連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第三話

「おはよう、響川くん」

 早朝1番、1人の少女が僕の机にやって来て机に手をつき、挨拶をする。
 イヤホンを外して顔を上げれば、そこには川本さんの笑顔があった。
 一緒にいない方がいいと何回か言ったけど、気にしてないご様子。

「……おはよう、川本さん。今日もご機嫌麗しゅうございます」
「フフ、いつの時代の挨拶よ。響川くんも、麗しくなったら?」
「え……そ、それは、どういう意味で?」
「笑顔になったらどう?ってことだよ?」
「……いやぁ、恐縮です……」

 眉をひそめ、苦笑を浮かべる。
 とても笑顔にはなってないが、川本さんは微笑んだ。

「ちょっと〜……。やっぱり引っ込み思案だよ、響川くん」
「……自覚あるよ。だから、そろそろ勘弁してください……」
「え? 私のこと嫌い?」
「いや、そういう意味じゃなく、あまり僕をいじめないでください……」
「むぅ……別に虐めてないよ〜」

 ピンクの頬を膨らまし、腰に手を当てて怒りを露わにする川本さん。
 プンプンという擬音が出そうな、可愛い怒り方だなぁ……。

「あはは、そっかそっか……。なんか新鮮な朝だから、感性がおかしいのかも」
「響川くん、いつも朝から音楽聴いて幸せそうにしてるもんね。たまには人と会話しなさいっ」
「……今、物凄くお話しされてるけど?」
「これはお説教です。お話しは今度しようね?」
「……はい」

 これは説教だったらしい。
 朝一から、僕はツイてなかったようだ。
でも、川本さんと一緒に居られる時間があるのは、他の男子からすればきっと嬉しいことで、役得だったのかもしれない。
そう考えていると、彼女は2、3歩後ろに、ステップを踏んで去っていく。

「じゃ、またね」
「うん、また……」

 こうして川本さんは去っていった。
 説教だけして去って行く。
 なんだかお母さんみたいだなぁと思ったり、思わなかったり……。







 朝の件はクラスメイトに当然見られ、授業中コソコソと話す声が幾つか聞こえた。
 授業に集中できず、かといってノートに楽譜を書いていると先生に注意されるし、今日はどうも運がない。

 そしてやって来た昼休み。
 40分という長すぎる時間を設けてお昼ごはんと休憩を挟むというのも、僕は今日何を弾こうか考えながらイヤホンを耳に挿して弁当箱を箸でつついて終える。
 因みにお弁当は自作だけど、その事は誰も知らない。

「……眠たいなぁ」

 ポツリと出た独り言はお弁当を食べ終えてから出た言葉。
 イヤホンから流れる音楽は穏やかなもので、意識を眠りに誘う。
 そうでなくても、川本さんが絡んでくることが自然とストレスになっているのか、眠気はあった。
 クラクラとしてきて、僕は机に両腕を付け、その上に頭を乗せた。
 食後すぐに寝ると太るだろうか、という心配はあまりなくて、重たくなる瞼に身を任せる。

 ――バシッ

「……痛いっ」

 しかし、眠りを妨げる柔らかなチョップが後頭部に直撃する。
 さらに両耳のイヤホンを抜かれ、僕はついに顔を上げた。
 また彼女だ、川本さんがそこに居た。

「こんにちは。ご飯はもう食べちゃったかな?」

 少し申し訳なさそうに苦笑しながら尋ねてくる。
 状況を見ればわかると思うが、あえて答えた。

「もう食べたよ……だから、寝ようかなって……」
「む……起きてないと、楽しいこともないよ?」
「今は寝るのが楽しみな気分なんだよぅ〜……。川本さんも、僕なんかに構ってなくていいのに……友達も、たくさんいるでしょ?」
「いるけど、今は君に興味があるの。だからお話ししよ?」

 興味がある。
 話がしたい。
 はにかんで喋る彼女は、なんだかとても女の子らしく見える。
 それは女の子だから当たり前だけど、なんというか……乙女らしい?

「……まさかとは思うけど、僕に気があるとか?」
「……うーん。そうだったら、面白いねっ」

 ……面白いって、なんだ。
 それに、気があるわけでもないんだね……。

「……僕は面白くないよ」
「む、なんで?」
「……周りの目とかあるでしょ? 君といるだけで妬んでくる男子もいるだろうし……」

 噂で聞いただけだけど、霧代ファンクラブなるものまであるそうな。
 川本さんはそれだけ人気で、僕と一緒にいるような存在じゃないんだ。

「じゃあ、放課後だけ。あの音楽室だけでお話するの。教室では挨拶をする程度。フフ、どうかな?」
「……妥当かなぁ。僕も許容できるし……。後は君のファンがストーキングしてきて、音楽室で会うのがバレなければいいよ」

 川本さんは部活もあるし、人付き合いもあるだろうから僕が1人で演奏してる日の方が多いだろう。
 すると、密会をしってる男子に僕だけしかいない時に殴り込みに来られかねない。
 そんな物騒なことがなければいいんだけど、不安は絶えないからなぁ……。

「ファン、かぁ……。ふつ〜の男の子とは付き合う気がないから、やめて欲しいのになぁ……」
「……慕われてるのは良いことだよ。思慕の分見返りを要求されるのは酷なんだけどね。けど、川本さんはそこにいるだけで見返りがあるようなものじゃない?」
「……そこにいるだけって、どういう意味?」
「君が美人だから常に見返りを与えてるって意味で言ったけど、嫌だった?」
「え……あぁ、いや、ううん……」
「……?」

 何かを払うように頭を小さく振って、曖昧な返事を返してくる。
 急に慌てだして、何?時間が無いとかかな?

「……どうしたの?」
「……いや。響川くんって、平気な顔で美人とか言うから……」
「……え? おかしなこと言った?」
「い、いや良いんだけど……ううん、やっぱり不思議な人だなぁ……」
「あはは、それはどうも……」

 褒められてるのかけなされてるのかわからないけれど、とりあえず礼を述べる。
 悪く思われてないといいのだけど……。

「あ、そうだ。今日は部活があるから、音楽室には寄れないの。次の金曜日に、また行くからね」
「うん、わかったよ。首を長くして待ってる」
「フフッ。待ってて。……じゃ、またね」
「うん、また……」

 主要な用件は予定を伝えることだったようで、僕に言うとそそくさと自分の席に戻って行った。
 安眠を阻害されたけど、話していて悪い気はしなかったなぁ。
 もしかして、僕の方が彼女に気があるとか?
 いやぁ、まさかなぁ……。







 金曜日の放課後になるまで、教室では挨拶をしたり多少話をするような、そんな有り触れた友人関係は続いていた。
 金曜日の放課後に、少し変化が起きる。

「……私たち、付き合ってみない?」

 机の上に座っている川本さんが、そんな雨でも降らし兼ねない言葉を発したからだ。

 所は音楽室、相変わらず人気もなく、僕の勝手で照明は点いてないから夕陽の日差しだけが照らしている。
 僕はとりあえず手に持ったヴァイオリンを閉ざされたピアノの上に置き、一息吐いてから川本さんにこう言った。

「お昼に変なものでも食べたの?」
「ううっ、これでも結構頑張って言ったのに……対応がひどい……」
「いや、だって川本さんが僕に交際を願うなんて、現実的じゃないよ。一体全体、どんな経緯でその言葉を出したのか詳しく教えて欲しいんだけど……」

 腕組みをして僕らしからぬアグレッシブな対応を取る。
 川本さんは困ったように顔を渋らせながら漸く言葉を放った。

「……うん。確かに、いきなりすぎたよね。理由なんだけど……」
「うん……理由は?」
「……なんか響川くんと居ると落ち着くの」
「……はぁ」

 僕も川本さんも、雰囲気が落ち着いてるから、自然と仲間意識が沸くというか、そんな感じかな?
 ともあれ、理由はそれだけなのかな?

「周りの人はみんなさ、ハキハキと喋ってて、ちょっと恐縮だったんだ。響川くんとは落ち着いて会話できるから……この人とならやっていけるって思ったの。あと、響川くんは優しいしね」
「……うーん」

 落ち着いて話せる、というのは頷ける。
 だけども……

「……優しい……かなぁ……?」
「優しいよ? 私が保証、しようか?」
「いや、いいよ……保証されたって意味ないしね。でも、優しいと思われてるだけ嬉しい……ありがとね」
「……そんななごやかに賛辞もらったの初めて。というか、笑顔も可愛いなぁ……」
「かわっ……。来週には、もうちょっと男らしくなります……」
「いやいや、可愛いのも持ち味だと思うけどな〜。勿体無い」
「あはは……」

 まぁ女の子に見えても問題があるわけでもないような……。
 いや、でも男なんで……。



「というか、その、返事をくださいっ……」
「え? ああ……うーん、悩むなぁ……。好きでもないのに付き合うっていうのは」
「じゃあ、ここだけっ! だ、ダメ!?」

 音楽室ここでだけの関係って、それって今の関係とそんなに変わらないんじゃなかろうか。
 ……まぁ、それなら……いいのかなぁ?

「……わかったよ。ここだけなら、喜んでお付き合いさせていただきますっ。……よろしくね」
「わあっ……! ありがとうっ! ウフフッ、嬉しいなー♪」
「……お気に召したようで何よりですっ」

 こうして僕らは、この音楽室だけでの秘密の関係を持つことになった。
 勿論、校内でも挨拶程度はする。
 そんな、奇妙な関係に。

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