連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第三話

「【七王剣】!!」
「【龍天意】!!」

 魔界の最深部――。
 巨漢と少女が赤々とした空を舞い、互いに剣から生み出す閃光、衝撃波を躱してさらに上へと上昇する。
 巨漢は少女を止めるため。
 少女は地上に出るため。
 互いに譲れぬ攻防を繰り広げていた。

「しつこいわね、糞爺!!」
「言葉に気をつけるが良い、小娘がぁあ!!」

 巨漢の大剣から無数の漆黒の光が放たれ、流星の如く勢いで少女に襲い掛かる。

「【晴天意せいてんい】!」

 少女の細長い刀は全身から日光の如く光を放ち、一振りすれば全ての黒き星を消滅させた。

「チッ、意思反映とは厄介な……!」

 少女の剣の特性は意思反映。
 太陽なら闇を食らう、全てに降りかかるといった力が与えられる。
 太陽と言えば凡ゆるものに対して力を持つため、攻撃の殆どが相殺されてしまう。

「ならここは逃がしなさいよ。どうせここで私が逃げたからって上の“人間界”でとっ捕まえんでしょ?」
「黙れ!貴様を逃がしたとなれば、それこそ魔界の恥である!何としても魔界からは出さん!!」
「……ハッ、何処までも自分の事しか考えてない糞爺みたいね」

 少女は呆れたように手を広げて見せる。
 否、事実呆れ返っていた。
 娘の私を蔑ろにする、この狸爺を。

「……死ねっ!! 糞爺!!」
「貴様が去ね!!【龍下剣りゅうげけん】――」
「【羽衣天技はごろもてんぎ】――」

 蔑み合いながら剣を振り上げる。
 黒光りする闇が瘴気となりて各々の刃にまとわりついて行く。
 やがて竜巻の如く集まった瘴気は空をも貫いた。

『【一千衝華いっせんしょうか】――!!!』

 トリガーワードが発言された刹那、竜巻は一つの刀へと一瞬変貌する。
 二人の剣士は迷う事なく、嵐を纏った剣を振り下ろした――。

 ゴウッという衝撃波。
 混じり混じる黒くと黒。
 どちらも引けを足らず力は均衡する。

「ツッ、ふっ――!」
「なっ――!?」

 これを無意味と悟った巨漢は刀と魔力の塊である嵐を分散させ、刀を扇の形に変容させる。
 紅色の鉄線は幾千の血を吸い上げた荘厳の証である。

「【血衝扇けっしょうおうぎ】!!」
「ツッ!! キャァアアアアア!!!」

 巨漢は少女目掛けて鉄線を振るう。
 吹き荒れる嵐は黒の霧ごと遥か上空へと吹き飛ばす。
 少女は無数に鎌鼬の傷を負いながら、その姿を消した。

「! しまった!!」

 ある高度を超えると人間界に飛ぶというのに巨漢、魔王は気付いていなかった。
 戦闘に夢中になり、そんな高度まで達していたことに。
 結果、少女を魔界から逃がす羽目になったのだった。

「クッ、戻って援軍を出さねば……!」

 だが、魔界が少女を発見する事はない。
 少女はある少年に拾われるからである。







「ガッ――! いったぁ……」

 魔法も使えずに急激に地面に叩きつけられ、体が悲鳴を上げる。
 回復魔法を使うだけの魔力も残ってない。
 となれば、自然治癒に任せるしかない。
 腐っても魔王の娘、傷の治りは速いしその間ぐらいなら気絶していても大丈夫だろう。

「……寝よう。もう、疲れたし……」

 寝返りを打って、横になる。
 最後に見たのは、やけに生活感の感じるリビングだった。







 ――ザスッ。

「うっ……」

 一撃目、苦痛から呻き声が出る。
 倒れはしないが、血が汚く垂れだす。

 ――ドスッ。

「……あぁぁああぁぁあ……!」

 二撃目、剣が胸元が貫通して悲鳴を挙げる。

 ――ヒュッ。
 ――ブシャッ。

「ツゥ……グ、うぅ……!!」

 三撃目、右腕が吹き飛んで血が噴き出す。
 涙を堪えきれずに放出させ、片膝をつく。
 息を切らしながら片手を床について、倒れる。
 もうこれ以上は耐えられないだろう。
 だから最後にもう一撃。
 それを耐えたらもう一撃。
 大丈夫、大丈夫。
 だって僕は、死なないから――。







 時は20xx年、ヤプタレアという天界、人間界、魔界が繋がった世界では科学文明が栄え、平和が訪れていた。
 自由の第2世界らしいが、世界を収める自由律司神は管理など放棄し、天界から離れて何処かに消えたと幾つも報道がある上、テレビではお面をつけて登場するために素顔を知る人間はいない。
 自由世界といっても、単に自由律司神が命名しただけで、秩序も法もあり、平和な世界だった。
 その一旦である、人間界にある小国のとある家にて。
 意識を失って数時間経った頃、突拍子もなく響川瑞耶ひびかわみずやは家の自室で跳ね起きた。

「……痛い。完治してないか」

 右腕にある、先ほど失くしたはずの腕をいつものように動かしてみると若干震えるし、痛い。
 痛いだけで済むのだから良いのだろうが、そうでなければこんな自傷行為もしない。
 死んでしまうと、本当に何もできなくなるから……それは困る。

 片膝ついてから立ち上がり、時計を見れば短針が9、長身が5を指していた。
 時刻は大体午後9時25分、4時間近く気を失っていたらしい。

「夕食、食べ損ねたかな……夜食になったけど、なにか作ろうか……」

 ふらつく体を動かして、ドアノブに手を出した。
 その時、

 ――ドォオオオン!!

「!?」

 耳に響く爆音とともに、体が吹き飛んだ。
 後頭部を抑えながら起き上がり、何事かと即座に部屋を出る。

「……うわぁ」

 リビングに出ると、台所が半壊しており、棚や冷蔵庫も倒れている。
 天井には大穴がぽっかり空いており、電気の無くなってしまったこのリビングに月光が優しく照らしていた。
 光は特に、落ちて来たであろうソレに集中して光を注いでいる。

「……女の子……かぁ」

 インカローズのようなピンク色の着物を着ていて羽衣を身に纏った身長150cmぐらいの小さな少女。
 和服には不似合いといえる長い金髪を持っていて、足には高下駄を履いている。

「まったく、なんだって空から人が落ちてくるんだか……うわっ、しかも剣持ってるし、大怪我してるし……」

 本来ならば先に気付くべきだった怪我。
 所々に赤い斑点があるのは着物の模様かと思ったが全て血の跡だった。
 そうとわかれば、すぐさま“超能力”を使って彼女の怪我を癒していく。
 手が発光し、その微弱な光が少女に移り周って傷を全て治していく。

「一応、診察しよっ……」

 外傷を全て治し、他に悪いところは無いか捜索する。
 背中から落ちたからか、背骨にヒビが入ってたし肋骨も何本か折れていた。
 そのまま治癒をし続け、安静状態にまで回復させた。

「よっ……あっ、軽い」

 空いてる部屋に少女を運ぼうと抱き上げると、存外軽かった。
 ズシズシと、しかし慎重に歩いて少女を部屋のベッドに運び込み、退室する。
 夜食もそうだが、少女が起きた時のために何か軽食も作ろうと台所に戻った。

「……そうだ。家も修復しないと」

 再び超能力で壁や家具を修復する。
 ただ手をかざして念じただけで天井は塞ぎ、壊れた家具は接着していく。
 最期に念力で元の位置に戻せば終わり、暗い陰気な部屋に元どおり。
 特に思うところもなく、普段通り静かに料理を作り始めた。







 ゴン!

「痛っ!」

 激しい頭痛で一気に意識が覚醒し、同時に蹲りながら頭を抑える。

「おぉ~……何よ? 乙女を痛めつけちゃダメでしょうが」

 頭を殴っただろう人を探してみるが、陽光が差し込む室内には誰もおらず、代わりに自分の下にあるグシャグシャの掛け布団とすぐ隣にあるベッドを見て事態を察知する。
 成る程、私の寝相が悪くて落ちたのね。
 ……まぁよくある事よ。

「ここは人間界の病院かしらね?」

 寝相云々より、室内にいる事が気になった。
 室内にいる、という事は誰かが私を家に連れ込んだか病院に送ったか。
 はたまた拉致監禁なんてのもおかしくないかもね。
 自由に動けるし、傷も治ってるし、今のところその線は薄いけど。
 病院となれば身元確認されたらヤバいからさっさとおさらばしたいところ。
 人間の家なら暫く住まわせてもらえばよし。
 考えてても仕方ないし、まずは探索ね。

「探索……っとと、貧血かしら?」

 歩こうとすると、頭が重くてフラついて倒れそうになる。
 こんな調子で探索するなら休んどいて誰か来るの待った方が楽ね。
 襲ってきたとしても、貧血だからって私は負けないし。

「ふぅ、頭クラクラする……」

 ベッドの上にボフッと乗っかり、横に倒れる。
 力無く沈んだ体はベッドに反発すること無く埋まり、体が受け止められる。

 コンコン

 刹那、ノックがあった。
 さっき頭ぶつけたときの音に気付かれたらしい。

「どうぞー」

 テキトーに呟くと、部屋のドアは開けられて1人の少年が来室する。
 まず目に飛び込んだのは、彼の瞳。
 光のない瞳孔は前髪で見え隠れして、気力の無さを体現していた。
 肩にはまったく力が入ってないのか、手はブラリと垂れ下がるだけでだらしない印象を受ける。
 歳は15かそこらだろう。

「……起きてる……よね?」

 確信めいた語調で確認をとってくる。
 寝たばかりだが、私は起きてることを示すために体を起こした。

「起きてるわよ」
「あ、なら良かった〜。傷はもう完治してるよね?」
「ええ、お陰様で。ちょっと貧血気味だけど」
「あれ? ……血が足りないか……待ってね」
「?」

 私に向かって掌を差し出し、少年は固く目をつむった。
 少年はそのまま数秒動かず、何かを終えたのか突如怠そうに息を吐いた。

「ふぅ……どう? 体の調子はよくなった?」
「え? ……あら?」

 そして、意識が自分に向くと異変に気づく。
 先ほどまであった怠さ、体の違和感がまったく感じられないのだ。

「……治ってるわ」
「良かった〜……お腹も空いてるよね? 昨日の作り置きで悪いんだけど、食べない?」
「頂くわ」
「うん、じゃあリビング行こう〜っ。付いて来て」
「えぇ……」

 廊下へ行く彼の背を見ながら、私は内心にやけていた。
 彼は白衣じゃなく普段着だったし、ここは恐らく彼の家なのだろう。
 私という美少女を襲いもせず手厚い看病に食事まで出すとは善人の証拠。
 そして強力な治癒能力。
 まだ少年だし、コロっと騙せそうだ。
 これは都合の良い手駒が手に入るぞと内心笑いが止まらない。

「……? なにしてるの?」
「あ、なんでもないわ! 行きましょ♪」
「? うん」

 一先ずは何か食べさせてもらおう。
 その後はこの子を使って身を隠し、近々またあのクソ親父に挑んでブッ殺してやる。
 待ってなさい魔王、優秀そうな回復役見つけたからにはブッ殺してやるんだから!

 私は1人意気込んで、ズカズカ歩きながらリビングへとやって来た。

「怒ってるの?」
「え? ううん、別に」
「? そう」

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