連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜
第二十二話
部活の時間はつつがなく過ぎ去り、部員とナエトくんを合わせた6人は帰路に着いていた。
沙羅はすっかり調子を取り戻しており、理優、環奈と話をして男子の前を歩く。
「瑞っちよう……なんか昨日今日と沙羅っちの様子が変じゃねーか?」
隣を歩く瑛彦に尋ねられる。
さすがに見てればわかっちゃうようだ。
だけど瑛彦の隣にはもう一人、ナエトくんがいるからはぐらかすしかない。
「そう? 多分、ドラマの見過ぎでテンションが高いんだよ」
「……そんな事で2度も怒鳴られた俺、不憫過ぎるだろ」
「あはは、そうだね〜っ」
「これはアイツと家族の瑞っちに何か奢ってもらうしかないな」
「……駄菓子屋行く?」
「安く済ませようとすんなよ!」
あからさまで魂胆がバレてしまい、頭を軽く叩かれる。
瑛彦の事だから、何を要求してくるかわからないもの。
こんな会話をしていると、ナエトくんが失笑した。
「フン。お前達、なんてしょうもない会話をしているんだ。もう高校生だろう?大人っぽい会話でもしたらどうだ?」
「僕は心が子どもだよ〜」
「俺も、歳食ったのは体だけだな」
「……どうしようもないな、お前達」
呆れて物も言えなくなったのか、ナエトくんは僕達より一歩前を歩き出す。
意識高いし大人っぽくなりたいのはわかるんだよ。
目の前歩かれると小さくて子どもに見えるし、こう、背伸びしてる感じがあるからね……。
もちろん、そんな事は口に出さないけども。
「俺も大人っぽくなってみようかなぁ〜」
「わっ、瑛彦がそんな事言うなんて……明日は雪でも降るのかな?」
「瑞っちテメェ……まぁいいけどよ、アレだな。大人の魅力でナエトみたいにモテモテになりたい」
「……そっかぁ〜。頑張ってね?」
「その哀れんだような目で俺を見るのはなんの意図があるんだ?」
「……さぁね」
教えなくてもわかると思ったが、僕の眼差しの意味は理解できなかったらしい。
瑛彦が大人っぽくなっても、性格が終わってるもんね。
あんまり言わないけれど、無理する前に止めるとしよう。
「けどな、恋するしないは置いといて、瑞っちもモテたらいんじゃね?」
「……えー、なんで?」
「モテる奴は男らしくてカッコいいって事だろ?」
「!!」
男らしくて、カッコいい……。
その言葉が僕の耳の中で反響し、驚きで目を見開かせた。
男らしく。
僕がずっと望んでいた事じゃないか。
恋をする事はとてつもなく嫌だ――というか霧代のためを思うと恋とかありえないけど、モテるぐらいなら、男らしくて良いんだね!?
「……瑛彦。僕、やるよ」
「……え? ま、マジで?瑞っちがモテようとすんのか?」
「モテて、男らしくなるよ」
「……そうか。俺は応援するぜ! 頑張れ! 瑞っち!」
「うん!」
瑛彦と固い握手を交わす。
よし、僕は男らしくなるぞーっ!
「……本当にどうしようもないな」
前の方からため息混じりにそんな声を漏らす者が居たが、僕らには聞こえなかった。
◇
夜9時を回り、やる事がなくなったこの時間帯。
私はいつも通りテレビを点けてドラマを観ていた。
手には煎餅を持ち、のんびりと画面を眺めているが、今日は少し、落ち着かない。
それは、瑞揶が隣に座っているからだった。
私のことなど気にも留めずにずっとテレビを凝視し続ける彼に、家族の私は何て言えばいいのだろう。
どういう心境の変化があったのかをまずは聞きたいが、ちょっと難しい。
いや、瑞揶の事だから純粋に、私と仲良くなるために同じ番組を見るって事かしらね?
よくわからないけど、隣にこんなのが居たら私の方がテレビに集中できないんだけど。
「……ねぇ瑞揶? ちょっといいかしら?」
「ごめん、沙羅。CMまで待って!」
「…………えぇ、わかったわ」
私の言葉は呆気なく突っぱねられてしまう。
……これはとんでもなく面倒くさい予感がするけれど、CMまでは黙ってあげる事にした。
そしてCMまで来ると、瑞揶はどっと息を吐き出し、私の顔を見る。
「ふぅ……で、どうしたの?」
「どうしたの、じゃないわよ。何を真剣にテレビ見てるわけ? アンタが真面目にテレビ見てると気持ち悪いんだけど」
「……沙羅、僕はこれからモテるの。そのために勉強だよっ」
「…………」
コイツが何を言っているのか理解できなかった。
いや、そんな真摯な眼差しで見られたら信じざるを得ないけど、瑞揶が?
こんな男が?
無理。その一言で切り捨てたいけれど、頑張るというからには長い間続けるんだろう。
それなら、いつかはモテるかもしれないわね。
「へー、頑張ってね」
「うんっ。きっと沙羅もメロメロになるほどの色男になるからねっ!」
「いや、それはあり得ないから」
「……がーん」
がっくりと項垂れ、テーブルに突っ伏す瑞揶。
ぶっちゃけ、男として認識できないのよね。
可愛くて出来のいい妹みたいな感じ……うん、これがしっくりくる。
「たった一言でしょげてんじゃないわよ。突っぱねられても何度も頑張ろうとしなさい」
何度やっても無意味だけど、そんな事を言って励ます。
瑞揶はゆっくりと起き上がり、涙目を見せながら再び私に向き直る。
つーか泣くなっ! 男でしょーが!
「……そうだよね。僕は何度も当たって砕けるよっ!」
「当たっても当たっても壁は壊せないんだけどね」
「……がーん」
再び顔を伏せてしまう瑞揶。
なんて面倒くさいのだろう。
というかもうドラマの続き始まってるんだけど……まぁ仕方ないか。
「ほらほら、私の言葉程度に惑わされてんじゃないわよ」
「ううぅ……だって〜」
「そもそも、モテてどうすんのよ?」
「あ、男らしくなるんだよ〜」
「……それは男らしいって言うのかしらね」
「だって、モテるのは男としてのランクが高いってことでしょ?」
「……はぁ、そう。私にとっちゃなんでもいいけど……」
瑞揶が男らしくなったら、というのが想像つかないのはきっと私だけにとどまらないはず。
いつもニコニコしてて、温厚で、女々しい。
それが瑞揶だものね。
イメージを掴むためには――
「じゃあ、一回能力で男らしい瑞揶になってよ」
「……うん。沙羅がそう言うなら、僕、やるよ」
「よし、やりなさい!」
「うん! いくよー!」
瑞揶は立ち上がり、その姿が突如、煙に包まれる。
煙が晴れると、そこには――
「ぐへへ、うへっ、萌え萌え〜」
変態がいた。
物凄い変態だった。
お腹は横幅に太くなり、眼鏡をかけた姿。
セーラー服を着た少女のフィギュアに頬擦りをし、ピチピチの白いTシャツを着てオーバーオールを履いている。
……男らしく。
いや、これは確かに、男が持つことができる変態性の1つではありそうだけど……。
「そんな男らしくじゃないわぁぁあ!!!」
「ふぐぅうう!!?」
思いっきりビンタすると、瑞揶の姿は元に戻るのだった。
瑞揶が男らしくなるにはまだまだ道程が遠い。
◇
とある高級マンションの一室の照明が点き、金の額を身につけた絵画、黄金の家具達が姿を見せる。
真っ赤な絨毯の上を歩くナエトは溜息を吐き、すぐに現れたメイドを手で制してスクールバッグを投げ出して自室の方へと向かった。
制服のままベッドの上に転がり、両手を広げて仰向けに寝転がった。
「……沙羅、か。どこかで聞いた名前だな」
1人、ポツリと呟く。
沙羅という名前を、どこかで聞いたと自分に問いかける。
昨日今日と思いを馳せながらも答えは出ずにこうしてぼんやりとしている。
何か、このわだかまりを買い使用する手段があればいいが、何も思い浮かばない。
「……沙羅。会ったことがある。これは間違いないな」
沙羅本人は否定していたにもかかわらず、ナエトはそう結論付ける。
確実に見たことがあるのだ。
それに、目鼻立ちが自分と似ているというのも気になっている。
「……まぁ、本人を脅すのが一番。もしくは魅了か。それでいいだろう」
自分の能力で解決できる事であると、ひとまずこの件は頭の片隅に追いやった。
だが、まだナエトには悩みがあった。
「……何故僕が、こんな所に来なきゃならないんだか」
自分が何故こんな所帯に住まわされているのか、彼は彼自身納得できずにいた。
今なら魔王城でハエが巨大化したような魔物と雑談している頃なのだが、ここは人間界である。
しかも、庶民と携わるなどと、おかしいのだ。
なおかつ、彼は魔王の息子。
なのに報道すらされない、その事には遺憾を感じざるを得ない。
名前も隠していないのに、誰も魔王の息子として接してこないのがそもそもおかしいのだった。
というか、知ってか知らぬか普通に接してくるこの“現実”がおかしい。
何かカラクリがある、とナエトは常々思い、自分がここに居る要因について考える。
(僕は確か、何かの命令を受けた。なのに、それが思い出せない。父上も何も言わないし、だが戻れとも言われない。……現実がおかしい。これは夢か?否、ここまで長い夢などあり得ない)
思考は徐々に深くなっていくが、とりあえずリラックスして全身の力を抜き、ベッドに身を預ける。
優しく包むベッドが今日の疲れを癒す。
「……考えたところで仕方ないか。折角の人間界だし、報道陣もいない。僕は僕で自由にさせてもらおう」
荷台に手を当て、そんな事を呟く。
すると、ふと、ある情景が思い浮かんだ。
(――私はそのうち、自由になるわ。その時は――)
「……?」
自由になる。
そんな事を、誰かが呟いていた気がした。
そう、半分は同じ血が入りながらも、殺人鬼として生きる集団が魔王の傘下に居る。
そのうちの1人。
そう、確か、ソイツの名前は――。
…………。
「……なるほど、サィファルか」
その名を思い出し、ナエトは起き上がった。
自身と同等以上の能力を有し、人間界に逃げた魔人。
そして、自分はそれを追いかけるために駆り出された。
能力的には血脈のいいナエトの方が優位と魔王は踏んだのだろう。
この件では妾腹の傘下は役に立たない。
漸く合点がいき、ベッドから立ち上がった。
「……なるほど。あの慌てようはそういう事か。【晴天意】あたりで魅了を広がらせ、自身の存在を眩ませた、と……」
思い出してしまえばこっちのものと言わんばかりに思考を張り巡らせる。
今日の様子から、沙羅はナエトに存在がバレていないと思い込んでいる。
ナエトはそこを突く事にした。
不意を打てば、如何に殺人鬼といえど、倒すのは容易い。
「人間界を見て回るのも悪くないが、明日でケリをつけてやろう。待っていろ」
ナエトの呟く宣言を、沙羅は知る由もなかった。
沙羅はすっかり調子を取り戻しており、理優、環奈と話をして男子の前を歩く。
「瑞っちよう……なんか昨日今日と沙羅っちの様子が変じゃねーか?」
隣を歩く瑛彦に尋ねられる。
さすがに見てればわかっちゃうようだ。
だけど瑛彦の隣にはもう一人、ナエトくんがいるからはぐらかすしかない。
「そう? 多分、ドラマの見過ぎでテンションが高いんだよ」
「……そんな事で2度も怒鳴られた俺、不憫過ぎるだろ」
「あはは、そうだね〜っ」
「これはアイツと家族の瑞っちに何か奢ってもらうしかないな」
「……駄菓子屋行く?」
「安く済ませようとすんなよ!」
あからさまで魂胆がバレてしまい、頭を軽く叩かれる。
瑛彦の事だから、何を要求してくるかわからないもの。
こんな会話をしていると、ナエトくんが失笑した。
「フン。お前達、なんてしょうもない会話をしているんだ。もう高校生だろう?大人っぽい会話でもしたらどうだ?」
「僕は心が子どもだよ〜」
「俺も、歳食ったのは体だけだな」
「……どうしようもないな、お前達」
呆れて物も言えなくなったのか、ナエトくんは僕達より一歩前を歩き出す。
意識高いし大人っぽくなりたいのはわかるんだよ。
目の前歩かれると小さくて子どもに見えるし、こう、背伸びしてる感じがあるからね……。
もちろん、そんな事は口に出さないけども。
「俺も大人っぽくなってみようかなぁ〜」
「わっ、瑛彦がそんな事言うなんて……明日は雪でも降るのかな?」
「瑞っちテメェ……まぁいいけどよ、アレだな。大人の魅力でナエトみたいにモテモテになりたい」
「……そっかぁ〜。頑張ってね?」
「その哀れんだような目で俺を見るのはなんの意図があるんだ?」
「……さぁね」
教えなくてもわかると思ったが、僕の眼差しの意味は理解できなかったらしい。
瑛彦が大人っぽくなっても、性格が終わってるもんね。
あんまり言わないけれど、無理する前に止めるとしよう。
「けどな、恋するしないは置いといて、瑞っちもモテたらいんじゃね?」
「……えー、なんで?」
「モテる奴は男らしくてカッコいいって事だろ?」
「!!」
男らしくて、カッコいい……。
その言葉が僕の耳の中で反響し、驚きで目を見開かせた。
男らしく。
僕がずっと望んでいた事じゃないか。
恋をする事はとてつもなく嫌だ――というか霧代のためを思うと恋とかありえないけど、モテるぐらいなら、男らしくて良いんだね!?
「……瑛彦。僕、やるよ」
「……え? ま、マジで?瑞っちがモテようとすんのか?」
「モテて、男らしくなるよ」
「……そうか。俺は応援するぜ! 頑張れ! 瑞っち!」
「うん!」
瑛彦と固い握手を交わす。
よし、僕は男らしくなるぞーっ!
「……本当にどうしようもないな」
前の方からため息混じりにそんな声を漏らす者が居たが、僕らには聞こえなかった。
◇
夜9時を回り、やる事がなくなったこの時間帯。
私はいつも通りテレビを点けてドラマを観ていた。
手には煎餅を持ち、のんびりと画面を眺めているが、今日は少し、落ち着かない。
それは、瑞揶が隣に座っているからだった。
私のことなど気にも留めずにずっとテレビを凝視し続ける彼に、家族の私は何て言えばいいのだろう。
どういう心境の変化があったのかをまずは聞きたいが、ちょっと難しい。
いや、瑞揶の事だから純粋に、私と仲良くなるために同じ番組を見るって事かしらね?
よくわからないけど、隣にこんなのが居たら私の方がテレビに集中できないんだけど。
「……ねぇ瑞揶? ちょっといいかしら?」
「ごめん、沙羅。CMまで待って!」
「…………えぇ、わかったわ」
私の言葉は呆気なく突っぱねられてしまう。
……これはとんでもなく面倒くさい予感がするけれど、CMまでは黙ってあげる事にした。
そしてCMまで来ると、瑞揶はどっと息を吐き出し、私の顔を見る。
「ふぅ……で、どうしたの?」
「どうしたの、じゃないわよ。何を真剣にテレビ見てるわけ? アンタが真面目にテレビ見てると気持ち悪いんだけど」
「……沙羅、僕はこれからモテるの。そのために勉強だよっ」
「…………」
コイツが何を言っているのか理解できなかった。
いや、そんな真摯な眼差しで見られたら信じざるを得ないけど、瑞揶が?
こんな男が?
無理。その一言で切り捨てたいけれど、頑張るというからには長い間続けるんだろう。
それなら、いつかはモテるかもしれないわね。
「へー、頑張ってね」
「うんっ。きっと沙羅もメロメロになるほどの色男になるからねっ!」
「いや、それはあり得ないから」
「……がーん」
がっくりと項垂れ、テーブルに突っ伏す瑞揶。
ぶっちゃけ、男として認識できないのよね。
可愛くて出来のいい妹みたいな感じ……うん、これがしっくりくる。
「たった一言でしょげてんじゃないわよ。突っぱねられても何度も頑張ろうとしなさい」
何度やっても無意味だけど、そんな事を言って励ます。
瑞揶はゆっくりと起き上がり、涙目を見せながら再び私に向き直る。
つーか泣くなっ! 男でしょーが!
「……そうだよね。僕は何度も当たって砕けるよっ!」
「当たっても当たっても壁は壊せないんだけどね」
「……がーん」
再び顔を伏せてしまう瑞揶。
なんて面倒くさいのだろう。
というかもうドラマの続き始まってるんだけど……まぁ仕方ないか。
「ほらほら、私の言葉程度に惑わされてんじゃないわよ」
「ううぅ……だって〜」
「そもそも、モテてどうすんのよ?」
「あ、男らしくなるんだよ〜」
「……それは男らしいって言うのかしらね」
「だって、モテるのは男としてのランクが高いってことでしょ?」
「……はぁ、そう。私にとっちゃなんでもいいけど……」
瑞揶が男らしくなったら、というのが想像つかないのはきっと私だけにとどまらないはず。
いつもニコニコしてて、温厚で、女々しい。
それが瑞揶だものね。
イメージを掴むためには――
「じゃあ、一回能力で男らしい瑞揶になってよ」
「……うん。沙羅がそう言うなら、僕、やるよ」
「よし、やりなさい!」
「うん! いくよー!」
瑞揶は立ち上がり、その姿が突如、煙に包まれる。
煙が晴れると、そこには――
「ぐへへ、うへっ、萌え萌え〜」
変態がいた。
物凄い変態だった。
お腹は横幅に太くなり、眼鏡をかけた姿。
セーラー服を着た少女のフィギュアに頬擦りをし、ピチピチの白いTシャツを着てオーバーオールを履いている。
……男らしく。
いや、これは確かに、男が持つことができる変態性の1つではありそうだけど……。
「そんな男らしくじゃないわぁぁあ!!!」
「ふぐぅうう!!?」
思いっきりビンタすると、瑞揶の姿は元に戻るのだった。
瑞揶が男らしくなるにはまだまだ道程が遠い。
◇
とある高級マンションの一室の照明が点き、金の額を身につけた絵画、黄金の家具達が姿を見せる。
真っ赤な絨毯の上を歩くナエトは溜息を吐き、すぐに現れたメイドを手で制してスクールバッグを投げ出して自室の方へと向かった。
制服のままベッドの上に転がり、両手を広げて仰向けに寝転がった。
「……沙羅、か。どこかで聞いた名前だな」
1人、ポツリと呟く。
沙羅という名前を、どこかで聞いたと自分に問いかける。
昨日今日と思いを馳せながらも答えは出ずにこうしてぼんやりとしている。
何か、このわだかまりを買い使用する手段があればいいが、何も思い浮かばない。
「……沙羅。会ったことがある。これは間違いないな」
沙羅本人は否定していたにもかかわらず、ナエトはそう結論付ける。
確実に見たことがあるのだ。
それに、目鼻立ちが自分と似ているというのも気になっている。
「……まぁ、本人を脅すのが一番。もしくは魅了か。それでいいだろう」
自分の能力で解決できる事であると、ひとまずこの件は頭の片隅に追いやった。
だが、まだナエトには悩みがあった。
「……何故僕が、こんな所に来なきゃならないんだか」
自分が何故こんな所帯に住まわされているのか、彼は彼自身納得できずにいた。
今なら魔王城でハエが巨大化したような魔物と雑談している頃なのだが、ここは人間界である。
しかも、庶民と携わるなどと、おかしいのだ。
なおかつ、彼は魔王の息子。
なのに報道すらされない、その事には遺憾を感じざるを得ない。
名前も隠していないのに、誰も魔王の息子として接してこないのがそもそもおかしいのだった。
というか、知ってか知らぬか普通に接してくるこの“現実”がおかしい。
何かカラクリがある、とナエトは常々思い、自分がここに居る要因について考える。
(僕は確か、何かの命令を受けた。なのに、それが思い出せない。父上も何も言わないし、だが戻れとも言われない。……現実がおかしい。これは夢か?否、ここまで長い夢などあり得ない)
思考は徐々に深くなっていくが、とりあえずリラックスして全身の力を抜き、ベッドに身を預ける。
優しく包むベッドが今日の疲れを癒す。
「……考えたところで仕方ないか。折角の人間界だし、報道陣もいない。僕は僕で自由にさせてもらおう」
荷台に手を当て、そんな事を呟く。
すると、ふと、ある情景が思い浮かんだ。
(――私はそのうち、自由になるわ。その時は――)
「……?」
自由になる。
そんな事を、誰かが呟いていた気がした。
そう、半分は同じ血が入りながらも、殺人鬼として生きる集団が魔王の傘下に居る。
そのうちの1人。
そう、確か、ソイツの名前は――。
…………。
「……なるほど、サィファルか」
その名を思い出し、ナエトは起き上がった。
自身と同等以上の能力を有し、人間界に逃げた魔人。
そして、自分はそれを追いかけるために駆り出された。
能力的には血脈のいいナエトの方が優位と魔王は踏んだのだろう。
この件では妾腹の傘下は役に立たない。
漸く合点がいき、ベッドから立ち上がった。
「……なるほど。あの慌てようはそういう事か。【晴天意】あたりで魅了を広がらせ、自身の存在を眩ませた、と……」
思い出してしまえばこっちのものと言わんばかりに思考を張り巡らせる。
今日の様子から、沙羅はナエトに存在がバレていないと思い込んでいる。
ナエトはそこを突く事にした。
不意を打てば、如何に殺人鬼といえど、倒すのは容易い。
「人間界を見て回るのも悪くないが、明日でケリをつけてやろう。待っていろ」
ナエトの呟く宣言を、沙羅は知る由もなかった。
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