連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第三十五話

 梅雨の時期がしばらく続くようで、6月の終わりまでほとんどが雨らしい。
 6月中旬の今からその知らせを聞くと大半の人が憂鬱らしいが、僕は雨が好きだった。
 なんてったって、名前に瑞々しいの「瑞」が入っているから、地表に潤いを与える雨はそんなに嫌いじゃない。

「あめ〜♪」
「相変わらず情けない声出すのね」
「……ぐすん」

 気分が良いからなんとなく言ってみただけなのに、沙羅に一蹴されて気分が暗転する。
 昼休みの今の時間、いつもは屋上だけど、雨だからみんなで1-1に集まっていた。

「おい、サイファル。貴様を渋々めている家人の瑞揶に向かってその非礼しかない言葉はなんだ」
「ナエト、アンタはいちいちやっかんでこなくていいのよ。それとも何?私に構って欲しいワケ?」
「はっ! 貴様なんかに構ってもらうなら床に話しかけてる方がまだマシだ!」
「じゃあ話しかけんなっつの」
「ふん!」

 相変わらず仲の悪いナエトくんと沙羅。
 賑やかにする2人を無視し、環奈はグミを食べてのほほんとしており、瑛彦はバイクに関する雑誌を読んでいた。
 みんなもう慣れっこだなぁと思いつつ、理優だけがそわそわして落ち着かない様子だったのに苦笑する。

「理優、どうしたの〜?」
「ええっ!? いっ、いや、ふ、2人が喧嘩してるからどうしようって……」
「喧嘩じゃないわ。私は構ってやっただけよ」
「僕は沙羅の非を正してやろうと思っただけだ。喧嘩なんかじゃない」
「……2人とも、本当は仲良いの?」
『良くない!』
「あうぅ……」

 理優がしょんぼりとして小さくなる。
 その様子を空笑いして眺めていると休み時間が終わり、みんな各教室に戻っていく。
 こんな梅雨の一コマは、まだまだ続きそうだった。







 今更思っても、自分が既に70年以上生きているとは思えない。
 60年を超える長い人生を終え、千堂環奈という名前が与えられて15年あまり。
 前世は割と退屈だったけど今が忙しいからか、そんなに生きたんだなぁという実感は一切ないわけだ。
 まぁ、死ぬときは死ぬ。
 それで良いし、何を考えてたって仕方がないってわかっている。
 取り敢えずウチは、今の生を受け入れて、新しい人生をスタートすべきなんだろう。
 否、生まれた時点で人生はスタートしているわけだが――まぁ、それはそれ。

「今日もバイトだなぁ〜……」

 廊下で1人、ポツリと呟く。
 いつも一緒のメンバーと挨拶を交わし終えて、これから帰路に着こうというところだった。
 思った以上に軽いスクールバッグを肩にかけ、とぼとぼと廊下を歩いて思う。
 前世は、この世界からすれば中世レベルの世界だった。
 こんな綺麗な床や壁は無いし、科学の力ってすごいなぁと痛感する。
 自然がないのは少し寂しいが、あまりにも人が多いのだから仕方がない。

「……なんか気分変わったなぁ。もう少し学校にいよかな?」

 バイトまではまだ時間がある。
 バイトしているコンビニは店長も気のいい人だし、先輩もなんかマヌケな人が多いから遅刻したところで問題はないんだけど――そんな逡巡をしているうちに、自分の足は5階に到達していることに気がつく。
 教室移動以外ではあまり来ない5階、ちょっとした探検気分にでもなったのか、自然と此処についていた。

「歌でも歌いたいなぁ……ま、迷惑か」

 歩きながら歌えたら楽しいと思えただろうに、さすがに他の部活の迷惑だと思ってやめた。
 歌いながら歩いてたら奇異に見られる世界だし、少し窮屈である。
 ともあれ、法律による統制がしっかりしてるからいいんだけど。

「……おー、生徒会室じゃん」

 偶然にも生徒会室を発見する。
 生徒会、確か10人だった気がする。
 会長1人、副会長3人、書記2人、雑務4人。
 まぁ種族が3種もあるし、天使、魔人、人間で色々と意見が食い違うから人数が多くてもおかしくはない。
 なんとなーく教室のドア窓から中の様子を見てみると、男女5人で会議らしいものをしていた。
 見知った顔は1つも無いし、かすかに聞こえる会議の内容も面白そうではない。
 そりゃあ学校で一番大事な学生の行政機関だし、楽しい会話でもないのは当然ではある。
 沙羅とかなら高校生活をエンジョイする気合いに満ちてるし、生徒会を勧めてみるのも手だろう。
 それはおいおいだとして、ドア窓から顔を離す。

「――君がこういった所に来るのは似合わないな」

 不意に聞こえた声はウチに対して言われたものだった。
 背中に投げかけられた言葉に、思わず振り返る。

 今度は見覚えのある顔だった。
 ただ、同学年ではないし、腕に腕章を付けていることから生徒会の人間だとわかる。
 というか、会長と書いてあるから会長だろう。

「……何言ってんのさ。ウチはこう見えてバイトだってしてんのよ?舐めすぎじゃない?」

 咄嗟に出た言葉は少し辛辣だったかもしれない。
 だけれど、きっと彼は受け止めてくれるだろう。
 なんせ、“前世”で会った人物なのだから――。

 ああ、成る程。
 前世から記憶を引き継いで、生まれ変わった人間はウチだけじゃない。
 それは瑞揶の存在から推測できたこと。
 だけど、沙羅や瑛彦なんかにも聞いてみたら違うとか言うし、そんなに居ないものだと思っていた。
 それなのに、急に目の前に現れたのが――前世の恋人って、なんの因果よ?

「死んだのか?」
「死んだよ。めちゃくちゃ頑張ったけど、限界があったみたい」
「そうか。それは、大変だったな……」
「まったくだよ。男のアンタより辛い思いさせられたんだけど? どう責任とってくれんのさ、キトリュー様?」

 彼の名を呼んで問う。
 質問しながら自分が涙しているのに気付いた。
 もうかなり気温が高い季節なのに、頬を伝う涙が冷たい。
 そんなウチを見ながら、彼は少々難しい顔をして唸って少し考え込むような仕草をした。

「……結婚?」
「へー、してくれるんだ? アンタの顔なら愛人の2、3人は居そうなもんだけどっ」
「……俺の誠実さは知っているだろう?」
「そうだね。冗談だよ、冗談」

 これでも恋人だったのだ、性格ぐらい把握している。
 多分、前世の事を気にして誰とも付き合ってないだろう。

「よいしょっと」

 私より頭1つ分大きい彼に飛びつく。

「おっと……」

 少しよろめきながらも、彼は私を受け止めた。
 ああ、うん。
 この感じ、本物だ。

「……急で申し訳ないけど、ウチと結婚を前提に付き合わない?」
「急にもほどがあるんじゃないか? まぁ、断るつもりはないがな」
「あっはっは、こんな可愛げのないウチだけど、よろしくねー」

 ほんと、なんでここでキトリュー様と会えたのかはわからない。
 まぁとりあえず、神様に感謝ぐらいはしておいてやろう。
 雨の降る雲の上に1つの祈りを――。







 鳳凰天蓋の間――そこは一見何もない、四角い部屋。
 しかし、実際には圧縮された機械が点々と転がっている。
 それらを無視し、自由律司神は大の字で寝そべり、見ても何もない天井を眺めていた。

「――まぁ、悪い気はしないな」

 ポツリと、彼は言葉を漏らす。
 最高位の存在であり、自由の冠を頂いた彼であれば、幾つかの魂を他の世界から回収したところで咎める者は居ない。
 最悪でも、たまに他の律司神に文句を言われるだけである。
 そんな彼だからこそ、興味を持った魂は時たま回収し、自分の世界で自分が楽しめるように工夫をしている。
 当然、転生させた全存在を、テキトーな男の彼が覚えているはずもなく、瑞揶と接触するまで環奈の存在など忘れていた。

 思い出した結果、可哀想な少女を幸福へと導いた。
 彼からすれば、他人の幸福も不幸も“面白い”と言うのだが、そうしたのは矢張り、瑞揶の近くにいる少女だったから。
 自分の分身の体を持ち、自分の元・恋人が摘出した魂の入った少年を傷つく方向に持っていくのは、彼としても些か頂けなかったのだ。

「……セイ、お前はいつになったら出て来るんだ?」

 また呟く。
 しかし、それは愚痴だった。
 彼はもう、数十億という時を生きている。
 しかし、その元・恋人とマトモに話ができていたのは生前だけである。
 今となっては世界の害である少女。
 色々言ってやりたいことはあるし、最悪でも殺すだろう。
 それが神としてするべきことだから――。

「……といっても、実際に目の前に現れたら殺せない、か。やれやれ、いつまでも心に残るから恋愛なんてのは嫌いなんだ……」

 ため息まじりに彼は立ち上がり、自分のするべき仕事をすべく部屋の外を目指す。
 その前に、振り返って一言。

「お幸せに」

 自分が巡り会わせた2人に向けて、その言葉を残した――。

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