連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第八話

「まったくぅ……瑞揶くんはこんなんだからダメなんだぁああ!!」

 彼の精神世界に住む私は両手をジタバタさせながら叫んだ。
 元が愛の律司神である私から言わせれば、沙羅ちゃんも瀬羅ちゃんも、全員愛して仕舞えばいい。
 ただし恋人じゃないけど、愛しちゃえばいい。
 残念ながら、恋人っていうのは2人しか定員がいないからやむなしだけど、愛される性を持った瑞揶くんはハーレムでもいいと思うし、ハーレム築くのが欲求に素直だ。
 まぁ、それをしないから人間は崇高なんだろうけど――私たち高次元の生物からすれば、ねぇ……。


 ――パリンッ

「おっと……」

 唐突に世界の壁が一部割れた。
 ちょっと厄介な侵入者さんが来たらしい。
 やっぱり気付いちゃうか。
 それも仕方ないと思える程動いたから仕方ない。

「……まったく、相変わらずハチャメチャなものを作ってくれる」

 そう呟いたのは、1人の少年だった。
 瑞揶くんと同じ顔を持ち、金のヒラヒラがついた肩章のついたワイシャツを着て、スボンはダボダボの袴。
 緑の羽衣と草摺、三日月をかたどったような冠をかぶった少年は、見間違うことなき存在、自由律司神だった。
 そんな、この世界で一番偉い存在の彼に、私はニコッと笑って語りかける。

「やほっ、きゅーくん! 30年振りぐらい?意外と早い再会だね」
「……やぁ、師匠・・。再会といっても、君は随分と姿が変わったようだが……」
「だって、瑞揶くんと話す時に化け物みたいな姿だったら、あんまりじゃない? 驚かれない姿じゃないと〜っ」
「……そうかい」

 彼はそれだけ言うと溜息を吐き、この床もどこにあるかわからない空間に座り込んだ。
 ハートに座らないあたり、お利口と褒めてあげよう。

「それにしても、なんでわざわざ私に会いに来たの? やっぱり私が気になっちゃう!? キャー!?」
「気にもなるさ……。この世の全てを愛する愛律司神様が、突然引退表明したんだから」
「だって私たち、寿命を遥かに超過してるんだよ? 時の体感は早くなったとはいえ、500億年も生きてたら律司神なんて辞めたくなるし」
「辞めるのは構わないけど、連絡が取れるようにぐらいしといてくれ……。何年の師弟関係だと思ってるんだ……」
「別に教えてた期間は大したもんじゃないでしょうに……。よく慕ってくれてるなぁ〜」

 呆れた声で返すも彼は真剣な目を私に向けてくれる。

 私たち最上位生物種には階層がある。
 どこの誰かが決めたのは知らないけど、下から天使や精霊、神、大神、律司神。
 私はきゅーくんが天使だった頃から面倒を見ている。
 大神になる頃までだったから、多分4億年ぐらいかな。
 私の生きた時間からすれば少ないものだろう。

「それにさっ、生命の最終到達目標を叶えるっていっても、永久に終わらないでしょ? 私たち高次元の生物は寿命がないに等しい。私たちが計り知れない全てを知った全知全能の唯一神なんて、作れっこないよ」
「だからって消えることないじゃないか……。探してる人がたくさんいる。顔を出しなよ」
「むー……。私はもう引退したのーっ。隠居してのんびりしてるんだから、きゅーくん邪魔しないっ!わかった!?」
「とは言えど、なぁ……」

 苦い顔をしつつ、引き下がってくれないきゅーくん。
 酷い! 私、師匠なのに!
 世界を作る4Dプログラム技術や記憶容量脳の作り方も全部教えたはずなのに、そんな私を無碍にするなんてーっ!

「酷いーっ! プンプンッ!」
「……急に騒がないでくれ。君が騒いでるのはあまり好きじゃないんだ」
「愛なのに〜っ?」
「愛だけど……」
「にゃ〜です。悲しいにゃ〜です……」

 悲しくて涙が出るも、弟子さんがハンカチを出してくれた。
 ああ、うん。
 このやりとり、懐かしい。

「……って、師匠。僕は本気でここから出て行って欲しいんだ」
「ん?ここから?」

 泣くのもそこそこにし、きゅーくんの言葉に耳を傾けた。
 ここから――ということは、きゅーくんは瑞揶くんに何か仕掛けると言うのだろう。

「……残念ながら、出ていくつもりはないよ。それに、瑞揶くんに何かするなら勝手にすればいい」
「……ほう? 良いのかい? 君は瑞揶に愛情を持っているように思えるが……」
「もちろん、私は瑞揶くんも愛してるよ? だけど、この世の全てが私にとって愛する対象。殺すも生かすも例外はない。だからセイという半端次元神が瑞揶くんを殺し、魂を転生させるのも傍観した」

 そう、私は1度、瑞揶くんを見殺しにした。
 あんな事で殺されるべきでなかっただろう、瑞揶くんを。
 霧代ちゃんとの仲直りを助長したのは、私のせいでもあるからやっただけ。
 私情も挟んだと言えばそうだけどね。

 瑞揶くんの自身が傷付くのはともかくとしても、他人が瑞揶くんのせいで傷付くのは私がきちんと清算しなくちゃいけない。
 それが、瑞揶くんこのこを生み出した私の責任。
 しかし裏を返してみれば、それ以外のことは知ったことじゃない。

「……瑞揶くんに何をするかは知らないけれど、程々にね?」
「ああ……まぁ、僕は君に敵わないことだし、今日のところはおいとまするよ。また来るから、次は茶でも出してくれ」
「うん。またねー!」

 私の元気な挨拶を聞くと、きゅーくんは消え去った。
 …………。
 ……さて。

「大丈夫かなぁ……」

 少し、私は瑞揶くんを心配した。
 これは多分、母性みたいなものだろう。
 自分の代わりである唯一の存在。

 瑞揶くん――こらえてね――。







 夜になってもまだ瑞揶は昨日の事が抜けきってないらしく、腕を前に投げ出したうつ伏せ状態で縁側に寝転がっていた。
 床に落とした饅頭みたいに床とくっついた瑞揶の頬をプニプニつついて私は遊び、月を見ていた。
 人間界は月が1つで、黄色い光を放っている。
 真っ暗な夜に降りた月光はなかなか美しかった。

「……ほら、瑞揶。9月の月よ。綺麗なものね」
「……むくーっ」
うなってばかりいないでよ……」

 ほっぺを幾度つついても変な声を出すだけで、反応がないのが寂しい。
 寝てるから抱きつけないし、いっそ上から乗ってやりたいわ。
 そしたらジタバタして部屋に篭っちゃうだろうからしないけど。

「……今度はどうしたのよ?」

 めんどくさくなった時は本人に聞くのが一番だ。
 私は瑞揶の頭を撫でながら尋ねてみた。

「……もくひょーっ」
「ああ、それまだ言ってんのね……」

 どうやら昼の話の続きらしい。
 コイツは一体、1つの事でどんだけ時間を無駄にするんだ。

「そんなの突然決まるわけないでしょ? 気ままに生きれば?」
「……気ままに?」
「気ままに。私は少なくとも気ままに生きてるわよ? 旅に出たいって目標はあるけど、ここに居たいのも私の意思だし、今この時をここに居たいからこうしてる。それが気ままって事でしょ?」
「…………」

 瑞揶は目を丸くして黙ってしまった。
 コイツはアレよね、霧代の事とかもそうだけど考え過ぎる。
 でも中身は30年以上生きてる奴だし、それもそうか。
 ……行動は子供っぽいけど。

「……じゃあ僕がしたいことをすればいいのにゃー?」
「そうそう、したい事すりゃいいのよ。かといって世界滅ぼしたりしないでよ?」
「むーっ、僕そんなことしないもん。平和に生きていくもん」
「へー。でももし世界征服できたらどうする?」
「みんなでお花畑作るーっ!」
「……平和ね」

 彼が世界の権力者になったならきっと世界は幸せでいっぱいになるだろう。
 是非ともそんな世界に生まれてみたいものだ。

「……考え事終わったら、なんか元気出てきた。沙羅、ありがとーねっ」
「いいのよ。いつもこんなんでしょ」
「……1学期みたいな毎日に戻れる?」
「それは難しいわね。私がアンタの事好きだし」
「む、むーっ。それは困ったのにゃー……」

 顔を赤くさせて倒れ伏す瑞揶。
 うん?なんか効果あった?

「……なんで今更赤くなってんのよ?」
「……別に、沙羅の事嫌いじゃないし」
「……は?」

 なんじゃそれは。
 つまりは好きなの?
 ……いや、違うわよね。そうなら付き合ってくれてるだろうし。

「……でも、好きって言われると嬉しいよ。恋って意味じゃないかもしれないけど、僕も沙羅の事は好きですにゃー♪」
「……好きですにゃ?」
「好きですにゃ〜」
「……じゃあキスして?」
「それはダメですにゃ……」

 苦笑して断られてしまった。
 流れに任せても上手くいかないものね。

「いいの? 後から私を好きになっても、その時は私が他の男捕まえてるかもしれないわよ?」
「……そんな言い方されると凄い悩むからやめて」
「……あれ? 脈なしじゃないの?」
「……にゃーです!」

 それはあるのかないのか。
 まぁいい方向に捉えておこう。
 一応は可愛い認定ももらってるわけだしね。

「……今更だけどさ、沙羅は僕のどこに惹かれたの?」
「…………」

 突然話題を変えられ、ちょっと尻すぼみしてしまう。
 なんでそんな言いにくいことを言わなきゃならんのか……。

「言わないと沙羅がにゃーになるよーっ」
「ちょっ、横暴よ!」
「……その言葉、沙羅にだけは言われたくない。にゃーになれ〜っ」

 瑞揶が寝返りを打ってそう言うと、私はおしりと頭に違和感を覚えた。
 ……ああ、またか。
 耳と尻尾が生えたんだろうけど、残念ながら自分の姿を見る術がない。

「……わー、猫さんっ」
「ちょっと、戻しなさいよ。好きになった理由話せばいいんじゃないの?」
「やーっ……沙羅可愛い〜っ」
「…………」

 猫っぽくなった私を見て瑞揶が抱きついてくる。
 頬擦りしてくるあたり、本当に可愛いと思って抱きついてきてるだけなんだろうけど――まぁうん、ドキドキするからいいか。

「……沙羅は可愛いなぁ。そう簡単には嫁に出さないもんっ」
「嫁に出るわけないでしょ。アンタに貰われるんだから」
「……そうですかにゃー?」
「そうですにゃー」
「…………」
「…………」

 お互いに無言になる。
 瑞揶まで黙ってしまったら、余計抱きしめられる腕に意識して――。

 心臓が激しく脈を打つ。
 だけど、頭の中はふわっとして落ち着いて、なんだか眠くなってくる。
 これはもう何度目のことなんだろう。
 だけど、私はそのまま、彼の腕の中で眠りについた。

 恋人になれなくても、この生活がこのまま続くなら、あるいは――。


 それも悪くない、かな――。

 …………。

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