連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜
第二十五話
沙羅に連れ出されてやってきたのは屋上だった。
屋上に着くなり、彼女は床に手をついて倒れる。
「さっ、沙羅!?」
「……今更だけど、蹴っちゃった罪悪感が来たわ。いやそれより瑞揶、私のこと嫌いになった?」
「いやいや……。沙羅は僕のためを思ってしてくれたんだから、そんな事ないよ……」
「……そう」
安堵するように沙羅がため息を吐く。
本当なら、僕自身がするべきなんだ。
僕には沙羅がいるんだから、レリに抱きつかれてたら弾かないと……。
その役割を沙羅にさせてしまったのだから、僕は不甲斐ない。
「沙羅……ごめんね。僕がもっとちゃんとしてればいいのに……」
「いいのよ、アンタはそういう奴だってわかってるし。それより、レリは異常よ。アイツ何かに取り憑かれてるんじゃない?」
「それは言い過ぎだと思うけど……」
立ち上がって両手に腰を当てる沙羅は面倒くさいという態度でいた。
僕が苦笑を返すと、沙羅は怪訝そうに僕を見る。
「……もしかして、レリに手を出そうとか考えてないわよね?」
「そんなのあり得ないよ……。ただ、悪いな、とは思うけどね……」
「悪いも何もないわ。瑞揶は1人しかいない。世の中は早いもん勝ちで、私が瑞揶を取った。そんだけの話よ」
「……そう、か」
沙羅の言う事は最もだろう。
しかし、それでも僕は悪いと思ってしまう。
好きだという想いに応えてあげられないのは酷いだろう。
「……どうしたもんかしらねぇ。いっそ、あれこれやって退部に追いやってみる?」
「それなら僕が抜けるよ……。やめさせるなんて出来ない」
「だったら私も抜ける……ってわけにもいかないか。ま、瑞揶は家事も忙しいんだからそれが妥当ね」
刹那、沙羅がぎゅっと抱きしめてきた。
柔らかい感触、それでいて力強い抱擁をしてくる。
彼女は僕の顔を見上げながら、儚げな表情で呟いた。
「……部活帰りの時、私のこと出迎えてくれないと許さないからっ」
頬を赤らめて沙羅は僕の胸に顔をうずめる。
……まったく、なんて事を言うのさ。
これは毎日、美味しい晩御飯を作って待ってないといけない。
大変だなぁと思いつつ、僕はその日に退部届を提出した――。
◇
瑞揶の退部届を一緒に提出したこの日、部活はあくまで平常だった。
瑞揶が退部したのに瑛彦、理優、環奈は遺憾そうだったけど、レリとナエトはいつも通りでいた。
ナエトは相変わらず本を読んでるし、レリは瑞揶が居なきゃ居ないでベースを弄っている。
それからは特に練習というわけでもなく、雑談したり、ときたま演奏したりして過ごす。
だけど、ナエトとレリが話し合うということはもう完全になくなっていた。
前までは仲が良かったのに、何があったのか……?
私はナエトに直談判したけど、特に何も答えてくれるようなことはなかった。
私とは犬猿の仲だから仕方ないとしても――ナエトは私にすら興味を見せてないような、無関心な反応ばかりだった。
なんでこんなにも変わるのか。
瑞揶の言っていた、日常が欲しいという言葉。
今ならその意味もわかる。
突然訪れた異常は、とても気持ち悪いから――。
家に着くと、瑞揶は豪勢な料理と抱擁をもって出迎えてくれた。
それだけでどんな医療法をも超越した癒しを私に与える。
今日の疲れも忘れて、明日また頑張ろうと、思うため――。
「……って、思ってたのに」
「にゃーです?」
私はまたイラついていた。
目の前にいる人物は瑞揶ではなく、ちっちゃいピンク色の着物を着た少女。
なんでか知らないけど、私は白紙の紙に色取り取りのハートを貼り付けたような場所に居た。
……コイツ、確か瑞揶の前世の?
なんか凄く面倒くさい事が起きそうで気がならず、私はその場で頭を抱えた。
「にゃ、にゃーです! 沙羅ちゃん、別に変なことしないから元気出してーっ!」
「変な事しかしないんじゃないの? まぁいいわ、何の用?」
率直に用件を聞いた。
確か私は、今日もベッドで瑞揶と一緒に寝た筈だ。
だからパジャマを着てるしね。
疲れてるし、現実に戻って寝たい……。
しかし、彼女は私が用件を聞くとニヤリと笑った。
長くなりそうね……。
「ふっふっふーっ。沙羅ちゃんにお願いがあって呼んだのです」
「お願いぃ〜?」
「そうなのですっ! 瑞揶くんは最近、あまり音楽を聴いてないの。前世では音楽が彼の喜びだったのに、最近は聴けてないからにゃーなんだよっ!?」
「……ふぅーん」
適当に返事を返すと愛はにゃーにゃー鳴いて怒る。
音楽ねぇ……。
瑞揶は前世でもヴァイオリンが上手かったのだろう。
そして音楽もいろいろ聴いていた。
そういう事?
彼が家で音楽を聴いてるところなんて、全然見ないけど――。
…………ん?
「……私のせい?」
「うんっ!」
「…………」
ズバッと言われ、私はその場に膝をつき、前に倒れて手もつく。
クッ……なかなかダメージがっ……。
でも、そうよね、私が見てないって事は私が家に来る前は聴いてたってことだもの。
瑞揶、イヤホンは持ってるし……。
「そう落ち込まないで? 聴いてなかった分は今から聴けばいい。それに、音楽は癒しだから、瑞揶くんを癒してあげられるはず」
「……今更?」
「今更とか言わないっ。瑞揶くんも貴女も疲れてるでしょう? 音楽ぐらい聴く暇はあるはずだから、しっかりね?」
「……はい」
思わず肯定してしまう。
見た目は年下なくせして中身は長寿だからか、彼女の言葉には謂れのない威圧感があった。
「それとね、瑞揶くんが一番好きな歌って知ってる?」
「……いや、知らないわ」
「…………」
「……な、なによ?」
「本当に瑞揶くんの彼女さん?」
「ツッ……!」
グサッと見えない剣が私の心を貫く。
いや、もう一刀両断ぐらいされる勢いだ。
「あっ! ごっ、ごめん! 知ってて当たり前だと思ったから、つい……」
「い、いいわよ……。どうせ私は、瑞揶の好きなものなんてわかんないわよ!」
「瑞揶くんの1番好きな動物は?」
「……きりん」
「わかってるじゃないのっ」
パシーンと愛に頭を叩かれる。
瑞揶はよく動物召喚するし、その際たまたま聞いただけなんだけどね……。
まぁよかったわ、なんとか自信を持てそう。
「教えちゃうけど、瑞揶くんの1番好きな歌は“Calm Song”。学園祭で環奈ちゃんが歌ったでしょ?」
「……ああ〜」
言われて思い出す。
あぁ、あの歌か。
確か、環奈が作ったっていう……。
「……なんか、環奈に負けた気分だわ」
「ふふ。じゃあ沙羅ちゃんが曲作る?」
「いやいや、無理でしょ。奏者として、歌を作るのにはセンスがいるってわかってるもの」
「そう? 残念だなぁ~?」
「今の瑞揶が1番好きな歌を聴かせれば、それでいいじゃない」
「確かにね。けど、聴かせるのは貴女の声でお願いしたいな」
「……え?」
あんだって?私が歌う?
「……何で私なのよ?普通にCD聴かせればいいじゃない」
「そういうことじゃないでしょ〜? 瑞揶くんの1番好きな声は貴女の声、その声で瑞揶くんを喜ばせてあげて欲しいの」
「…………」
1番好きな声。
そう聞くと、なんだか照れくさい。
しかし、好きな人の声が1番好きというのは、考えてみれば当たり前だ。
「……気乗りはしないけど、やってみるわ」
「うんっ! お願いねっ!」
ニコニコと笑いかけてくる。
瑞揶と似た顔や顔立ちだからか、不覚にも少し、ドキッとしてしまった。
「……じゃ、さっさと帰して」
「えーっ!? 沙羅にゃーは遊んでいかないの!?」
「いや、私は……」
「にゃーを召喚! うささんも! 突撃ぃいい!!!」
「ッ!!!?」
次の瞬間には大量のねことうさぎに飛びつかれ、私はもふもふされてしまうのだった。
コイツ……やっぱり厄介。
「おはよー沙羅。……あれ? なんか疲れてる?」
「……なんでもないわ」
起きてから瑞揶に心配されたのは余談である。
屋上に着くなり、彼女は床に手をついて倒れる。
「さっ、沙羅!?」
「……今更だけど、蹴っちゃった罪悪感が来たわ。いやそれより瑞揶、私のこと嫌いになった?」
「いやいや……。沙羅は僕のためを思ってしてくれたんだから、そんな事ないよ……」
「……そう」
安堵するように沙羅がため息を吐く。
本当なら、僕自身がするべきなんだ。
僕には沙羅がいるんだから、レリに抱きつかれてたら弾かないと……。
その役割を沙羅にさせてしまったのだから、僕は不甲斐ない。
「沙羅……ごめんね。僕がもっとちゃんとしてればいいのに……」
「いいのよ、アンタはそういう奴だってわかってるし。それより、レリは異常よ。アイツ何かに取り憑かれてるんじゃない?」
「それは言い過ぎだと思うけど……」
立ち上がって両手に腰を当てる沙羅は面倒くさいという態度でいた。
僕が苦笑を返すと、沙羅は怪訝そうに僕を見る。
「……もしかして、レリに手を出そうとか考えてないわよね?」
「そんなのあり得ないよ……。ただ、悪いな、とは思うけどね……」
「悪いも何もないわ。瑞揶は1人しかいない。世の中は早いもん勝ちで、私が瑞揶を取った。そんだけの話よ」
「……そう、か」
沙羅の言う事は最もだろう。
しかし、それでも僕は悪いと思ってしまう。
好きだという想いに応えてあげられないのは酷いだろう。
「……どうしたもんかしらねぇ。いっそ、あれこれやって退部に追いやってみる?」
「それなら僕が抜けるよ……。やめさせるなんて出来ない」
「だったら私も抜ける……ってわけにもいかないか。ま、瑞揶は家事も忙しいんだからそれが妥当ね」
刹那、沙羅がぎゅっと抱きしめてきた。
柔らかい感触、それでいて力強い抱擁をしてくる。
彼女は僕の顔を見上げながら、儚げな表情で呟いた。
「……部活帰りの時、私のこと出迎えてくれないと許さないからっ」
頬を赤らめて沙羅は僕の胸に顔をうずめる。
……まったく、なんて事を言うのさ。
これは毎日、美味しい晩御飯を作って待ってないといけない。
大変だなぁと思いつつ、僕はその日に退部届を提出した――。
◇
瑞揶の退部届を一緒に提出したこの日、部活はあくまで平常だった。
瑞揶が退部したのに瑛彦、理優、環奈は遺憾そうだったけど、レリとナエトはいつも通りでいた。
ナエトは相変わらず本を読んでるし、レリは瑞揶が居なきゃ居ないでベースを弄っている。
それからは特に練習というわけでもなく、雑談したり、ときたま演奏したりして過ごす。
だけど、ナエトとレリが話し合うということはもう完全になくなっていた。
前までは仲が良かったのに、何があったのか……?
私はナエトに直談判したけど、特に何も答えてくれるようなことはなかった。
私とは犬猿の仲だから仕方ないとしても――ナエトは私にすら興味を見せてないような、無関心な反応ばかりだった。
なんでこんなにも変わるのか。
瑞揶の言っていた、日常が欲しいという言葉。
今ならその意味もわかる。
突然訪れた異常は、とても気持ち悪いから――。
家に着くと、瑞揶は豪勢な料理と抱擁をもって出迎えてくれた。
それだけでどんな医療法をも超越した癒しを私に与える。
今日の疲れも忘れて、明日また頑張ろうと、思うため――。
「……って、思ってたのに」
「にゃーです?」
私はまたイラついていた。
目の前にいる人物は瑞揶ではなく、ちっちゃいピンク色の着物を着た少女。
なんでか知らないけど、私は白紙の紙に色取り取りのハートを貼り付けたような場所に居た。
……コイツ、確か瑞揶の前世の?
なんか凄く面倒くさい事が起きそうで気がならず、私はその場で頭を抱えた。
「にゃ、にゃーです! 沙羅ちゃん、別に変なことしないから元気出してーっ!」
「変な事しかしないんじゃないの? まぁいいわ、何の用?」
率直に用件を聞いた。
確か私は、今日もベッドで瑞揶と一緒に寝た筈だ。
だからパジャマを着てるしね。
疲れてるし、現実に戻って寝たい……。
しかし、彼女は私が用件を聞くとニヤリと笑った。
長くなりそうね……。
「ふっふっふーっ。沙羅ちゃんにお願いがあって呼んだのです」
「お願いぃ〜?」
「そうなのですっ! 瑞揶くんは最近、あまり音楽を聴いてないの。前世では音楽が彼の喜びだったのに、最近は聴けてないからにゃーなんだよっ!?」
「……ふぅーん」
適当に返事を返すと愛はにゃーにゃー鳴いて怒る。
音楽ねぇ……。
瑞揶は前世でもヴァイオリンが上手かったのだろう。
そして音楽もいろいろ聴いていた。
そういう事?
彼が家で音楽を聴いてるところなんて、全然見ないけど――。
…………ん?
「……私のせい?」
「うんっ!」
「…………」
ズバッと言われ、私はその場に膝をつき、前に倒れて手もつく。
クッ……なかなかダメージがっ……。
でも、そうよね、私が見てないって事は私が家に来る前は聴いてたってことだもの。
瑞揶、イヤホンは持ってるし……。
「そう落ち込まないで? 聴いてなかった分は今から聴けばいい。それに、音楽は癒しだから、瑞揶くんを癒してあげられるはず」
「……今更?」
「今更とか言わないっ。瑞揶くんも貴女も疲れてるでしょう? 音楽ぐらい聴く暇はあるはずだから、しっかりね?」
「……はい」
思わず肯定してしまう。
見た目は年下なくせして中身は長寿だからか、彼女の言葉には謂れのない威圧感があった。
「それとね、瑞揶くんが一番好きな歌って知ってる?」
「……いや、知らないわ」
「…………」
「……な、なによ?」
「本当に瑞揶くんの彼女さん?」
「ツッ……!」
グサッと見えない剣が私の心を貫く。
いや、もう一刀両断ぐらいされる勢いだ。
「あっ! ごっ、ごめん! 知ってて当たり前だと思ったから、つい……」
「い、いいわよ……。どうせ私は、瑞揶の好きなものなんてわかんないわよ!」
「瑞揶くんの1番好きな動物は?」
「……きりん」
「わかってるじゃないのっ」
パシーンと愛に頭を叩かれる。
瑞揶はよく動物召喚するし、その際たまたま聞いただけなんだけどね……。
まぁよかったわ、なんとか自信を持てそう。
「教えちゃうけど、瑞揶くんの1番好きな歌は“Calm Song”。学園祭で環奈ちゃんが歌ったでしょ?」
「……ああ〜」
言われて思い出す。
あぁ、あの歌か。
確か、環奈が作ったっていう……。
「……なんか、環奈に負けた気分だわ」
「ふふ。じゃあ沙羅ちゃんが曲作る?」
「いやいや、無理でしょ。奏者として、歌を作るのにはセンスがいるってわかってるもの」
「そう? 残念だなぁ~?」
「今の瑞揶が1番好きな歌を聴かせれば、それでいいじゃない」
「確かにね。けど、聴かせるのは貴女の声でお願いしたいな」
「……え?」
あんだって?私が歌う?
「……何で私なのよ?普通にCD聴かせればいいじゃない」
「そういうことじゃないでしょ〜? 瑞揶くんの1番好きな声は貴女の声、その声で瑞揶くんを喜ばせてあげて欲しいの」
「…………」
1番好きな声。
そう聞くと、なんだか照れくさい。
しかし、好きな人の声が1番好きというのは、考えてみれば当たり前だ。
「……気乗りはしないけど、やってみるわ」
「うんっ! お願いねっ!」
ニコニコと笑いかけてくる。
瑞揶と似た顔や顔立ちだからか、不覚にも少し、ドキッとしてしまった。
「……じゃ、さっさと帰して」
「えーっ!? 沙羅にゃーは遊んでいかないの!?」
「いや、私は……」
「にゃーを召喚! うささんも! 突撃ぃいい!!!」
「ッ!!!?」
次の瞬間には大量のねことうさぎに飛びつかれ、私はもふもふされてしまうのだった。
コイツ……やっぱり厄介。
「おはよー沙羅。……あれ? なんか疲れてる?」
「……なんでもないわ」
起きてから瑞揶に心配されたのは余談である。
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