連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第三十七話

 土曜日になって、朝から僕は昨日渡されたカツラを被り、セーラー服に身を包むことになる。
 リビングでエプロンを付け、鼻歌交じりに料理しているけど、この姿を見られたらきっと、僕は立ち直れないだろう。
 考えただけで頭が痛い……ストレス軽減のためにも、今日はおやつに羊羹ようかんを食べようと、心に決めた。

 ゴンッ!

「にぎゅぅっ!!!!?」
「あっ、沙羅が起きたかな」

 重い衝撃音に少し遅れて聞こえた叫び声、おそらく沙羅がベッドから落ちた音。
 布団に変えるか訊いてもベッドでいいって言われたんだけど……まぁ、本人の意思に従おう。

 程なくして、2本のアホ毛もしおれてぐったりとした沙羅がリビングに現れた。

「おはよー、沙羅。今日も大絶叫だったね」
「今日もって何よ? 週に3〜4回しか落ちないでしょ?」
「……落ちすぎだと思うのは僕だけなのかなぁ。ともかく、もう朝ごはんできるから配膳手伝ってもらっていい?」
「いいわよ〜」

 そう言うと、カチャカチャと音を立てながら食器を持つ沙羅。
 だが、彼女はテーブルに皿を運ぼうとして、再度僕を見る。

「……何?」
「……いや、そういえばアンタのそれ、女装なのよね。全然違和感ないから普通に接しちゃったわ」
「ぐはっ……」

 思わず僕は倒れこんだ。
 違和感ナシ。
 つまりは、僕は普段から女々しいってこと……。

「男としての魅力が……勇ましい僕はどこに……」
「初めっからそんなんないでしょ? いいから料理作りなさい。理優も来るんだから」
「……うん」

 なんとか立ち直り、菜箸さいばしを持つ。
 そう、理優は朝から来てくれるそうなのだ。
 朝からくるついでにご飯食べるか尋ねたら、喜んで食べると言ってくれたし、今日の朝食は3人分である。
 沙羅はお代わりするから、多めに作ってるけどね。

 ピンポーン

「……あ。噂をすれば影、ってやつね」

 沙羅が配膳を終わらせるとチャイムが鳴る。
 手のあいてる沙羅が玄関の方に向かって行ったので、僕は炊飯器を運んでから再度鏡の前に立ち、身だしなみをチェックする。
 眉毛よし、綺麗に整ってる。
 肌は白く、ファンデーションなど必要ない。
 髪はカツラの質がいいのかサラサラで、セーラー服をピシッと着れている。
 よろしい……いや、男としてはよろしくないんだけど、よろしい。
 チェックを済ませ、リビングに戻る。
 そろ〜っと顔を覗かせると、沙羅と理優の後ろ姿が目に入った。
 更に――

「瑞っちが女装? ついにやったんだなー」

 こういう時に一番会いたくない親友、瑛彦がいた。

(なんで瑛彦がいるのっ!!?)

 思わず身を隠す。
 ダメだ、瑛彦にこの姿を見せたら爆笑どころじゃない。もしかしたら親友とい関係すら終わってしまう!?

「そーいや瑞っちは?」
「さっきまでそこに居たんだけど……どこ行ったのかしらね?」
(や、やばいよっ! 探し始めるっ!)

 僕はそそくさと動き、早足で2階にある自室に入り、押し入れの中に隠れた。
 人1人ぐらいなら余裕で入るスペースがあって助かった……。

「瑞揶〜、理優が来たわよ〜」
「ついでに瑛彦様も来たぞ〜。呼ばれてないけど」
「瑞揶く〜ん、どこ行ったの〜?」

 考えれば当然のことだが、自室にいると考えるのが常識。
 僕はひたすら口を押さえ、物音を立てないように努めた。

「瑞揶〜、居る? 入るわよ?」

 バタンと部屋のドアが開く。
 おそらく、沙羅が入ってきたのだろう。
 足跡はそれだけではなく、3人分だった。

「……あれ? 居ないね?」

 理優が呟く。
 うん、僕はただの押し入れです。
 瑞揶くんはトイレ長引かせてるからそっちに行ってくださいー。
 なんて、よくわからないことを考えていると、沙羅が理優の言葉を否定した。

「……居るには、居るわね」
「えっ!?」
(ばっ、バレてる……)

 沙羅はよくわからない特殊部隊に居たそうだから、気配察知とかできるのだろう。
 うぅ、僕の人生もここまでか……。

「沙羅っち、どこに居んだよ?」
「……。隠れるほど嫌なら着なきゃいいのに。ちょっと2人はリビングに戻ってなさい。先に朝ご飯食べてていいから」
「? おう」
「は〜い」

 2人分の足音が扉の向こうに遠ざかっていく。
 なんとか理優と瑛彦は居なくなったようだった。
 安堵するのも束の間、すぐさまピシャリとふすまが開く。

「ひゃっ!?」

 いきなり差し込む光に驚くも、目を開けると沙羅が凛然と立っていた。
 そして僕に手を差し伸べ――カツラを取り、投げ捨てる。

「……まったく、アンタはほんと女々しいわね」
「……ご、ごめんなさい?」
「……別にいいけど、そんな姿を見せたくないなら、無理にやらなくても良いんじゃない?」
「いっ、いや、瑛彦がいるのが予想外なだけで……」
「……そ。とりあえず、一度私服に戻りなさい。気分をリフレッシュしなきゃダメでしょ?」
「……うん、ありがと」

 慰めの言葉を頂戴し、僕は押入れの中から出た。
 沙羅の手を取って、さっき助けてもらった感謝を伝える。

「沙羅、本当にありがとうね。いつも僕の事励ましてくれて嬉しいよっ」
「なっ……いや、そういうのはもっと恥じらいを持って言いなさいよっ!」
「えっ、なんで?」
「……いや、うん。アンタはそういう奴よね」
「あはは……これからも家族として持ちつ持たれつ、よろしくお願いします〜っ」
「……うん。まぁ、たまにドキッとさせてくるのだけは勘弁ね」
「…………?」

 僕は沙羅をドキッとさせただろうか?
 さっきの感謝の言葉かな?
 ……あれぐらい、普通に言うよね?

「とりあえず、着替えてきなさい。私はご飯食べてくるわ」
「あ、うん。じゃ、また後でね〜」
「えぇ……」

 そうして沙羅は退室していった。






 退室した後、沙羅は思う。

「……なんっかドキッとするのよねぇ〜」

 ときたま、瑞揶にドキッとさせられることがある。
 顔が近いだとか、優しく笑いかけてくるのが可愛いとか、私が感謝され慣れてないとか要因はいろいろだろうけど、

「瑞揶が女の子にしか見えないから、じゃないわよね〜……」

 いつも瑞揶の事を女子のようだと沙羅は認識しているのだが、今日に至ってはカツラを取ろうが女の子にしか見えていなかった。
 ……なにかしら、この気持ち。
 これが恋愛……!?

「さすがにあり得ないわね」

 瑞揶は男だが、そう思えない沙羅は早々に自分の疑問を否定し、朝食の事を考えてさっさとリビングに戻るのだった。







 朝食の後、僕は理優に僕の能力について話した。
 変装する理由についてとやかく言われたら仕方ないし、理優の事は信用しているから戸惑いは無かった。

「そうなんだね〜。じゃあ瑞揶くん、羊羹ようかんを1000個とか出せるの?」

 リビングに4人でテーブルを囲って話を済ませると、理優からそんな質問をされる。
 なんでもできてしまう能力だから、そんなことは容易い。

「できるよ〜っ。でも、ちゃんとお金使って買わないとダメだから、出さないよっ」
「うーっ……瑞揶くんのおケチ」
「けっ、ケチ!? ……仕方ないなぁ、1つだけだよっ?」
「やったー! 芋羊羹がいい〜」

 理優は花の咲くような笑顔で喜んだ。
 僕はケチなんかじゃないもの、人の為ならお金出すもの。
 女の子に言われたことは95%叶えろって、瑛彦の兄貴も言ってたし。
 ……とにかくっ、心が広い男なんですっ。

「じゃあ私は栗入りのやつね」
「俺は水羊羹よろしくな」
「……みんな、少しは遠慮してよ」

 容赦なく注文してくる沙羅と瑛彦に苦笑せざるを得なかった。
 渋々ながら、指定された市販の羊羹をイメージし、3つテーブルの上に出現させる。

「わっ! 本当に出てきた!」
「理優のため、特別だからね?」
「ありがとなー、瑞っち」
「ねぇ瑞揶、これスーパーに売ってるやつじゃない。折角なんだから高級品出しなさいよ」
「沙羅が反抗期になった!」
「いや、普通に意見しただけなんだけど……まぁいいわ。ケチな男ね」
「がーん……」

 思わず床に這いつくばる。
 羊羹を思う女子の心……難しいっ。

「……まー、私は後で食べるからいいとして、瑞揶が女装する理由はわかったわね?」
「バッチリだ! 他の女装したおっさんどもに弄ばれるんだろ?」
「やめて瑛彦くん! 瑞揶くんぐぁしょんなことになっはら!!」
「理優、食べてから話しなさい」
「ふぁ〜いっ」

 全然バッチリじゃない瑛彦、平常運転の沙羅、羊羹を頬張る理優。
 僕の立ち行く先は困難ばかりのようだった。

 それからというもの、その日は女の子らしくなるレッスンを3人に受け続けた。
 何故か馬乗りしてくる瑛彦、肘打ちをしてくる沙羅、突然抱きついてくる理優。
 いろいろ困難はあったけれど、しおらしく、それでいて上品であり、疲れからかどこか薄倖と哀愁が漂う女の子みたいになった。
 歩き方、お茶の飲み方、座り方、これらは元から何故かokされ、本当に細かい立ち振る舞いだけ訓練した(だとしたら馬乗りとかはなんだったのだろう)。

 そして、翌日。

「沙羅ちゃん、留守は任せるね」

 僕が足を揃えて玄関に立ち、両手でハンドバックを持って沙羅に告げる。
 足に履くのは今まで履いたこともないかかとの高いサンダルで、靴下が履けずに和毛にこげすら生えていない足を出していた。
 男なのにこの仕打ち、もはや何も感じない。

「……立派になったわね」
「フフフッ、ありがとう」

 口元に手を添え、小さく笑う。
 沙羅は満足そうに頷いた。

「……まぁ、頑張ってらっしゃい」
「ありがとう。じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい……お土産よろしくね〜」
「えぇ、勿論」

 それだけ言葉を残し、僕は外に出た。
 女装?
 違う――。
 今の私は、1人の女――!





 3時間後。

「そこの貴方!」

 女装した体毛の濃い筋肉質な男に声を掛けられる。
 僕は小首を傾げ、にっこり微笑んで尋ねた。

「何か御用ですか?」
「美しい! 美しすぎるわ!!」
「ありがとうございます」
「なになにっ!? 美しい!?」
「かっ、可愛すぎるわっ!!」
「……あらあら」

 他にも女装した男、普通に筋肉質な女性や華奢な女性も近寄ってくる。
 囲い込まれても、一歩も動じることはない。

「女神よ!」

 1人の野太い声のおじさんが叫ぶ。
 その声に次ぎ、女神コールがなされる。

『女神!! 女神!! 女神!!』
「女神様! 貴方がこの国の女王になるべきだわ!!」
「……フフッ、本当ですか?では……」

 最早調査などしていなかったが、こうして彼女はマウーザンの女王となったのであった。



 その日の昼ごろ、沙羅は自分で作った昼食を食べながらニュースを眺めていた。

《続いてのニュースです。マウーザンに現れた謎の美女が1日で国民から絶大な支持を集め、新女王並びに新政権が設立されました。新女王は人間界と積極的な交易を好み、マウーザンが鎖国する心配は払拭され――》
「…………」

 新女王の顔が画面に映し出されたが、沙羅は何も言うことができなかった。
 強いて言うなれば、

「……瑞揶、帰って来るのかしら?」

 そんな素朴な心配を少しするも、テレビを変えれば昼ドラがやっていて、頭の中から瑞揶の存在は消えていたそうな。

 ちなみに、夜には帰ってきた瑞揶だったが、我に帰った瑞揶はそれから3日の間、学校を休んだようだった。

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