連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第七話

 夜になるのは早かった。
 ほぼ毎日同じ生活をしているからか、時間の流れるのが早く感じる。
 でも、きっとそれだけじゃない。
 家族が居て、会話をしていると、意外と早く過ぎてるものだから。

「フッ、このもふもふしたうさぎは頂くわ。返して欲しくばそっちのクマとたぬきを渡しなさいっ!」
「そんなこと言わなくても、全部あげるのに……」

 ダイニングにあるソファーにて、沙羅に自作のうさぎとクマとたぬきの人形を全て奪われる。
 僕はこうしたら可愛いって想像して作るけど、実際に作った後は可愛さがわからないから、飾り物にしかならないんだ。
 いや、可愛いだろうなと冷静な判断はできるけど、可愛いから抱きしめたいとか全く思えなくなってしまう。
 もふもふしたらあったかいからいいんだけど、欲しいと言うなら全部あげちゃうんだ。

「なによなによ〜っ、みんな可愛いじゃないの……はぁ〜、いいわぁ……」
「あはは……お気に召したようで何よりです……」

 3体の人形をまとめて抱きしめ、顔を人形に埋めているのを見てるとこっちまで幸せになる。
 これは見て感じるというより、彼女が幸せそうだ、それは何より、という2段階の論理思考だからかな?
 どちらにしても、僕の目って面倒くさいなぁ……。
 僕自身はこれで慣れてるからいいんだけども。

「でも凄いわ。よくもまぁこんなの作れるわね」
「手芸は昔から得意なんだよ? ほら、料理もそうだし……手を使うことは得意、かな?」
「でも運動はできないんでしょ?」
「え、なんでわかったの?」
「顔に書いてあるわ」

 そう言われ、ペタペタと自分の顔を触ってみる。
 手には黒いインクは付かず、当ては外れたようだ。

「……本気にしないでよ」
「え? あ、うん……」

 ちょっと引き気味な沙羅にツッコまれる。
 今のは嘘なのか〜っ。
 なんて、そんなのほほんとしたことを考えている時だった。

 ――ピーンポーン

 なんとも機械音の代名詞といえる音がリビングダイニングに鳴り響く。
 沙羅の制服が来たのかお義父さんかの2択だけど、夜だから宅配便はないよね。
 僕は1人、リビングから玄関へと向かった。
 誰かは予想がついてたし、確認もせずに扉を開ける。

「おっす、瑞っち」

 しかし、玄関の向こうに居たのはお義父さんじゃなかった。
 ニカッと笑い、軽い調子で挨拶をしてくる。
 玄関からの光を受けた少年は僕より10cmは身長が高くて180ぐらいかそこら。
 目は大きく開いてるが、挑発的な顔立ち。
 髪は薄く茶色掛かってて、何かで固めてるのかツンツンしてる。
 赤いパーカーに白いジーンズを履いていた。

 この少年を僕はよく知っている。
 同じ人間にして、小学校から中学、ましてやこの先の高校も一緒なのだから。

「……なぁんだ、瑛彦あきひこかぁ。こんな時間にどうしたの?」
「なんだとはなんだよ。暇だったから遊びに来たんだ」
「暇って……よく補導されなかったね」
「まだ21時だぜ?補導されてたまるかよ。それより、上がっていい?」
「……。……あ」

 少し困った。
 突然の来客であり、しかも最近の若者らしい若者の瑛彦だ。
 沙羅に対してどう反応するかわからないけど、とりあえず沙羅に許可を取ったほうがいいよね。

「ちょっと待ってね。同居人に許可取るから」
「同居……? 親戚かなんか来てんのか?」
「……うん、従兄弟いとこがね。同じ高校行くんだよ?」
「マジか? なら俺も顔合わせしねぇとだし、別に良いだろ」

 言って瑛彦は僕を押しのけ、靴を脱ぎ捨てて室内に侵入する。

「ちょっと、勝手に入るのは……」
「今更何言ってんだよ。俺とお前の仲だろ?」
「もう……第一印象悪くなっても知らないからね?」

 僕が玄関を扉を閉めてる間に瑛彦はリビングの方へ吸い込まれていった。
 僕もいつもの調子で玄関からリビングに向かう。

「若っ!!!」
「女っ!!?」

 2人の叫び声に近い驚嘆した声が聞こえたのは、僕がリビングに入ったと同時だった。
 沙羅はソファーに座って動かないが、瑛彦が僕に駆け寄ってくる。

「おい、瑞っち。お前、あんな可愛い子と一緒に暮らしてるのかよ?」
「暮らしてるよ? あっ、沙羅ってやっぱり可愛い?」
「おいおい、体は貧相だけど良いじゃねぇかよ! 羨ましい……」
「もーっ、そういう目で見ちゃダメだよ」
「うるせぇよ! お前にはこの男が抱える蟠りがわからんだろうが、うおぉ……可愛いじゃねぇか!」

 興奮してしまって僕の言葉なんてもう瑛彦には届きそうになかった。
 ああ、うん、僕も男らしくはなりたいけど、こういう男にはなりたくないかな……。

「……ちょっと声掛けてくる」
「……殴られないようにね」
「は? 結構凶暴な感じ?」
「まぁ、そうかな……? ま、仲良くね。僕は紅茶でも淹れてるよ」
「おう、任せとけ」

 僕にVサインを見せ、瑛彦はソファーの方に忍び足で向かって行った。
 僕も台所に立ったけれど、顔だけソファーの方に向けて会話を拾う。

「あー、君? 瑞っちの従兄弟なんだって?」
「は? 義父さんなんでしょ? 瑞揶から聞いてないの?」

 沙羅は疑問符を浮かべて返す。
 急に来たもんだから、瑛彦についての説明はなんらしていないし、誰かわからないだろう。

「いや、俺は義父じゃない。瑞っちの幼馴染みで、羽村瑛彦はむらあきひこって言うんだ。よくこの家にも遊びに来るから、仲良くしてくれ」
「あら、そうなの? 私は……響川沙羅。瑞揶の従兄弟よ。よろしく」

 お互いに自己紹介を済ませた模様。
 そこでようやく僕は茶葉と急須を手に取った。

「沙羅っていうのか〜。いやぁ〜、可愛いなぁ。瑞っちはこんな可愛い子と同居なんて、羨ましい限りだぜ」
「そりゃどうもっ。ま、褒めたって何も出さないけどね」
「いやいや、美少女の顔が見られりゃあ、俺は文句ねぇぜ」
「……あーそっ。ちょっと冷蔵庫漁ってくるわ」
「ほいよっ」

 僕がフライパンにお湯を沸かしていると、沙羅がコンロ横の冷蔵庫の前に立った。
 つまり、僕の横に。
 僕にギリギリ聞こえるぐらいの声で、彼女は呟く。

「安い口説き文句ね……ドラマの方がまだマシよ」

 なんだか怖い呟きだったから、それは聞こえないフリをした――。







 紅茶を淹れてすぐ、お義父さんから電話があった。
 なんでも、事情が変わって23時ぐらいに終わりそうとのこと。
 僕はその時間だと、もう寝てるかな。
 そう話したら明日の朝から来るとのことで、朝食を作っておく約束をした。
 花見をすると言ってたぐらいだし、明日は休みのはず。
 まぁ結局、瑛彦も泊まるとか言い出してるから1人泊めるのに変わりはない。

「よくよく考えてみたら、瑛彦が僕の家に来ても、する事ないよね?」

 リビングで3人並んでテレビを見てる中、ひょんな思い付きを呟いてみる。
 現に瑛彦は今、ただ寛いでお煎餅を食べながらテレビを見てるだけだった。
 しかし、僕の言い分を彼は鼻で笑い、ニヤッと笑う。

「いやいや、例の部屋・・・・に入れるか挑戦するだけで来る価値はあるだろ?」
「ああ、うん。入らないでね?」

 1階最奥の部屋はちょっと事情があって、誰も入れたことがない。
 アパートの時も1部屋だけ強力な結界で守り、誰も通さなかった。

「いやぁ、前回は惜しかったよな。朝の四時なのに、瑞っち飛び起きて来たしな」
「入れさせるわけにはいかないもの。絶対許さないからね」
「それはどうかな……クックック」
「……瑛彦、そんな事してると出禁にするからね?」
「そうなったら勝手に上がるけどな」
「不法侵入だよっ!?」

 ツッコミを入れるも、もう彼の視線はテレビに戻っていた。
 むぅ……僕も瑛彦の秘密を何か握ろうかなぁ?

「瑞揶、この家に入れない部屋なんてあったの?」

 瑛彦に変わって、沙羅がはてな顏で質問してくる。

「うん、あるよ。1階の突き当たりね。でも、あそこは僕の部屋と言っても過言じゃないから、沙羅も入っちゃダメだからね?」
「へぇ……もし入ったら、どうなるのかしら?」
「……殺すよ?」
『…………』

 僕が笑顔で告げると、2人は時が止まったかのように動かなくなる。
 …………。
 あっ、つい本音が出ちゃった。

「あ、いや、殺しはしないけど、それなりの処罰はするよ?ごめんごめん……」
「驚かせないでよ……」
「一瞬、心臓止まったぜ……」

 沙羅、瑛彦と2人揃って胸をなで下ろす。
 今時、殺すなんて普通に使われてる言葉なのに、そんなに驚くものかなぁ……?

「とにかく、あの部屋には入っちゃダメッ。本気で怒るからね?」
「入ろうにも、瑞っちが全力で止めてくるだろ? ま、挑戦するのが面白いんだけどな」
「瑛彦にはちょっと折檻が必要かな? 後で僕の部屋に来てね」
「いや、まだ死にたくねぇから遠慮しときます……」

 怯えた様子で断ってくる。
 そんな、遠慮しなくてもいいのに。
 それよりどうして怯えてるのかな?
 僕はこんなにニコニコ笑ってるんだから、何も怖くないでしょ?

「……アンタ、見かけによらず結構恐ろしいわね」
「え? 沙羅、なに?」
「……なんでもないわ」

 沙羅が零した言葉は聞き取れずに消え去る。
 いつになく気の張られたリビングはテレビの雑音だけが流れ過ぎていくのだった。

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