連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜
第二十二話
「いーかんじに聖兎も動いてるね」
昼休みに1組の様子を観察して、あたしはニヤリと笑う。
はてさて、沙羅は堅いから崩せるかどうか見ものだ。
まぁ、あたしも瑞揶を墜とさなきゃならんから大変だけど。
「……気持ち半分かな」
誰にも聞かれぬように独り言を呟く。
私が真に墜としたいのはアイツじゃあない。
当然、これは任務だからやってるし、体が半ば勝手に動くんだもの。
私はただの操り人形――。
だけど、大丈夫。
ちゃんと、アイツには想いは伝えといたから――。
「……それにしても、瑞揶様はご帰還か。あたしはどう出ようかなぁ」
まぁ、私が考えるまでもなく、神様がなんとかしてくれるだろう。
この任務さえ終われば……。
…………。
◇
すっかり秋の夕暮れ時となり、街の樹々も赤が灯ってきっと普通の人なら綺麗だというもの。
ただ僕は街並みを見ずに瑛彦の住まう家に着いて、いろいろと用意をした。
僕が出て行くとなって、その最後まで僕に家事をさせ、最後にケーキを作れという、家政婦さんのように働かせられた。
でも経験からくる手際で終わらせ、あらかじめまとめておいた荷物を持って僕は羽村家を後にした。
「夜ですにゃー……」
家を出ると、赤かった空はすっかり黒く塗りつぶされ、点々と黄色い粒が落とされていた。
てくてくと思い荷物とキャリーバッグを引いて歩く。
もともと人通りのない道だからか、寂しくて冷たい夜風が嫌になる。
そこに1つ、僕を呼ぶ声があった。
「みーずーやくんっ」
明るい声でも、僕は身構えてしまう。
街灯の下、そこに居たのはレリだったから。
「……こんな夜中に、何か用事? 女の子が夜出歩いてると危ないよ?」
「え〜? じゃあ瑞揶が私の家まで送ってよ。なんならうちに泊まってもいいし!」
「いやいや。僕はこれから帰るし、それはちょっとにゃー……」
僕は困ってうーんうーんと頭を悩ませる。
この状況を打破するにはどうしたらいいでしょう?
「瑞揶、悩むよりは手を動かした方がいいよ。いや、足かな? ほら、うちに来て、イイ事しよ?」
そう言ってスカートの中をチラつかせてくるレリ。
別にそういうものに反応したりはしないけど、女の子がそんな事言うのはにゃーですよ!?
「に、にゃーはそんなこと言われても困るよっ! イヤらしい誘惑はダメーっ!!」
「なに? イヤらしい事を想像したわけ? 瑞揶って意外と、そこらの男子と変わらないんだね!」
「ひうっ!? あれ? でもなんか嬉しい」
なんでだろう、普通のエッチな男子だと思われると嬉しいよ?
男の子だと認めてもらえてるからかなぁ……。
喜んでいいのか悪いのか……。
「と、とにかくっ! そんなこと言ったらだめだからねっ!?」
「はいはいっ。瑞揶はエッチだから、これ以上言うとここで襲われちゃうかもだし〜?」
「しーまーせーんーっ」
カラカラとキャリーを引いてレリの前まで向かう。
話していると、お転婆で陽気でちょっと毒舌ないつもの彼女に、僕は安心していた。
「レリにおまじないをかけるね」
「ん? なんの?」
「帰り道、誰にも襲われないように、って」
そう言って彼女の頭の前で人差し指を回し、ツンツンとレリのおでこを突っつく。
……おまじないというより、超能力だけどね。
レリも可愛い子だから本当に帰り道襲われかねないし、これでいいだろう。
「これでレリはにゃーだよーっ!」
「にゃーってなに?」
「この世の理、かな」
「なんと……!」
恐れ慄くレリ。
ふっふっふ、にゃーは偉大なのです。
「……そこで何してんのよっ」
「痛っ!?」
突然背中を蹴られて僕は転んだ。
声でもう犯人がわかるけど、体を起こして後ろを向くと、やっぱり沙羅だった。
部活は終わりなのですかにゃー?
「あらレリ。部活に顔も出さずにこんな所で瑞揶と雑談……いや、口説いてたのかしら? いいご身分ねぇ」
「あんな無意味な部活に行っても無駄だからねー!」
「あぁそう。じゃあ退部させとくわ」
「それはダメだなー! 瑞揶が行くなら行くし!」
「…………」
沙羅は僕に目をやった。
どこかつまらなさそうで、冷たい目をしていた。
「……とことん面倒くさい奴ね。瑞揶は私のよ。私は奪えるもんなら奪えと思うけど、当然奪いに来る奴の妨害もする。そうやっていたちごっこしてるのも嫌でしょう?早く手を引いてくれないかしら?」
「沙羅が瑞揶を手放せば良いんだよ!」
「……そ。聞く耳持たないなら勝手にすればいいわ。行くわよ、瑞揶」
「え? うん……」
沙羅がスタスタとレリを通り過ぎ、僕も釣られて沙羅の後ろを歩いて、それから横に並んだ。
隣に居る彼女はどこか怒っているようで目を閉じ、眉を寄せている。
これは今日、大変だなぁ。
そう思いつつ、友人に挨拶を返さないのもどうかと思い、僕はレリに向かって振り返った。
――ヒュン
「――え?」
僕が振り向くと見えたのはレリの姿ではなく――投擲された槍だった。
先端に付けられた鋭利な刃は沙羅に向いていて、僕は槍を防ごうと横に出て――
「舐めるな」
槍は僕の目の前で吹き飛んだ。
沙羅の声の後に、キィンという音が遅れて聞こえてくる。
僕は沙羅を庇ったはずなのに、その沙羅が目の前に立っていた。
どうやって――そんな事を考えても無駄だ。
魔人――中でもその頂点に着く魔王の血を受け継いでる彼女は、身体能力が僕なんかの比ではない。
「私を殺して瑞揶を奪う。いい案だわ。ただ、友人に刃を向けたからには相応の覚悟をしなさい」
「あはははっ! 今のは軽い宣戦布告なのに、酷いなぁ。ま、頑張りなよっ」
「頑張る……?」
レリの言葉に沙羅は疑問符を返す。
しかし、レリはそこで翼を見せた。
この世界では出す人も居れば出さない人もいる。
普段は邪魔だから出してないことの多いのに、レリは天使として初めて僕に天使の姿を見せたのだ。
「じゃあね、お二方♪」
ニコリと嬉しそうに微笑んで、レリは飛んだ。
羽ばたきの後に何枚かの羽を巻き、すぐに彼女の姿が見えなくなる。
彼女はなんだったのか、何をしたかったのか。
疑問は尽きぬまま、消えゆく彼女の生み出した槍を見ながら僕達は口を閉ざすのだった――。
◇
「ただいまだよぅ〜!」
我が家に着くと、僕は早々に声を放った。
パチンと電気を付けると、家を出る前と変わらぬ光景が視界に入る。
家の中をリビング、僕の部屋と往復して移動して変わりないかチェックする。
僕の部屋の物の配置がちょっとおかしかったけど、沙羅が掃除でもしてくれたのかな?
ナイス配慮なのです。
「わーっ、ソファーさん久しぶり〜っ」
「ソファーを人みたいに扱わないでよ。座りにくくなるじゃない」
「あはは……ごめん」
苦笑をしながら謝る。
ともあれ、僕はソファーにダイブしてポヨンポヨンと跳ね返るのを楽しむ。
このソファーさんが家の家具で1番良い役割してるのだ〜。
「ゴロゴロ〜っ」
「そんなことより夕飯よ。約束の言葉はその後で良いわ」
「……あ〜、そっか……」
沙羅からの指示で思い出す。
そういえば、言うべき事を言わないとダメだよね。
まぁまぁ、まだ帰ってきてすぐだから、もうちょっと後で。
それから僕は夕飯を作り、沙羅が久しぶりの僕のご飯に感激してくれたり、朝に洗われた洗濯物を干したり、やる事をやってからお風呂。
ゆっくりとしてから、リビングで一息。
「……なんか、普通だね?」
「そうね。けど、前に言ったことでしょ?」
「……そうだったね」
何か、もっと甘え合うような事になると思っていた。
しかし蓋を取ってみれば、いつもと変わらない日常がある。
でも、これで十分だ。
「……じゃあ、僕からも言わせていただきたいんだけど、さ」
「……なによ、歯切れが悪いわね?」
「……一緒に来て欲しい所があるんだ」
「……来て欲しいって、どこによ?」
沙羅が不思議そうに問いかけてくる。
さて、その場所は――。
「1階の奥の部屋――そこで話がしたいんだ」
昼休みに1組の様子を観察して、あたしはニヤリと笑う。
はてさて、沙羅は堅いから崩せるかどうか見ものだ。
まぁ、あたしも瑞揶を墜とさなきゃならんから大変だけど。
「……気持ち半分かな」
誰にも聞かれぬように独り言を呟く。
私が真に墜としたいのはアイツじゃあない。
当然、これは任務だからやってるし、体が半ば勝手に動くんだもの。
私はただの操り人形――。
だけど、大丈夫。
ちゃんと、アイツには想いは伝えといたから――。
「……それにしても、瑞揶様はご帰還か。あたしはどう出ようかなぁ」
まぁ、私が考えるまでもなく、神様がなんとかしてくれるだろう。
この任務さえ終われば……。
…………。
◇
すっかり秋の夕暮れ時となり、街の樹々も赤が灯ってきっと普通の人なら綺麗だというもの。
ただ僕は街並みを見ずに瑛彦の住まう家に着いて、いろいろと用意をした。
僕が出て行くとなって、その最後まで僕に家事をさせ、最後にケーキを作れという、家政婦さんのように働かせられた。
でも経験からくる手際で終わらせ、あらかじめまとめておいた荷物を持って僕は羽村家を後にした。
「夜ですにゃー……」
家を出ると、赤かった空はすっかり黒く塗りつぶされ、点々と黄色い粒が落とされていた。
てくてくと思い荷物とキャリーバッグを引いて歩く。
もともと人通りのない道だからか、寂しくて冷たい夜風が嫌になる。
そこに1つ、僕を呼ぶ声があった。
「みーずーやくんっ」
明るい声でも、僕は身構えてしまう。
街灯の下、そこに居たのはレリだったから。
「……こんな夜中に、何か用事? 女の子が夜出歩いてると危ないよ?」
「え〜? じゃあ瑞揶が私の家まで送ってよ。なんならうちに泊まってもいいし!」
「いやいや。僕はこれから帰るし、それはちょっとにゃー……」
僕は困ってうーんうーんと頭を悩ませる。
この状況を打破するにはどうしたらいいでしょう?
「瑞揶、悩むよりは手を動かした方がいいよ。いや、足かな? ほら、うちに来て、イイ事しよ?」
そう言ってスカートの中をチラつかせてくるレリ。
別にそういうものに反応したりはしないけど、女の子がそんな事言うのはにゃーですよ!?
「に、にゃーはそんなこと言われても困るよっ! イヤらしい誘惑はダメーっ!!」
「なに? イヤらしい事を想像したわけ? 瑞揶って意外と、そこらの男子と変わらないんだね!」
「ひうっ!? あれ? でもなんか嬉しい」
なんでだろう、普通のエッチな男子だと思われると嬉しいよ?
男の子だと認めてもらえてるからかなぁ……。
喜んでいいのか悪いのか……。
「と、とにかくっ! そんなこと言ったらだめだからねっ!?」
「はいはいっ。瑞揶はエッチだから、これ以上言うとここで襲われちゃうかもだし〜?」
「しーまーせーんーっ」
カラカラとキャリーを引いてレリの前まで向かう。
話していると、お転婆で陽気でちょっと毒舌ないつもの彼女に、僕は安心していた。
「レリにおまじないをかけるね」
「ん? なんの?」
「帰り道、誰にも襲われないように、って」
そう言って彼女の頭の前で人差し指を回し、ツンツンとレリのおでこを突っつく。
……おまじないというより、超能力だけどね。
レリも可愛い子だから本当に帰り道襲われかねないし、これでいいだろう。
「これでレリはにゃーだよーっ!」
「にゃーってなに?」
「この世の理、かな」
「なんと……!」
恐れ慄くレリ。
ふっふっふ、にゃーは偉大なのです。
「……そこで何してんのよっ」
「痛っ!?」
突然背中を蹴られて僕は転んだ。
声でもう犯人がわかるけど、体を起こして後ろを向くと、やっぱり沙羅だった。
部活は終わりなのですかにゃー?
「あらレリ。部活に顔も出さずにこんな所で瑞揶と雑談……いや、口説いてたのかしら? いいご身分ねぇ」
「あんな無意味な部活に行っても無駄だからねー!」
「あぁそう。じゃあ退部させとくわ」
「それはダメだなー! 瑞揶が行くなら行くし!」
「…………」
沙羅は僕に目をやった。
どこかつまらなさそうで、冷たい目をしていた。
「……とことん面倒くさい奴ね。瑞揶は私のよ。私は奪えるもんなら奪えと思うけど、当然奪いに来る奴の妨害もする。そうやっていたちごっこしてるのも嫌でしょう?早く手を引いてくれないかしら?」
「沙羅が瑞揶を手放せば良いんだよ!」
「……そ。聞く耳持たないなら勝手にすればいいわ。行くわよ、瑞揶」
「え? うん……」
沙羅がスタスタとレリを通り過ぎ、僕も釣られて沙羅の後ろを歩いて、それから横に並んだ。
隣に居る彼女はどこか怒っているようで目を閉じ、眉を寄せている。
これは今日、大変だなぁ。
そう思いつつ、友人に挨拶を返さないのもどうかと思い、僕はレリに向かって振り返った。
――ヒュン
「――え?」
僕が振り向くと見えたのはレリの姿ではなく――投擲された槍だった。
先端に付けられた鋭利な刃は沙羅に向いていて、僕は槍を防ごうと横に出て――
「舐めるな」
槍は僕の目の前で吹き飛んだ。
沙羅の声の後に、キィンという音が遅れて聞こえてくる。
僕は沙羅を庇ったはずなのに、その沙羅が目の前に立っていた。
どうやって――そんな事を考えても無駄だ。
魔人――中でもその頂点に着く魔王の血を受け継いでる彼女は、身体能力が僕なんかの比ではない。
「私を殺して瑞揶を奪う。いい案だわ。ただ、友人に刃を向けたからには相応の覚悟をしなさい」
「あはははっ! 今のは軽い宣戦布告なのに、酷いなぁ。ま、頑張りなよっ」
「頑張る……?」
レリの言葉に沙羅は疑問符を返す。
しかし、レリはそこで翼を見せた。
この世界では出す人も居れば出さない人もいる。
普段は邪魔だから出してないことの多いのに、レリは天使として初めて僕に天使の姿を見せたのだ。
「じゃあね、お二方♪」
ニコリと嬉しそうに微笑んで、レリは飛んだ。
羽ばたきの後に何枚かの羽を巻き、すぐに彼女の姿が見えなくなる。
彼女はなんだったのか、何をしたかったのか。
疑問は尽きぬまま、消えゆく彼女の生み出した槍を見ながら僕達は口を閉ざすのだった――。
◇
「ただいまだよぅ〜!」
我が家に着くと、僕は早々に声を放った。
パチンと電気を付けると、家を出る前と変わらぬ光景が視界に入る。
家の中をリビング、僕の部屋と往復して移動して変わりないかチェックする。
僕の部屋の物の配置がちょっとおかしかったけど、沙羅が掃除でもしてくれたのかな?
ナイス配慮なのです。
「わーっ、ソファーさん久しぶり〜っ」
「ソファーを人みたいに扱わないでよ。座りにくくなるじゃない」
「あはは……ごめん」
苦笑をしながら謝る。
ともあれ、僕はソファーにダイブしてポヨンポヨンと跳ね返るのを楽しむ。
このソファーさんが家の家具で1番良い役割してるのだ〜。
「ゴロゴロ〜っ」
「そんなことより夕飯よ。約束の言葉はその後で良いわ」
「……あ〜、そっか……」
沙羅からの指示で思い出す。
そういえば、言うべき事を言わないとダメだよね。
まぁまぁ、まだ帰ってきてすぐだから、もうちょっと後で。
それから僕は夕飯を作り、沙羅が久しぶりの僕のご飯に感激してくれたり、朝に洗われた洗濯物を干したり、やる事をやってからお風呂。
ゆっくりとしてから、リビングで一息。
「……なんか、普通だね?」
「そうね。けど、前に言ったことでしょ?」
「……そうだったね」
何か、もっと甘え合うような事になると思っていた。
しかし蓋を取ってみれば、いつもと変わらない日常がある。
でも、これで十分だ。
「……じゃあ、僕からも言わせていただきたいんだけど、さ」
「……なによ、歯切れが悪いわね?」
「……一緒に来て欲しい所があるんだ」
「……来て欲しいって、どこによ?」
沙羅が不思議そうに問いかけてくる。
さて、その場所は――。
「1階の奥の部屋――そこで話がしたいんだ」
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