連奏恋歌〜愛惜のレクイエム〜

川島晴斗

第八話

 時計の針が両方真上を向く昼間、ファミレスにいる1人の少年がため息を吐き、今の自分の処遇について向かいに座る少女に尋ねる。

「何故僕はまた貴様と一緒にいるんだ」
「運命の出会いってやつ?」
「そんなわけあるか!!」

 回答としてはあながち間違えともいえないにも関わらず、テーブルを強く叩いたのは黒髪の小さな魔界の王子、ナエトだった。
 彼の怒りなど微塵も気にせず、ドリンクバーから持ってきたメロンジュースをストローで啜る水色の髪をした天使のレリ。

 2人はまたもやたまたま図書館で遭遇し、ナエトが昼食をたかられていたのだった。

(というか……)

 ナエトはテーブルにある食べ残しの一つもない皿たちを見る。

(遠慮もなく、こんなに食いやがって……)

 テーブルにある空の皿の数は10に近かった。
 レリは注文の際、メニューの見開きの半分も頼んだのだから当然であり、しかもその殆どをレリ1人で完食。
 ナエトは食欲をなくしてしまい、グラタンだけしか頼まなかった。

「お前は遠慮というものがないのか。人のおごりだからといって、こんなに食う女があるか」
「けちだなー。器が小さいなー」
「いや、一般的な目から見ても慣用しきれないだろう!?」
「アタシの可愛さに免じて、ゆ・る・し・て♪」
「上流階級では見た目より信頼がものをいうのさ」
「一般的な目じゃないじゃん」
「あげ足を取るんじゃない!!」

 ツッコミが絶えず、頭を抱えるナエト。
 どうしてこうも付き合いにくい相手と会ってしまったのかと今一度図書館に通うのを止めるかナエトの中で審議が行われる。

「ま、ナエトも暇そうだし、付き合ってあげてる感謝として昼食を貰おうかな」
「僕は暇じゃない! 確実に貴様と戯れているよりは本を読んでいる方が有意義だ!!」
「じゃあアタシについて本を書けばいいじゃない!」
「読む側の僕が書いてどうするんだ!? お前の発想が理解できん……」
「え……アタシのこと、理解……したいの……? ポッ……」
「赤くなってないぞ! それから貴様のことなんぞ理解したくないわ!!」
「ナエトはツンデレだからな〜。あっはっはっは!」
「……もう好きにしろ」
「それは無抵抗の意? じゃあ次はこっからこのページまで注文を――」
「今すぐ帰れ!!」
「いや〜ん」

 帰れといってもレリは帰るそぶりなど微塵も見せず、寧ろドリンクバーで次の飲み物を取りに行っていた。
 レリが戻ってきて、ようやくレリは普通の話を切り出した。

「まぁあれだよねー。我が部もやっと演奏が皆まともになってきたね」
「そうだな……」

 ナエトは夏休み中の部活を思い返す。
 主に瑞揶、瑛彦の教え方が良く、7月から本格的に練習を始めてみんな自分の楽器の扱いはそれなりに弾けるようになっていた。
 しかし、まだ一曲テンポも狂わずに弾くということは叶わない。

 それに、部活の大きな問題としては未だに楽譜を読めない人が半数であり、特にレリなどは「四分音符ってなに?」と未だに言っている始末である。

「しかし、貴様も難儀だな。楽をできると思ってウチの部活に来たんだろう? まさか楽器を弾く羽目になるとは思わなかったはずだ」
「あー……まぁねー。けど、これはこれで楽しいし、瑛彦はスケベだし、ナエトもスケベだし、良いと思う!」
「僕は断じてスケベなどではない!!」
「わかってるわかってる、むっつりなんでしょ?」
「この場で消し炭にしてやろうか!?」
「怒んないでー、こんなに可愛い女の子に大人気ないぞー」
「棒読みで言うな! というか今の現状が女尊男卑だがこれ如何いかに!?」
「ナエトのツッコミ力増加に繋がるね!」
「嬉しくないわっ!!!」

 今日もこうして元気な2人は、翌日も図書館で遭遇したとかしてないとか。
 真面目な話は少なくとも、この2人は夏休みを満喫しているのだった。







 別の日、瑛彦は補修で出された課題に悩まされていた。
 補修後の寂しい教室の机に1人唸り声を上げ、数式をシャーペンで黒く塗りつぶしては消しゴムで消すという無駄な作業を繰り返している。

「あの鬼先生め……こんなもん俺に解けるわけねーだろ……」

 つい先ほどのことを思い返す。
 数学の担当はスーツ越しでも(筋肉による)体のラインがわかるムキムキなおっさんであり、とんでもなく厳しいのであった。

「このプリントを来週までにやって来い。このぐらいなら10分かからんだろう。こんなものもできん奴は2学期の評価1だぁぁ!! 文句があるなら俺とダンスバトルで勝つことだな……」

 それが数学教師の言った言葉であり、何故ダンスバトルなのか疑問を抱えつつプリントに向かっていたのだが、瑛彦は開始4秒でノックダウン。
 1学期でやった内容のはずなのに、瑛彦にとっては難しすぎた。

「……誰かに手伝ってもらうしかねーよなー」

 そんなわけで現代の便利グッズである携帯電話を取り出し、連絡先の中から取り敢えず親友の召喚を試みる。
 電話を耳にあて、1コール、2コールで漸くその人物の声が聞こえた。

《もしもし?どうしたの瑛彦? もう部活やってるよ?》
「瑞っち助けてくれー。補修で出された課題がわからん」
《えーっ? ……どうしよう、僕今ナエトくんに教えてるから手が離せなくて……。沙羅はレリに教えてるし……》
「無理なら他の奴呼ぶよ。わりーな、練習行けなくて」
《補修は仕方ないけど……え? 理優行ってくれる? あ、うん、じゃあお願い。瑛彦どこいるの? 理優が行ってくれるって》
「おお」

 なんとか救いの手が見つかって喜ぶ。
 さすがは瑞揶をそのまま女の子にしたような少女、優しさが瑛彦の心に染みる。

「1-1に居るよ。理優によろしく言っといてくれ」
《わかったよーっ。じゃあ、終わったら練習来てね》
「へーい」

 そんな感じで通話を切り、理優が来るまで何をするか考える。
 ドアの上部に黒板消しでも挟んで待機しておこうとも考えたが、理優なら引っかかりかねないので止めておくことに。
 数分経たず現れた夏服の制服を着た理優が瑛彦の姿を見つけて笑う。

「瑛彦くん発見。勉強ができないなんて、しょうがないなぁ〜♪」
「なんか嬉しそうだな、理優っち」
「うんっ。楽器選びのとき、瑛彦くん着いて来てくれたでしょ?そのお礼がやっとできるな〜、って思って」

 声を弾ませ、微笑む理優が瑛彦には天使に見えた。
 可愛くてかつ良い子すぎるのである。

「天使ッ!!」
「ん?」
「いや、なんでもない」

 思ったことを叫んでも特に何にもならず、さっさと勉強を教えてもらうことに。

「あっきーくんよ、こんな初歩がわからぬのかね〜」
「はっはっは。あっきーくんの脳は九九以上に難しい計算はできんのじゃ」
「むむ……そしたら、このプリントよりももっとベースになるところから教えるね〜。取り敢えず1次方程式の概念から……」
「ふんふん」

 理優が懇切丁寧に教えるが、瑛彦はなんだかよくわからない呪文の連鎖にしか聞こえず、理優の顔を見て可愛いとか思いながら適当に相槌を返すだけっだった。

「こうしたら解が求まる出しょー? って、瑛彦くん聞いてるの〜っ?」
「おお、耳は聞いてるぞ」
「頭は聞いてないんだね……。むむう、こんなに説明してあげてるのにぃ〜」
「ごめんなひゃい」

 頬を引っ張られ、瑛彦がなまった言葉で平謝りする。
 何とか許してもらえたらしく、頬を離される。

「ちゃんと聞いてくれないと、プリントの問題も解けないよ?」
「もうなんか、解けなくてもいいや」
「良くないでしょ!? 瑛彦くんがそのうち退学になっちゃう!」
「……その可能性を否定できないのがなぁ。理優っち、脳みそ入れ替えね?」
「私が瑛彦くんみたいなテンションになるの?」
「そういうことじゃねぇよ……」

 なかなかはかどらず、このまま時間を浪費もできないので瑛彦は真面目に聞くことにした。
 わかんないことばかりでも理優が丁寧に丁寧に教え、1時間半の時間を経てプリントも終了した。

「うぉー!! 終わったぁあ……」
「お疲れさまぁ。結構かかったけど、終わってよかったね」
「ほんと、理優っち様々だぜ。サンキュ」
「えへへ、どういたしまして……」

 理優は嬉しそうに頬を赤らめて照れながら笑う。
 部活を抜け出させて悪いと思う気持ちがあれど、笑顔を向けられるとその気持ちもやわらいだ。

「私ね、瑛彦くんには感謝してるから、役に立てて良かった」
「感謝ぁ? 俺、なんかしたっけ?」

 瑛彦には感謝される覚えなどなかった。
 強いてあげるなら、理優が先ほど口にした楽器を選ぶ付き添い。
 しかし、理優の口ぶりから、それだけでないのが見て取れたのだ。

「部活……勧誘頑張ってくれたの瑛彦くんでしょ? それに、始めに声かけてくれたし……」
「ん? あー、そーだな」

 今となっては「可愛かったから勧誘した」とは言えないのだが。
 もともとない瑛彦の溜飲が下がり、部下のヒエラルキーがおかしなことになる。
 無論、ヒエラルキーも理優の方が上なのだが。

「私ねー、今でこそ制御できるけど、能力が能力だし、お友達ができるなんて思ってなかったから……すっごく感謝してるんだよ〜」
「お、おう……そうなのか」

 本当に今更やましい気持ちで勧誘したことなんて言えない瑛彦だった。

「あっ! べ、別にそれで特別扱いとか好きとかじゃないんだから! 勘違いしないでね!」
「友達だからって意味でそう言ったんだろうけど、何にもしてないのにフラれた気分になるんだが……」
「えっ!? あっ、ごっ、ごめんね?」
「んー。まぁ許すけどさ……」
「はっ、早く部活行こっ!」
「? おう、行くか」

 何故か妙に慌てる理優を不思議に思いながらも、理優がさっさか行ってしまうのを追いかける瑛彦であった。



「……遅いと思って様子見てたけど、なんなのよあの雰囲気? まさかあの2人が良い感じになるなんて……。いや、これは黙っておくとしましょうか」

 教室の前扉からこそこそ聞き耳を立てていた沙羅は、1人呟くのであった。

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