連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第三十六話

 6月の終わりになって梅雨も過ぎ去り、蒸し暑い夏が始まろうとしていた。
 家では僕は夏服を出し、沙羅には夏服を買い、扇風機とエアコンの準備はOKだった。
 準備もよそに、6月最終週の金曜日、突然お義父さんが来訪した。

「あちーっ。これでまだ30℃超えてないとか冗談だろ……」
「もーっ、お義父さんだらしないよ〜」
「すまんすまん」

 リビングでどっしりとソファに腰を下ろすお義父さんを注意するも、お義父さんはこっちも見ずにスーツのジャケットを脱いでエアコンのリモコンを取っていた。

《だらしないわよ〜ん》
「だらしないわよー」

 丁度テレビでもだらしないとタレントが喋り、沙羅もそれにあやかって口にする。
 沙羅は沙羅で、タンクトップとショートパンツ姿にアイスを食べているし、ソファの座り方が悪いんだけどね。
 足伸ばして背もたれに腕を乗せて、どうしてこんな子になってしまったんだろう……。
 まぁ、本人はそれで退屈を凌いでるわけだし、2本のアホ毛もぴょんぴょん跳ねてて元気そうだから、いいか……。

「……瑞揶、ビールないか?」
「あるわけないでしょ……何しに来たのさ、お義父さん」
「いやぁ、ちょっとお前に伝えにゃならんことがあってな。おかげで定時退社できたが、日の出ているうちは退社したくないな……」
「……じゃあ、お義父さん。日の沈んでいる今までどこにいたのかな?」
「……黙秘する」
「……例えパチンコとか言われても、あんまり怒らないのに」

 僕が「パチンコ」と言った時にビクリとしたあたり、お義父さんは居た場所を僕に教えたようなものだ。
 ……3ヶ月に1回ぐらいで行ってるし、その程度なら問題ないから良いけどね。

「瑞揶は手厳しいなぁ……。沙羅ちゃんはそう思わないか?」
「私は何も? ……あー、さっき、家でもズボンは履きなさいって怒られたわ」
「!?」
「沙羅は僕の見てないところでズボン脱いでるんだよーっ。パンツ姿だとはしたないでしょ? お義父さんからもなんか言ってよーっ」
「……瑞揶は視覚的欲求がないから良いものの、俺はしっかりとした男として、ここは何も言えん」
「注意しないってことは、スケベオヤジなのね」
「……なんだかなー。俺も否定したいが、イマイチ否定できんのが悲しいな」

 そんな親の心情を聞かされた僕の方が悲しいけども、それは言わないでおこう。
 ただ、僕も抱きつかれたりしたら女性として意識すると思うし、そこのところは気をつけよう。
 ……沙羅に限って、そんなことはないと思うけどね。

「……もういいからさ、本題に入ってよ」
「おおっ、そうだったそうだった。しっかりしないとな」
「……うん、子供の前で恥かかないでね」

 念を押して言うも、お義父さんは僕の言葉を跳ね除け、わざとらしく咳払いをした。

「おほん。今週の日曜にも、瑞揶には国から仕事が来ている。ただ、それがちょっと厄介でな」
「厄介? なんの仕事なの?」

 いつもは建造物の修復や宇宙での実験の手伝い、戦争の仲裁とか、なかなかいつも厄介だけど、お義父さんがれ事前に伝えに来るってことは、その比じゃない厄介ごとなのだろう。
 お義父さんは険しい表情で話を続ける。

「瑞揶、魔界にある“マウーザン”って知ってるか?」
「あっ、聞いたことあるよー。女性を崇める国で、女性以外の入国を今は禁止してるんだよね?」

 沙羅のおかげでいつもテレビが付いてるから、余計な情報なんかも耳にする。
 ニュースで男が入国禁止になったって、一昨日ぐらいに言ってたな〜。

「そう。そのマウーザンに侵入し……」
「……男性も入国okに?」
「いや、とりあえず調査だ。まだ鎖国する理由もわかってないからな……」
「……それ、僕の能力関係ないよね? というか、千里眼とかじゃダメなのっ?」
「それができないから頼んでいるんだ。奴らは皆、口々に“女性は神の力さえも凌駕する”と言ってるほどだからな……」
「そ、そうなんだ……。なんか凄いね……」

 神の力すら凌駕するなら、それはもう何をしても無駄な気がする。
 とは言っても、行かなくちゃダメだよね……。

「で、丁度よく瑞揶は能力が強いし……あまり言いたくないが、女顔だろ?」
「……ま、まぁね」

 みんな口々にそう言うし、鏡見てもそう思うし……仕方ないね。

「そこで、瑞揶に女装してもらい、入国して潜入捜査して欲しい」
「…………え?」

 僕が言われた言葉を理解するのに、数秒の時間を要した。
 しかも、後ろで沙羅が吹き出して爆笑している。

「……じょ、女装?」
「そうだ。瑞揶は物腰も柔らかいし、細かい仕草を修正したら女っぽいと思ってな。ダメか?国としては出来るだけマウーザンと交易したいらしいんだが……」
「……く、国のためなら仕方ないね。やるよっ」
「それでこそ男だっ!じゃあ早速――」

 そしてお義父さんは、

「これを着てくれ」

 セーラー服を取り出した。







「……大切なものを捨ててしまった気がする」
「……ここまでとは」
「……凄いわね」

 上から僕、お義父さん、沙羅と感想を述べる。
 鏡に映るのは腰まで伸びた黒髪、セーラー服を着て、黒いニーハイソックスを履いて立っている。
 潤んだ瞳からは少しばかりの涙が出ており、困り顔は多分、男心をくすぐるだろう。
 そんなの勘弁して欲しいけどねっ。

「……もう完全に女の子だな。瑞揶、今の気持ちはどうだ?」
「……生まれてくる性別を間違えたかもしれない」
「……そうか」

 お義父さんが僕の肩に優しく手を置いた。
 慰めてくれるのかと思いきや、グッジョブともう一方の手の親指を立てている。
 思わず突き飛ばそうと思ったけど、呆れ果ててもうなんでもよくなった……。

「……でも、私より女っぽいわよ? 可愛いし、瑞揶の仕草はもともと愛嬌があったから、なんて言うの?保護欲求が湧くわね」
「湧かなくていいよ……言っとくけど、僕は男だからね?」
『…………』
「その無言はなに!!?」

 もはや僕は男としての認識がないようだった。
 なんだかなぁ……もうこの姿の方が生きやすいのかもしれない……。

「まぁともかく、この姿なら大丈夫だろう。調査の事、任せるぞ」
「……今回はプライドを捨てたミッションだね。心が……」
「それについてはスマンな。しかし、お前は万能ゆえにいろいろとやってもらいたいんだ。ごめんな」
「……お義父さんが謝ることじゃないよ。明後日も僕、頑張るからねっ」
「……それは頼もしいな。ちなみに、女の子らしさを訓練するために、明日は1日その格好で居てくれ」
「ガーン……」

 僕は石化したかのように固まった。
 明日1日この格好……?
 土曜日だから家を出ないとはいえ、沙羅にずっとこの姿を晒さなくちゃいけない……。
 とっても……とっても辛いけど、やるしかないよね。

「じゃ、俺は帰るから」

 そう言ってお義父さんは立ち上がる。
 が、何かを思い出したかのように携帯を取り出す。

「記念に一枚、撮っていいか?」
「記念じゃないよっ! もう帰ってっ!」
「はっはっは、悪い悪い。じゃあなー」

 携帯をしまい、お義父さんはリビングから出て行った。
「もー」と唸っていると、沙羅が僕のかぶっているカツラを取り上げた。

「こんな物を被ってても、瑞揶は瑞揶よ。そう凹むことないわ」
「ありがと、沙羅。たった2日だから、早く過ぎるように何も考えずに過ごすよ」
「……まぁ、瑞揶が女でも私は不思議に思わないから、ホントにいつも通りでいいからね?」
「……ここは怒るところなのかなぁ?」

 女でも疑問に思われないことは怒るべきなのか悩ましいが、今日は疲れたので止めることにした。
 しかし、疲れた僕とは違い、沙羅は思いついたかのように「あっ」と言って人差し指を立て、僕に提案する。

「私といるだけじゃ女らしくならないわよね?明日誰か呼ぶ?」
「こんな姿を見られたら、もう僕は学校に行けないんだけど……」
「いやー、そこは友達信用しなさいよ。うちの女子といえば、環奈に理優、新人のレリ……使えそうなのは理優ぐらいね」

 言われて思い返す。
 環奈は女性の振る舞いというものをよく知ってそうだけど、僕をからかって遊んできそう。
 レリは脳天気過ぎて女性云々なんて気にしてなさそうだし、毒舌だからやだ。
 となると、物腰が柔らかで、優しい理優が適任。

「それは、理優ならいいかもしれないけど、僕の能力をバラすのはなぁ……」
「そんなこと言って、明後日失敗したら知らないわよ?」
「…………」

 相手は女性を崇め、神をも凌駕すると言っている国。
 とっつかまったら僕はどうなるんだろう?

 …………。

「あらっ! 可愛い顔じゃない♪」

 あごひげを生やした女物のカツラを被ったマッチョなおじさんが複数近寄ってくる。
 筋肉がピクピクと動いている夏服の女子高生マッチョ、すねまでガッシリとしたミニスカポリスマッチョ、袴姿のマッチョと服装は違うが、みんな顔が同じである。


「ねぇねぇ? オネエさんと遊ばなぁい?」
「この子肌白いわよっ! イヤ〜ン、白魚みたぁ〜いっ」
「いや、あの、僕はその……」
「もう辛抱たまらないわっ! 抱かせてぇええええんっ!」
「アタシもよっ!!」
「アタシもっ!!」
「いっ、いやぁぁぁぁぁああああ!!!!」

 …………。

「……ぐすんっ」
「瑞揶っ!?」

 あまりにもひどい光景を思い浮かべてしまい、思わず涙が出たのだった。
 このままじゃやばい!
 理優の指導のもと、完璧な女子になりきらなきゃ!!

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