連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第二十話

 お昼休みは雨の日以外、毎日屋上でお弁当を広げている。
 部活メンバー全員で集まり、基本的には瑛彦がバカな事を言ってそれに沙羅か環奈がツッコんだり折檻したり……という感じ。
 僕と工藤さんは殆ど黙ってご飯を食べ、他の3人の動向を見ている事が多い。
 そのため、工藤さんがいつも隣で、別サイドは瑛彦が座ることが多く、とばっちりを食らうことは日常茶飯事だ。

「瑞揶くん、今日はどんなの作ってきたの?」

 お弁当を開ける僕の手を見て、工藤さんが尋ねてくる。
 大分僕に慣れてきたようで、もうそろそろ名前で呼んだ方がいいか検討中なのだ。

「えーとね、今日は朝の気分がハンバーグだったから、ハンバーグ作ったよ〜」
「わ〜っ、いいねっ。私はあんこの気分だったから、頑張っておはぎ作ってきたの」
「……あ、朝からあんこの気分かぁ。僕にはちょっとわからないかも」

 笑顔で作ってきたものを言われても、僕は苦笑しかできなかった。
 この子とはやっぱり、食の感性が合いそうにない。

「見ろ!」

 瑛彦が声を張り上げ、全員の視線を集める。
 彼の手には赤い弁当箱があるが、その中身は洗い立てのように綺麗だった。

「……なんでアンタの弁当カラなのよ?」

 疑り深げに沙羅が尋ねる。
 瑛彦は悲しみの表情を見せ、肩を竦めて答えた。

「多分、母ちゃんが作るの忘れたんだな。まったく、マイペースにも程があるぜ」
「程があるって言うより、限界を突破してるね」

 意気消沈とする瑛彦を見て、飯が美味いと言わんばかりに笑顔を見せて環奈が言葉を返す。
 笑いはしないけど、確かに、ルーズと言うにも限度があるね……。

「瑞揶ならありえないミスね。今度から瑛彦も、瑞揶に作ってもらったら?」
「え?」

 何故か沙羅が僕に期待を寄せた発言をする。
 食費は別に困らないし片手間だけど、瑛彦だからどんな文句を言ってくるかわからないしなぁ……。

「マジか瑞っち!?」

 が、その瑛彦の方は嬉々として僕の顔を見た。
 あれ?好反応?
 じゃあ良いかな……。

「いいよー。但し、文句言わないでよ?」
「瑞っちの料理に文句つけるかよ! 明日から頼むぞ!」
「うっ、うん。了解……」

 気迫があって少ししどろもどろになってしまう。
 瑛彦は僕の作る料理を「定食屋にありそうな味」とか言ってたし、そんなに期待しなくてもいいのになぁ……。

「じゃあウチのも作ってよ」

 さらには環奈までもが要求してくる。
 ……環奈は自分で作って食べてるじゃないか。

「僕が作る必要あるの?」
「……食費」
「……手間まで僕に掛けさせるんだね」

 ボソッと呟いた彼女の言葉に、僕はなんとも言えない気持ちになるのだった。

「ま、お弁当の事はひとまず置いとくとして、そろそろ新しい部員を勧誘しましょうか」

 閑話休題とでも言うかのように沙羅が全員に聞こえるように言う。
 急に言われたもので、誰も反応できずに固まった。

「……増やすのか?」

 いち早く反応したのは瑛彦で、うんざりしたような物言いだった。
 それもそのはず、勧誘する季節はもう過ぎて5月に入っている。
 それに、勧誘するのは僕と瑛彦だし、やりたくない。
 しかし、沙羅はまったく引く様子はない。

「増やすわよ。まったりしているとはいえ、多い方が楽しいわ」
「でも、うちの部活に来るような人、いるかな?」

 僕の言葉に、みんな頭を捻らせた。
 我らがまったり音楽部は演奏したり、雑談したり、お菓子を食べたり、気分が乗らなかったら活動もしないような部活。
 本当に友達付き合いだけみたいな様子なんだけど、入部希望はあるんだろうか?
 頭に疑問を浮かべていると、あっけらかんと環奈が言い放つ。

「瑞揶みたいなのだったら来るんじゃない?」
「あー、確かに来そうね」
「……2人は僕の事をどう思ってるのかな?」

 納得して頷く沙羅も沙羅だけど、僕も自分で受身な人間だとわかってるし、ゆっくりできるところがあるなら行くかもしれないけどもっ、本人のいる前では言わないのっ。
 あまり叱責した所で仕方ないかと、ため息を吐くだけだ。

「それなら俺、いい奴知ってるぞ?」

 ここぞとばかりに瑛彦が笑顔で言う。
 僕みたいな人がいるのかな?
 それはそれで会ってみたいけど……。

「じゃあ会いに行きましょう。今日の放課後に全員集合よ」

 許可も取らずに沙羅が決める。
 部活の代わりに勧誘になるようだ。

「あ、ウチはバイトあるからパスで」
「私も、今日面接だから……」

 環奈と工藤さんは来れないらしい。
 工藤さんは今週からバイト探しを始め、今回が初めての面接みたい。

「了解よ。じゃあ、またこのメンツね」
「ま、こうなるよなー」
「あはは……僕は強制なんだね」

 前回も勧誘をした僕、瑛彦、そこに沙羅が加わった3人で勧誘するようだ。
 僕の意見は結局無視なんだね……。
 そんな訳で、僕達は放課後に瑛彦の言う人物を探した。

「で、ソイツはどこにいんのよ?」

 廊下を歩きながら、沙羅が瑛彦に尋ねる。
 あまり探すのにやる気がないのか、声が暗かった。

「あー、今ならサッカーかな? グラウンド行く前に一応、アイツの教室覗いてくか」
「そうだね〜」

 瑛彦の意見に僕も賛成する。
 最初にグラウンド行って居なくて帰ってたら困るもの。
 瑛彦の案内ですぐに着いた教室は1-3と、僕達のクラスから近いところだった。
 残っている生徒はいたけれど、目的の人物ではないらしい。
 僕達は外履きに履き替えて、まだ陽の高い位置にある外に出た。
 校舎の正面、その反対側にあるグラウンドに向かうと、サッカー部が試合をしているようだった。

「……なんだか慌ただしいわね」

 試合の様子を見ながら沙羅がポツリと呟く。
 いろんなパスの呼び掛け、全力疾走でのドリブルとディフェンスの攻防、怒号にも近い顧問らしき先生の指示。
 部員の生徒達が汗をグラウンドに撒き散らして走る姿はなんとも若々しい。

「今日は1年対上級生なんだそうだぜ? こんな時間から試合してるし、いろいろギャラリーがいるだろ?」

 瑛彦が状況説明をしてくれる。
 確かに、僕達以外にもグラウンドを取り囲む生徒は多い。
 だから僕達が来たとしても、誰も咎める者がいなかった。

「パス回せパスを!!」
「食い止めろ!」
「戻れ戻れ!!」

 色んな指示が飛び交い、ギャラリーからも応援の声が湧く。
 みんな元気だなー、なんて考えてぼんやり眺めていると、ロングパスが飛んだ。
 1年生側から敵陣にボールは飛ぶ。

「ナエト!!」
「任せろ!」

 そのボールはナエトと呼ばれた黒髪の少年が拾った。
 刹那一部の方から女子の歓声が一気に湧く。

「キャー! ナエト様ぁああ!!」
「ナエト様頑張ってぇええ!!!」
「ナエト様ぁあ!!!」
「……人気だねぇ」
「だろ?ちなみに、アイツを勧誘するから」
「……え」

 黄色い声援飛び交うあの人を誘うらしい。
 しかもなんか、あの人失速もせずにディフェンスを軽々抜いてるよ。
 サッカー部のエースなんじゃないかな……。
 あ、でも一年生なんだよね……。

「……うちに誘うのは無理じゃない?」
「いや、アイツは万能らしいから何やってもつまんないんだとさ。まったりしてるぐらいがちょうどいいと思ってな」
「そうなの?」
「ああ。性格も、悪くはない。ちょっとキツい面もあるんだけどな」
「……そっか〜」

 僕の問いに瑛彦が答えてくれる。
 聞いた限りだと、沙羅みたいな感じ?
 僕には似てないような気もするけど、沙羅っぽい人なら親近感が湧く。

「……マズイわね」

 そして、当の本人である沙羅は親指の爪をかじっていた。
 なんか問題があっただろうか?

「どうしたの、沙羅?」
「……瑞揶、ちょっと来なさい」
「えっ? うん」

 沙羅に連れられ、グラウンドから一度出て校舎裏の細い通路に来る。
 瑛彦の前じゃ言わないってことは、沙羅の過去の事が関係してるのかな?

「一体どうしたの?」

 改めて沙羅に問い掛けると、彼女は深くため息を吐き、眉を顰めながらこう言った。

「アイツ、ナエト――ナムラ・ダス・エキュムバラ・ラシュミヌットは、魔王の正当な息子なのよ」

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