連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第二十話

 眠りについて、目が醒めると僕はまたハートだらけの場所に居た。
 そこでは愛ちゃんがテーブルセットに着き、ズズーッとお茶を啜っている。

「……ねぇ、愛ちゃん」
「ん? どうしたの?」
「……僕って、やっぱり不誠実なのかな?」

 僕は床にちょこんと座って愛ちゃんに尋ねた。
 彼女はふむぅと唸り、湯呑みを置く。

「瑞揶くんは、自分が不誠実だと思うの? それはなんで?」
「だってね……霧代と別れてからまだ数日しか経ってないのに、好きな人かいるんだよ? これはやっぱり、不誠実かな?」
「……難しいところだねぇ」

 愛ちゃんは頬杖をついて空を眺めた。
 雲のように浮かぶハートたちを見てるわけではないだろう。

「……瑞揶くんさ、9月になる前から沙羅ちゃんのことは意識してたんだよ」
「……そう、なの?」
「うん、そう。一緒に生活してる異性だし、沙羅ちゃんはいろいろと魅力がある。思いやりもあるしリーダーシップもあり、決断力も行動力もある。君が気付いてるかは知らないけど、学校で彼女を好きな人は20人以上居るよ?」
「えっ……」

 突然のカミングアウトに口が開いてしまう。
 20人以上……?
 確かに沙羅は万能だし、モテるのはわかる。
 初期の頃でもテニス部に仮入部して先輩に交際を持ちかけられたとか、そんな事もあった。
 やっぱり、モテるのかぁ……。

「……そういえば、霧代もモテたよね」
「そうだね〜。瑞揶くんは良い子ばかり墜としていくよね? ある意味凄いよ」
「うぅ……うん……」

 愛ちゃんの言葉に頭が痛くなる。
 よくよく考えると僕、あの子達に釣り合わないよ。
 僕なんて欠陥だらけで自信のある事なんてヴァイオリンと家事ぐらいしかないのに……。

 ……かと言って、僕だって好きなんだから諦めるつもりは毛頭ないんだけど。
 僕が少し意気消沈としていると、愛ちゃんは続けて口を開く。

「話逸れちゃったね。えっと、そうだなぁ……。私からすれば、別に不誠実ではないと思うよ?沙羅ちゃんを好きになったのだって不思議じゃない。なんたって、10年以上霧代ちゃんと会ってなかったんだから。そこに魅力的な女性が現れて、むしろよくここまで持ったと思う。それに――」
「……それに?」
「君は沙羅ちゃんに告白されたとき、霧代ちゃんのために、本気で沙羅ちゃんの気持ちを振り切ろうとした。だからこそ君は悪霊に包まれた。……つまりね、霧代ちゃんと別れる前まで君は、本当に霧代ちゃんを愛していたの。会えない相手を10年も想い続ける。十分だと思うけどなぁ」

 淡々と意見を述べて彼女はお茶を啜った。
 ……十分、十分か。

「君はこの世界で幸せになる事を、あの子に約束した。だったら、今生きている時間を1秒でも長く幸せになれたら――それがベストなんじゃない?」
「…………」

 彼女の言い分に、僕は目を見開く。
 ……そっか。
 霧代の想いに応えるためにも、僕は幸せになるべきなのか。

「……。……愛ちゃん」
「決意は固まった?」
「うん。少しの間だけど、お世話になった。ありがとう」
「どういたしまして、かな? まぁ頑張れ、若者よ」
「あはは……愛ちゃんの方が見掛けは若いのに」
「それは気のせいよ。じゃ、戻った戻った。でも明日は日曜日かぁ。残念だね」
「うん。でも、明後日あさってには家に戻るよ」

 僕は立ち上がり、愛ちゃんに手を振る。

「じゃあね、愛ちゃん。また来るから」
「はーいっ。頑張ってね、瑞揶くんっ」
「うん。僕、頑張るよっ」

 ニコリと微笑むと、彼女も微笑む。
 お互いに笑顔で、僕はこの空間を後にした。







 今日は日曜日。
 いつも瑞揶がいない日だから、今日に限っては彼が居なくても苦にはならない。
 とは言っても、帰ってこないというのは寂しいのだけれど。

「……暇ね」

 リビングで呟いた私の言葉はすぐに消え去る。
 テレビのざわめきしか音のないリビングで、どうしたもんかと私はソファーに寝転がった。

 今日は暇過ぎて掃除をし、料理も自己流で面白いものを食べて今が昼下がり。
 このあと何するか悩む。

「……買い物でもしましょうかねぇ」

 1人で数日分のおやつを食べてしまったため、買い置きを増やしておかないと怒られてしまう。
 彼は食べたら太るよーって怒るけど、どうせ私が太ったって気にしないでしょうに。
 まぁみんなで食べるものだから買うのだけど――。


 ――ピンポーン

「……んぅ?」

 ドアホンが鳴り、私はソファーで寝返りを打つ。
 誰かしら、また環奈?
 なんて思いながら自分が服を着ているのを確認し、ドタドタと玄関に向かう。

「はいはい、どちら様〜?」

 投げやりに言いながらドアを開くと、秋の日差しが差し込んでくる。
 日差しを遮って立っていた人物は――

「あら、聖兎。どうしたのよ?」

 転校生の聖兎が気まずそうな顔をして立っていて、何事かと尋ねる。

「沙羅。突然で悪いんだが、通帳見なかったか?」
「通帳?」
「俺の銀行の通帳だよ。見てないか?」
「見てないわね」

 今日は一通り掃除したけど、そんなものは見なかった。
 見落とした可能性はあるけど、なんでうちにアンタの通帳が?
 と思ったけど、コイツは家もなくこの地区に放り出されたらしいのだ。
 通帳は肌身離さず持ってたんだろう。
 物が物だし、探さないとね。

「とりあえず上がりなさいよ。ほら」
「悪いな、休日に」
「どうせ暇してたもの。気にしなくていいわ」

 聖兎を家に入れ、てくてくリビングに向かう。
 前に家に入れたときは部屋に入れてないし、うちにあるとしたらここにあるだろうけど……。

「探すのめんどいわね」
「探すのは自分でやる……つっても、俺が何か盗んだりしないか不安だよな」
「まぁね」
「……否定しないあたり、お前は大物だなぁ」

 やれやれと言いたげな聖兎に私はため息で返す。
 あって数日で信用するかって言うのよ。
 ……瑞揶はもう信用してるんだろうけどね。
 しかし、私の前で悪事を働きでもすれば、この場でとっちめてくれる。

「ここにあるはずなんだよな……。家は散々探したんだが、見つからなくて……」
「そうなの? なら探すだけ探せばいいわ」
「……手伝ってくれないのか?」
「お願いされなきゃしないわよ。瑞揶の友達だからって私の友達じゃないしね」
「でもお願いすれば手伝ってくれるのか。優しいのか優しくないのか、よく分からない奴だな……」
「そーねっ」

 テキトーに返事を返し、私はソファーにどっかりと座る。
 自分では自分が優しくないとは前からずっと思ってるけど、こういう時に自発的に探さないあたり、やっぱり私は優しくないだろう。

「手伝ってください」
「ん、いいわよ」

 ま、すぐに手伝うのだけれど。
 手伝いを求められた私はリビングを歩き回り、通帳を探すのだった。







 前回この家に来た時も思ったことだが、これだけ大きな家で瑞揶と沙羅は2人暮らししていたのか、と驚く。
 2人で使う分には手に余ると思うが、神様情報だと沙羅の姉も居るらしいから折衷しがたい。

 そんな余計な考えをするあたり、俺は通帳が無くても余裕なのかもしれない。
 そりゃあ金が無いと生きていけないが「細かい事は瑞揶がなんとかしてくれる」とも言われてるし、これにあやかって、俺もここで生活させてもらえば任務も果たせるから一石二鳥ではある。

 だからって通帳をなくしたのはわざとじゃないんだけども。

「こら、なにサボってんのよ」

 考え事をしていると、沙羅に手が止まっているのを注意される。
 腰に手を当てて、まったくもうと言いたげな顔の彼女に俺は苦笑しか返せなかった。

「人に手伝わせといて何してんのよ」
「悪い。少し考え事を、な」
「はぁ? 女子1人の家に来たからって、変な妄想膨らませないことね」
「なっ……おいおい、そんな事はしてねぇぞ?」
「あったわよ」
「え?」
「はい」

 話を振り切ってぽいっと透明なケースに入ったものを投げてくる。
 手帳サイズのそれを手に取って確認すると、俺の通帳だった。
 やっぱりこの家で落としたらしい。

「まさかゴミ箱の裏に引っ付いてるとは思わなかったわ。アンタ、わざとじゃないでしょうね?」
「なんで自分の通帳をわざわざ隠すんだよ……。昔から物はよくなくすんだ。昨日も帰ってからサイフなくなったのに気付いて、1人で探してたしな」
「……さすがに注意力散漫過ぎるんじゃないかしら?」
「俺は注意してるんだがな……」

 注意しててもくすんだから、生まれ持ったさがとしか言いようがない。
 どうしたらよいものか……。

「ま、あって良かったわね」
「ああ。サンキューな」
「礼を言われるほどじゃないわ」

 やる事が終わると、沙羅はまたソファーに座った。
 なんというか……さっぱりした性格だな。
 切り替えが早いというか、淡白というか。

 ともあれ、俺も用事が終わってしまった。
 無事に問題が解決すると、今日は日曜だというのに暇になる。

「なぁ、沙羅。まだここに居ていいか?」
「はぁ? なんでよ?」
「暇なんだよ。お前も同じなんだろ?」
「……まぁそうだけど」

 否定できないのが悔しそうで、彼女は口を尖らせる。
 暇人同士、仲良くすべきだと思うがなぁ。

「何かないのか?」
「私に要求しないでよ。さっさと帰ってバイトでもしなさい」
「金なら生活に困らないぐらいにはあるから、働くほどじゃないんだよ」

 俺はあの瑞揶そっくりの神様に通貨を貰っている。
 給料みたいなもんだが、本人曰く小遣いらしい。
 神も神でなんで親を気取ってるのか。

「ふん。まぁ私はドラマ見てるだけだから、そこで座って見てる分には構わないわよ」
「ドラマか。俺はテレビ自体あまり見ないからな。バラエティならそこそこなんだが」
「そんな事情なんて知らないわよ。私はここでドラマ見てるんだから、アンタもアンタで好きにしてなさい」
「……はいはいっ」

 沙羅は俺に構ってくれることは無いらしい。
 やる事もないのはそうで、俺は途中からのドラマを観ることにした。

 転校した週の日曜が、こんな様子で過ぎていく。

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