連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜
第一話
夏休み初日の朝がやってきた。
起きると共に、言い表せない感動が僕の全身を駆け巡る。
らしくもなく叫びたいような、そんな気分。
「な、夏休みだ……どどどどどどどどうしよう?」
「……とりあえず、ただでさえ寝坊してるんだから、早く起きたら?」
「え? あ……」
誰かと思えば、部屋のドアに沙羅が寄りかかっていた。
彼女が起きているあたり、僕は本当に寝坊したらしい。
「沙羅、おはよ」
「えぇ、おはよう。それより、瑞揶が寝坊なんて、らしくないわね?」
「うっ……」
寝坊した事を突っ込まれる。
言えない……夏休みが楽しみすぎて夜中の3時まで起きていたなんて……。
今の時計の時刻を見ると、9時半を少し過ぎた所だった。
いつもより4時間も遅くて、ちょっとした戦慄を覚える。
「ま、あまり訊かないでおいてあげるわ。朝食はリビングにラップして置いてあるから、適当に食べておきなさい」
「うん……ごめんね? 朝ご飯作らせちゃって……」
「……そこ謝るところ? 寧ろ私の方が謝るべきよね。居候なのに、家事もあまりしてないし」
「えー? 僕が普段すべきことを怠ったら、それは僕が悪いでしょ? 沙羅は気にしなくていいんだよ〜っ」
「……そう言ってもらえると助かるけどね」
沙羅の反応はジト目をするだけという曖昧なものだった。
自分の部屋さえ掃除してくれていれば、僕は言うことないのに……。
「……とりあえず、ご飯食べに行くね。沙羅は?」
「もう食べたわよ。暇だからテレビでも見てるわ」
「あっ、夏の特番?」
「過去に身損ねたドラマのDVDに決まってるじゃない」
「そ、そっか……」
「この夏休みに全部消化してやるわ!」
変に意気込む沙羅に、少し圧倒される。
……この子、このままで本当に大丈夫かな?
ちょっと将来が不安になってきたのは本人には内緒なのでしたっ。
◇
朝食がまさかの魔界流でお腹を壊し、トイレから漸く解放されてリビングに戻る。
沙羅は未だにドラマを見ていて、相変わらずソファーにだらしなく座っている。
それについては注意もせず、僕もソファーに腰掛けてテレビを見ると、ドラマの内容は魔法機械と普通の機械による戦いで、人間とか魔人がいなかった。
よくわからない内容だな〜と思いつつ、ぼーっと眺めていると、沙羅がちょいちょいと僕の膝下を叩いてくる。
「なに〜?」
「これ面白くないわ」
「…………」
じゃあなんで見てるのさっ、とツッコむ気もしなかった。
うちのわがまま姫は今日も快調なご様子である。
「ねぇ瑞揶? どこか遊びに行くんじゃないの?」
「ん〜? 行きたい所は沢山あるよ?山も行きたいし、海も行きたいし、あとは森とか入ってみたいかな〜」
「……いろいろあるのね。じゃあもう行きましょ? なんか、今日は見る気なくなったわ」
「え、そんな急に言われても……」
まだなんの準備もしてないし、もうお昼になるから今から行くのは辛かった。
夏真っ盛りだから、昼間だとなおのこと暑いしね。
「……じゃあ、どうするのよ?」
「とりあえず、予定を立てたいなー。やりたい事があり過ぎるから整理したいし、沙羅の都合もあるだろうからね」
「……そうね。予定を立てましょうか」
そうして、本日の予定が決定した。
リビングにカレンダーを広げ、7月の残りと8月の予定を書き記していくだけ。
単調な作業だったけど、海とか山とかもいろいろあるし、どこに行きたいかといっても明確な場所を沙羅のテレビから得た知識などで明確にしていく。
おかげで沙羅も行きたいと思える場所に行けるし、僕も楽しみながら予定を立てられた。
あれやこれやと意見を交わし、たまに沙羅に殴られたりもしたけど、楽しい初日となったのでした。
次の日は予定を立てたもので、海や山に行くのに必要な物を準備した。
「どうよ!」
水着売り場の一角、試着室から出てきた沙羅が自信ありげに訊いてくる。
フリルのついたピンク色のビキニだけど、沙羅は小柄だから大人っぽさを感じない。
「沙羅にはちょっと早いんじゃないかな? ワンピースタイプのやつが似合うと思うよ?」
「……そうよね、アンタはマトモな意見しか言わないわよね。見せて損したわ……」
「えっ、なんで?」
「なんでもない……兎に角、他の探すわ……」
「う、うん……」
何故か疲れたように前のめりにガックリとうなだれ、沙羅は試着室に戻っていく。
……無理にでも似合ってるって言えばよかったのかな?
そんな1幕もあったけど、なんとか買い出しも終えて準備も万端だった。
海も山も行けそうだし、今から楽しみで仕方ない。
けれど、準備してるのもこうして2人でやって、それだけで寂しさがないと悟るのは、もう少し先――。
◇
セミの鳴き声も日に日に大きくなり、夏を感じさせる暑さが押し寄せる7月の終盤。
週4日の計画で立てられた部活だったけど、その初日にはみんな集まっていた。
「あちぃぃいいい……脂がでるぅうう……」
「瑛彦、下品だぞ。そして出るのは汗だ」
「ぐふぉぉおお……」
机の上に覆いかぶさり、苦しみを全身で表現する瑛彦にナエトくんがいつもと変わらぬ口調で話し、瑛彦の背中に乗っかる。
瑛彦は悶えるでもなく、唸るだけだった。
ナエトくんが軽いのかな?あまり辛くなさそう。
「お〜と〜う〜ふ〜!」
「この時期の冷奴は美味しいわね……」
「だねぇ〜」
理優、沙羅、環奈の3人はどこから持ち出したのか、冷奴を食べている。
……本来の目的を忘れてるけど、気にしなくていいのかな?
とりあえず、僕は自分の獲物を取り出す。
艶やかな茶色い肌を持った楽器、ヴァイオリン。
見た目以上に軽いそれを肩に乗せ、弓を弦に添える。
なんでかな、楽器は2日に1回は持って部活をしていたのに随分ご無沙汰な気がした。
僕にとって一番の楽しみは音楽だったけれど、今は違う楽しみがあるからだろうか。
1人で演奏するわけではないから、集中できてなかったのもあるかもしれない。
けれど逆に、1人でない楽しみも、この身に染みた――。
弓を引く。
なだらかな旋律が解き放たれ、僕の指遣いによって音色が変わる。
弦に当てる指の位置、タイミング、どれも昔より上手くなっている。
繊細な弦と弓のタッチを使いこなして――。
神経を張り巡らせるでもなく、音楽に身を任せて演奏する。
陽気でゆるやかな音程が部屋を満たすほどに。
癒しの旋律は4〜5分の間を経て終わりを告げ、そっと弓を下ろす。
少しぐらいはいいBGMになっただろうかと思いつつ、さっきと殆ど光景が変わってなくて苦笑しか出ない。
みんな各々好き勝手やってるけど、楽しそうならそれで良いかな。
「瑞揶は上手いねぇ〜」
「ん?」
ひょっこりと、僕の後ろからレリが現れ、僕を囲うように回って正面に立つ。
どうやら、聴いてくれてたらしい。
「僕はそこまで上手くないよ……ある程度の楽器は弾けるけど、それぐらいしか取り柄もないし、ね……」
「へぇー。じゃあさ、じゃあさ! これ弾ける?」
「……えーと、これは……」
レリが肩にぶら下げている楽器は多分、ベースだった。
吹部ではお目にかからないから、本当にベースかどうか区別できないけど、多分そう……。
ギターと違って元の数も少ないしね。
レリの髪の色と同じ水色が基調で、シンプルなデザインのものだった。
「……うーん、僕は弾いた事ないなー。これは自分で?」
「そうそう! 買ったの! 見せてなかったっけ!?」
「見てないよー? けど、そっか。ベースにしたんだね……」
「理優がアコーディオンにしたみたいだし、ナエトがドラムセットでしょ? 瑛彦がギターなら必然的にこうなるかなー、ってねー♪ 理優はキーボード買えばよかったのに……チッ」
「あはは……うちはあくまで音楽部だし、軽音楽じゃないからね……」
そう、理優はアコーディオンを買っていた。
5kgもするし重いはずなんだけど、ピアノをこの視聴覚室に運ぶのも苦しいとか、なんとか。
レリの言うようにキーボードでも良かったはずだけど、アコーディオンの伸ばしたり縮めたりするのが楽しいらしい。
我が部には3人も魔人がいることだし、少しだけピアノでも良かったと思うのは胸の内に秘めておこう。
「多分、ベースは瑛彦が弾けるよ。訊いてみてね」
「えー! 瑛彦に話しかけなきゃダメ?」
「……レリ、同じ部員なんだから仲良くね?」
「チッ、瑞揶の役立たず」
グサッ
相も変わらず、平然とした様子で辛辣なことを言いなさるレリ女王様。
心が……僕はただでさえ心が弱いのに……。
「ま、とりあえず自主練するねー! また後でのー♪」
「うっ、うん……」
レリは僕の言葉も待たずに1人で部屋の隅に移動し、本を開いてベースを握る。
……後から自分で入ってきた彼女も、なんだかんだでもうみんなと溶け込んでるなぁと、少し感心しつつも、言葉にもう少し慎みがあるよう願うのだった。
「瑞っち〜」
「……今度はなに〜?」
僕の名前を呼ぶ方を見ると、そこには瑛彦とその上に乗っかるナエトくんがいる。
僕はトボトボ2人の元へ向かい、改めて尋ねる。
「どうしたの?」
「ナエトを降ろしてくれ……」
「…………」
呼んだのは瑛彦だったらしい。
よく見たら顔が青くなってるし、さすがに重いのかな?
というか、一々僕を呼ばなくても降りて貰えばいいのに。
「ナエトくん、瑛彦が苦しそうだから、降りてあげてっ」
「……むっ? ああ、なんか尻の感触が変だと思ったら瑛彦だったのか」
「気付いてなかったのかよっ!!?」
ナエトくんが飛び降りると同時に瑛彦がガバッと起き上がる。
……ここもここでのんびりしてるなぁ。
「さて、じゃあ僕も練習を始める。ドラムだが、結界を使って煩くしないようにするから、気にするな」
「つってもナエトよー、いきなり練習で大丈夫か?」
「案ずるな、僕はただこの時間を無為にしていたわけじゃない。本を読んで譜面の読み方、ドラムの“叩き”方を頭に“叩き”込んだのさ」
「……ギャグか?」
「黙れ瑛彦!」
「あはは……」
ナエトくんもギャーギャー言っているけど、瑛彦との仲は良さそうだ。
こっちの用も済んだところで、僕もヴァイオリンを手に取りたかったが、
「瑞揶、ちょっと来なさい」
沙羅に呼ばれてまた室内を移動する。
女子3人で話す空間に来たけど、なんでございましょうか?
「どうしたの?」
「豆腐買ってきて」
「…………」
絶句した。
いや、うん……本当に絶句だった。
この部活で一番やる気ないの、もしかしたら部長かもしれない……。
「……ダメなの?」
少し不安そうに、何故かそう尋ねられる。
ダメでしかないんだけど、なんて言えばいいんだろう……。
少し考えたけど、ストレートに訊くことにした。
「……豆腐もいいけど、それより、練習しなくていいの?」
「ハッ!?」
何かに気付いたかのように驚き、口元を抑える沙羅。
それからほどなくしてガッツポーズを作り、宣言する。
「練習、始めるわよぉおおおお!!!」
「今更っ!?」
ガラにもなく僕がツッコんでしまったけど、きっと僕は悪くない。
そんなこんなで、今日の部活もまったり進行したのでした。
起きると共に、言い表せない感動が僕の全身を駆け巡る。
らしくもなく叫びたいような、そんな気分。
「な、夏休みだ……どどどどどどどどうしよう?」
「……とりあえず、ただでさえ寝坊してるんだから、早く起きたら?」
「え? あ……」
誰かと思えば、部屋のドアに沙羅が寄りかかっていた。
彼女が起きているあたり、僕は本当に寝坊したらしい。
「沙羅、おはよ」
「えぇ、おはよう。それより、瑞揶が寝坊なんて、らしくないわね?」
「うっ……」
寝坊した事を突っ込まれる。
言えない……夏休みが楽しみすぎて夜中の3時まで起きていたなんて……。
今の時計の時刻を見ると、9時半を少し過ぎた所だった。
いつもより4時間も遅くて、ちょっとした戦慄を覚える。
「ま、あまり訊かないでおいてあげるわ。朝食はリビングにラップして置いてあるから、適当に食べておきなさい」
「うん……ごめんね? 朝ご飯作らせちゃって……」
「……そこ謝るところ? 寧ろ私の方が謝るべきよね。居候なのに、家事もあまりしてないし」
「えー? 僕が普段すべきことを怠ったら、それは僕が悪いでしょ? 沙羅は気にしなくていいんだよ〜っ」
「……そう言ってもらえると助かるけどね」
沙羅の反応はジト目をするだけという曖昧なものだった。
自分の部屋さえ掃除してくれていれば、僕は言うことないのに……。
「……とりあえず、ご飯食べに行くね。沙羅は?」
「もう食べたわよ。暇だからテレビでも見てるわ」
「あっ、夏の特番?」
「過去に身損ねたドラマのDVDに決まってるじゃない」
「そ、そっか……」
「この夏休みに全部消化してやるわ!」
変に意気込む沙羅に、少し圧倒される。
……この子、このままで本当に大丈夫かな?
ちょっと将来が不安になってきたのは本人には内緒なのでしたっ。
◇
朝食がまさかの魔界流でお腹を壊し、トイレから漸く解放されてリビングに戻る。
沙羅は未だにドラマを見ていて、相変わらずソファーにだらしなく座っている。
それについては注意もせず、僕もソファーに腰掛けてテレビを見ると、ドラマの内容は魔法機械と普通の機械による戦いで、人間とか魔人がいなかった。
よくわからない内容だな〜と思いつつ、ぼーっと眺めていると、沙羅がちょいちょいと僕の膝下を叩いてくる。
「なに〜?」
「これ面白くないわ」
「…………」
じゃあなんで見てるのさっ、とツッコむ気もしなかった。
うちのわがまま姫は今日も快調なご様子である。
「ねぇ瑞揶? どこか遊びに行くんじゃないの?」
「ん〜? 行きたい所は沢山あるよ?山も行きたいし、海も行きたいし、あとは森とか入ってみたいかな〜」
「……いろいろあるのね。じゃあもう行きましょ? なんか、今日は見る気なくなったわ」
「え、そんな急に言われても……」
まだなんの準備もしてないし、もうお昼になるから今から行くのは辛かった。
夏真っ盛りだから、昼間だとなおのこと暑いしね。
「……じゃあ、どうするのよ?」
「とりあえず、予定を立てたいなー。やりたい事があり過ぎるから整理したいし、沙羅の都合もあるだろうからね」
「……そうね。予定を立てましょうか」
そうして、本日の予定が決定した。
リビングにカレンダーを広げ、7月の残りと8月の予定を書き記していくだけ。
単調な作業だったけど、海とか山とかもいろいろあるし、どこに行きたいかといっても明確な場所を沙羅のテレビから得た知識などで明確にしていく。
おかげで沙羅も行きたいと思える場所に行けるし、僕も楽しみながら予定を立てられた。
あれやこれやと意見を交わし、たまに沙羅に殴られたりもしたけど、楽しい初日となったのでした。
次の日は予定を立てたもので、海や山に行くのに必要な物を準備した。
「どうよ!」
水着売り場の一角、試着室から出てきた沙羅が自信ありげに訊いてくる。
フリルのついたピンク色のビキニだけど、沙羅は小柄だから大人っぽさを感じない。
「沙羅にはちょっと早いんじゃないかな? ワンピースタイプのやつが似合うと思うよ?」
「……そうよね、アンタはマトモな意見しか言わないわよね。見せて損したわ……」
「えっ、なんで?」
「なんでもない……兎に角、他の探すわ……」
「う、うん……」
何故か疲れたように前のめりにガックリとうなだれ、沙羅は試着室に戻っていく。
……無理にでも似合ってるって言えばよかったのかな?
そんな1幕もあったけど、なんとか買い出しも終えて準備も万端だった。
海も山も行けそうだし、今から楽しみで仕方ない。
けれど、準備してるのもこうして2人でやって、それだけで寂しさがないと悟るのは、もう少し先――。
◇
セミの鳴き声も日に日に大きくなり、夏を感じさせる暑さが押し寄せる7月の終盤。
週4日の計画で立てられた部活だったけど、その初日にはみんな集まっていた。
「あちぃぃいいい……脂がでるぅうう……」
「瑛彦、下品だぞ。そして出るのは汗だ」
「ぐふぉぉおお……」
机の上に覆いかぶさり、苦しみを全身で表現する瑛彦にナエトくんがいつもと変わらぬ口調で話し、瑛彦の背中に乗っかる。
瑛彦は悶えるでもなく、唸るだけだった。
ナエトくんが軽いのかな?あまり辛くなさそう。
「お〜と〜う〜ふ〜!」
「この時期の冷奴は美味しいわね……」
「だねぇ〜」
理優、沙羅、環奈の3人はどこから持ち出したのか、冷奴を食べている。
……本来の目的を忘れてるけど、気にしなくていいのかな?
とりあえず、僕は自分の獲物を取り出す。
艶やかな茶色い肌を持った楽器、ヴァイオリン。
見た目以上に軽いそれを肩に乗せ、弓を弦に添える。
なんでかな、楽器は2日に1回は持って部活をしていたのに随分ご無沙汰な気がした。
僕にとって一番の楽しみは音楽だったけれど、今は違う楽しみがあるからだろうか。
1人で演奏するわけではないから、集中できてなかったのもあるかもしれない。
けれど逆に、1人でない楽しみも、この身に染みた――。
弓を引く。
なだらかな旋律が解き放たれ、僕の指遣いによって音色が変わる。
弦に当てる指の位置、タイミング、どれも昔より上手くなっている。
繊細な弦と弓のタッチを使いこなして――。
神経を張り巡らせるでもなく、音楽に身を任せて演奏する。
陽気でゆるやかな音程が部屋を満たすほどに。
癒しの旋律は4〜5分の間を経て終わりを告げ、そっと弓を下ろす。
少しぐらいはいいBGMになっただろうかと思いつつ、さっきと殆ど光景が変わってなくて苦笑しか出ない。
みんな各々好き勝手やってるけど、楽しそうならそれで良いかな。
「瑞揶は上手いねぇ〜」
「ん?」
ひょっこりと、僕の後ろからレリが現れ、僕を囲うように回って正面に立つ。
どうやら、聴いてくれてたらしい。
「僕はそこまで上手くないよ……ある程度の楽器は弾けるけど、それぐらいしか取り柄もないし、ね……」
「へぇー。じゃあさ、じゃあさ! これ弾ける?」
「……えーと、これは……」
レリが肩にぶら下げている楽器は多分、ベースだった。
吹部ではお目にかからないから、本当にベースかどうか区別できないけど、多分そう……。
ギターと違って元の数も少ないしね。
レリの髪の色と同じ水色が基調で、シンプルなデザインのものだった。
「……うーん、僕は弾いた事ないなー。これは自分で?」
「そうそう! 買ったの! 見せてなかったっけ!?」
「見てないよー? けど、そっか。ベースにしたんだね……」
「理優がアコーディオンにしたみたいだし、ナエトがドラムセットでしょ? 瑛彦がギターなら必然的にこうなるかなー、ってねー♪ 理優はキーボード買えばよかったのに……チッ」
「あはは……うちはあくまで音楽部だし、軽音楽じゃないからね……」
そう、理優はアコーディオンを買っていた。
5kgもするし重いはずなんだけど、ピアノをこの視聴覚室に運ぶのも苦しいとか、なんとか。
レリの言うようにキーボードでも良かったはずだけど、アコーディオンの伸ばしたり縮めたりするのが楽しいらしい。
我が部には3人も魔人がいることだし、少しだけピアノでも良かったと思うのは胸の内に秘めておこう。
「多分、ベースは瑛彦が弾けるよ。訊いてみてね」
「えー! 瑛彦に話しかけなきゃダメ?」
「……レリ、同じ部員なんだから仲良くね?」
「チッ、瑞揶の役立たず」
グサッ
相も変わらず、平然とした様子で辛辣なことを言いなさるレリ女王様。
心が……僕はただでさえ心が弱いのに……。
「ま、とりあえず自主練するねー! また後でのー♪」
「うっ、うん……」
レリは僕の言葉も待たずに1人で部屋の隅に移動し、本を開いてベースを握る。
……後から自分で入ってきた彼女も、なんだかんだでもうみんなと溶け込んでるなぁと、少し感心しつつも、言葉にもう少し慎みがあるよう願うのだった。
「瑞っち〜」
「……今度はなに〜?」
僕の名前を呼ぶ方を見ると、そこには瑛彦とその上に乗っかるナエトくんがいる。
僕はトボトボ2人の元へ向かい、改めて尋ねる。
「どうしたの?」
「ナエトを降ろしてくれ……」
「…………」
呼んだのは瑛彦だったらしい。
よく見たら顔が青くなってるし、さすがに重いのかな?
というか、一々僕を呼ばなくても降りて貰えばいいのに。
「ナエトくん、瑛彦が苦しそうだから、降りてあげてっ」
「……むっ? ああ、なんか尻の感触が変だと思ったら瑛彦だったのか」
「気付いてなかったのかよっ!!?」
ナエトくんが飛び降りると同時に瑛彦がガバッと起き上がる。
……ここもここでのんびりしてるなぁ。
「さて、じゃあ僕も練習を始める。ドラムだが、結界を使って煩くしないようにするから、気にするな」
「つってもナエトよー、いきなり練習で大丈夫か?」
「案ずるな、僕はただこの時間を無為にしていたわけじゃない。本を読んで譜面の読み方、ドラムの“叩き”方を頭に“叩き”込んだのさ」
「……ギャグか?」
「黙れ瑛彦!」
「あはは……」
ナエトくんもギャーギャー言っているけど、瑛彦との仲は良さそうだ。
こっちの用も済んだところで、僕もヴァイオリンを手に取りたかったが、
「瑞揶、ちょっと来なさい」
沙羅に呼ばれてまた室内を移動する。
女子3人で話す空間に来たけど、なんでございましょうか?
「どうしたの?」
「豆腐買ってきて」
「…………」
絶句した。
いや、うん……本当に絶句だった。
この部活で一番やる気ないの、もしかしたら部長かもしれない……。
「……ダメなの?」
少し不安そうに、何故かそう尋ねられる。
ダメでしかないんだけど、なんて言えばいいんだろう……。
少し考えたけど、ストレートに訊くことにした。
「……豆腐もいいけど、それより、練習しなくていいの?」
「ハッ!?」
何かに気付いたかのように驚き、口元を抑える沙羅。
それからほどなくしてガッツポーズを作り、宣言する。
「練習、始めるわよぉおおおお!!!」
「今更っ!?」
ガラにもなく僕がツッコんでしまったけど、きっと僕は悪くない。
そんなこんなで、今日の部活もまったり進行したのでした。
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