなのですっ」
「瑞揶、炭酸で酔ったりしないでよ?」
「瑞揶くんはお茶の方が良いんじゃないかな……」
「……2人とも、にゃーだよーっ!!」

 2人は本気で心配そうな表情を浮かべてきた。
 僕は怒り、1.5L入ったサイダーの蓋を開けて飲み口を口に含む。
 そして、ぐいっとペットボトルを持ち上げた。

『!!?』

 豪快に飲みだす僕に2人は驚く。
 炭酸ぐらい飲めるのれす。
 ……炭酸ぐらいぃ。

 容器を4分の1ぐらい飲んだところで僕はペットボトルを口から離し、手に持った。
 …………。

「あははぁ、なんだか熱くなってきちゃったぁ〜」
「酔った!?」
「本当に酔った!?」

 なんか2人がうるさい。
 酔ってなんかいませんよ〜?
 ……あれ〜? 視界がぼやけてきたぁ〜。

「瑞揶、ソファーで寝てなさい」

 沙羅が抱きつくようにして僕を支えて言う。
 え〜、なんで寝るの〜?

「さーりゃー、僕は眠くないですよ〜っ」
「めっちゃなまってるじゃない……。ま、目を閉じなさいな」
「む〜っ……ねむくな……いぃ……」

 そこから先に言葉を紡ぐことなく、僕の意識は目を閉じると共に落ちていった。







 再び目を開けると、自室のベッドの上だった。
 暗い部屋で起きるのは久しぶりのことで、軽い驚きと共に時計を見る。
 9時をさしているけど、夜だから21時だろう。

「寝ちゃったかぁ……。無理はするものじゃないなぁ」

 炭酸を飲んで酔ったのを思い出す。
 炭酸にアルコールなんて無いからあんな酔い方しないはずなのに、なんでこうなるのか。
 折角お祝いするはずだったのに、寝てしまっては時間がもったいない。

 まだ21時、2人は起きてる時間だと推察し、僕は部屋を出てリビングへと戻って行く。

 案の定、部屋の電気は点いていた。
 なにやら話し声が聞こえ、入ろうかとして、瀬羅の声に僕は足を止める。

「瑞揶くんとは、今どんな感じなの?」

 それは僕と沙羅の関係についての問い。
 リビングに入る前に隠れ、リビングから漏れる光の横に静かに腰を下ろす。
 盗み聞きするのは悪い思ったけど、ちょっとしたデジャヴを思い出したから。

 霧代の言葉を盗み聞きしてしまって、僕達は破綻した。
 言葉を聞きたくはないけど、止めに行ける場面でもなかった。

「そうね〜……」

 言う言葉を選ぶ沙羅の声が聴こえる。
 なぜだか僕の胸は強く脈を打った。
 ドクン、ドクンと、高い音を。
 ――大丈夫、沙羅は――信頼している。
 ――大丈夫。

 僕は目を閉じ、沙羅の紡ぐ言葉を待った。
 リビングから、次の声が聞こえてくる――。

「そりゃラブラブよ。毎日キスするし、抱きしめ合うし、これ以上ないぐらい幸せね。ふふふっ……」
「さーちゃん、ニヤけてるよぅ……」
「仕方ないでしょ? あー、早く起きてこないかしらね。彼の顔が見れただけでも幸せなのに……」
「そ、そっかぁ……」

 瀬羅がつっかえ気味に言葉を返し、一度会話が止まる。

「…………」

 嬉しかった。
 沙羅は僕を裏切る素振りなんて微塵も見せていない。
 僕のいない所でもああ言ってくれる彼女が愛しくて、涙が出る……。

「まっ、瑞揶は私のよ。姉さんにも抱きつくぐらいなら許すけど、それで勘弁なさい」
「あはは……。私は私で、新しい恋を探すよ」
「ほぅ。ならこれで私は敵なしよ。瑞揶は私だけのもの……ふふ、なんていい響きなのかしら」
「さーちゃん、惚気のろけ過ぎだよ……」

 また姉妹で会話が始まると、僕は立ち上がった。
 沙羅は本当に僕を愛してくれてる。
 無邪気に、純粋に僕を好きでいてくれてる。
 それが確認できて、満足だ。

 リビングには行かない、きっと今行ったら聞き耳立ててたのがバレるから。
 嬉し涙で濡れた、こんな顔じゃあ――。

 胸の動悸が収まることはない。
 それでも、嬉しさから笑い、僕は眠りについた……。







「……行っちゃったね?」

 隣に座った瀬羅が私の顔を見ながら尋ねる。
 行っちゃった、それは瑞揶の事だろう。

「……気配でバレバレだってのよ。ほんと、バカなんだから」

 そう言って私はティーカップを掴み、紅茶を一口啜る。
 幼少の頃から戦線に立ってたのだから、気配ぐらいわかる。
 それをバレないとでも思って聞き耳立てるなど、愚の骨頂よ。
 からかうために話題を瑞揶の事に変えて、照れさせようと思っただけ。
 とはいえ、言ったことは全部本当だし、私も照れ臭いけど。

「いいなぁ、あんなに良い人が彼氏で」
「フッ。いくら羨んでも、抱きつくまでしか許さないわ。頼りないところもあるけど、優しくて可愛くて、瑞揶は本当に良い奴よ」
「家族としても、ね?」
「違いないわね」

 私達で洗ってしまったご馳走の乗っていた食器達、彼はきっと毎日洗っている。
 家事は全て瑞揶がやってるんだから、当然だけど。
 家族……いや、なんか家政婦みたいね。

「ま、将来響川家の家事は全部私がやるけどね」

 カチャッとティーカップを皿に置いて呟く。
 私の言葉に、瀬羅は小首を傾げた。

「えーっ? なんでー?」
「私が瑞揶の嫁になるのよ? あっ、当たり前でしょ?」
「……わーっ、なんか私まで照れちゃう」

 顔を赤らめてそっぽを向く瀬羅。
 言った後から私も照れ臭くなったわ。
 ……まぁ、間違ったことは言ってないでしょ?

「ふふふっ、さーちゃん、顔真っ赤だ〜っ」
「あっ、赤くなんてなってないわよっ!」
「可愛いなぁ〜っ。さすがは我が妹」
「……そうやって丸め込まれると、反論に困るわね」

 妹だから可愛い、というならそれでいい。
 瑞揶の居ないリビング、私達姉妹は空白の時のぶん雑談をして過ごすのだった。

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